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012.パンはどれか

 異世界での生活も、次第に慣れてきた。

 ミルフィの護衛を探しながら日銭を稼ぎ、スナッチとインテグレイションの習得に励む日々。


 だが、まだ肝心の魔法は使えないままだった――。



 

「――あれッ!?」


 ある日、クシードの身体に異変が起きた。


 スナッチの成功率はほぼ100%。

 射程距離も8メートルほどにまで伸び、残る課題はインテグレイション。そう思った矢先のこと――。



「なんや? 急にサウナ入っとるみたいに温ったかくなったで……」


 身体の奥底から力が滾る。

 最高に“ハイ!”ってやつに近い。

 

 クシードの様子にミルフィの耳と尻尾がピンッと立った。

 嬉しそうな顔をしている。


「そそそ、ソレッ、ソレッ、ソレッ!」

「これがもしかして、インテグレイションなん!?」


 ミルフィは何度も頷いた。


「やった……」


 しかし、歓喜も束の間。

 温かな感覚はすぐに消え去った。


 まるで一瞬だけ点いた灯火が、ふっと風に吹かれて消えたかのよう……。


「忘れへん内に反復練習やんな」



 

 その後もひたむきに練習を重ね、インテグレイションの感覚をクシードは身体に叩き込んだ。

 



 インテグレイション。

 

 スナッチで得た魔力と、自身の魔力。

 つまり、体外と体内の魔力を“グイグイッ、グイッ”と押し込んで圧縮し、1つに統合するイメージでできた。

 

 持続時間は、3〜4秒程度ではあるが、おそらくこれも、精度を上げることで伸びると思う。


「なぁ、ミルフィ。インテグレイション状態やと、どんな魔法が使えるん?」

「え、えっと……」



 ミルフィは、スケッチブックにペンを走らせる。



 

「――ふーん。なるほどねぇ」


 装備しているグリスタ内に登録された魔法が使えるようになるそうだ。

 PCで例えるならば――。


 ・PC本体がグリスタ

 ・魔法はアプリ


 だと思ったほうがよいのかもしれない。


「ちなみに、ミルフィはどんなグリスタを装備してんの?」

「み、水……と、かい、ふく……」


 ――水魔法と回復魔法か。


「なら、回復魔法はこないだ見たし、水魔法を見たいな!」

「えぇ……」


 ミルフィは顔を赤くし、横に振った。


 どうやら詠唱が恥ずかしいらしい。

 大事なところなのになぁ、このコミュ障め……。


 

 それより重要な情報もあった。

 

 グリスタは“適合する属性”しか装備できない。

 

 属性は炎・氷・水・雷・地・風と色々あるが、水属性のミルフィは、水以外のグリスタは使用できないそうだ。


 日常生活を送るのならば、あまり支障はないかもしれない。

 だが、これがモノノケの駆除となると、相性の問題もあるだろう。

 

 以前、シーブンファーブンにて冒険者登録をした時、パーティを組むために必要と言われ、ジョブや使用武器、属性といった細部まで書かされたのも納得がいく。

 


「ん? でも、魔法ってグリスタを装備せんなん、使われへんかったよな?」


 ミルフィはコクリと頷く。



 グリスタは装備すると、体内に吸い込まれストックされる。

 ミルフィの説明も“勝手に入ってくる”というものだ。

 それなのに、クシードはまだグリスタのストックに成功していない。


 やはり、異世界人だからできないのか。

 だとしたらなぜ、魔力付与という転移特典が成されているのだろうか。


 これでは物語の進行上、魔力だけ与えました。

 それも生活に困らない程度に、みたいである……。

 

「これやと、スナッチやインテグレイションできても魔法使われへんやん……」

「……ま、魔法や……」


「何やねん、急に魔法って」

 

 反射的にツッコミを入れてしまったが、ミルフィは“魔法屋へ行こう”とスケッチブックに書いていた。

 

 通訳の仕事を引き受けたのはいいものの、意図も汲み取らなければ……。

 案外通訳って、大変な仕事だ。


 ミルフィ曰く、魔法屋では様々なグリスタを取り扱っている。

 もしかしたら装備できるものがあるかもしれないとのことだ。



 ◆◆◆



 夕暮れ時、2人は魔法屋へ足を運んだ。


 ガラス張りのショーケースの中には、赤、青、黄、緑と彩り豊かにグリスタが整然と並ぶ。


 まるで宝石屋。


 光を受け、夕陽に照らされる様子は本物以上に温かく、輝いているように感じた。

 


「――無属性でもストックできるグリスタの取り扱いってあります?」

「……?」


 口髭を生やした青年店員は怪訝な顔をした。

 

 わかっている。

 パン屋に行って“パンはどれですか?”と聞くのと同じであると。


 すごく恥ずかしい。

 でも、聞くは一時の恥、聞かぬのは一生の恥なのだ。


「無属性でも、無と補助と支援グリスタをストックできますけど」

「それって、どれですか?」


 何なんだコイツは、と店員は不審げな視線を向けながらも、ショーケース越しに丁寧に説明してくれる。


 透明のグリスタが無属性。

 オレンジ色が補助。

 紫色が支援。

 

 補助と支援のグリスタには何やら絵柄が入っているが、今はどうやって装備するのかが重要だ。

 


「無属性は無属性者専用で、補助と支援のグリスタなら、どんな属性者でもストックできるんですよね?」


「ええ、自身の魔力とリンクさせればどなたでもストックできますけど……」



 店員はじわじわと後退している。

 

 ――まずいな。

 完全に不審者扱いだ。

 これ以上は警察というか憲兵を呼ばれる。


 グリスタの装備に重要な情報は得た。

 もう撤退しよう。


 最高の接客をありがとう――。




 

 宿に戻り、クシードは早速グリスタの装備に挑戦する。


 ミルフィからオレンジ色の補助グリスタを受け取り、スナッチやインテグレイションの感覚を思い出しながら慎重に魔力を込めた。



 ――行ける。


 自身の魔力とグリスタが体内へ吸収される。

 そして身体の一部となっていく様子をイメージ。


「ふぅぅー……」

 

 大きく息を吸い、呼吸を整えた。


 ミルフィも、クシードの成長の瞬間を固唾を呑んで見守っている。



 クシードはグリスタを手に取った。


 そしてゆっくりと。


 大切な人の手を握るように。

 

 優しく、手のひらへと押し込んだ――。





「……全っ然、入らへん!」


 いいかげん、入ってくれよ……。

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