010.ヴィスタとグリスタ
白昼の公園。
賑わう広場で、銀髪の女性が崩れるように倒れた。
周囲の人々はざわめく。
「――おい! 大丈夫かよ、姉ちゃん!」
家族連れの男性が慌てて駆け寄る。
「……ゔぅ」
か細い声が漏れた。
クシードは意識を取り戻す。
「あぁ、良かったぜ。てか、スナッチで魔力切れなんて聞いたことがねぇな」
クシードはそのまま家族連れに介護されるように、ベンチに座らせられた。
あぁ……、身体がとても重い。
とても動きたいという気分にはならないな……。
おそらく“スナッチ”は相手から魔力を奪いとるテクニックか何かなのだろう。
ミルフィはクシードに向けてスナッチを実践したが、まさかこのような展開になるとは想定していなかった。
当然、悪気は無い。
彼女は小さく肩を落とし、震える声で何度も“ごめんなさい”と呟いていた。
しかし逆を言えば、魔力があることの証明にはなっただろう。
これは素晴らしい発見でもある。
「……そんな……、気を落とさんくて、ええよ。むしろ……、スナッチ……、教えて、くれる……?」
掠れた声で伝えると、ミルフィは涙目になりながら小さく頷いた。
「ほな……、午後に、なったら……、早速、仕事……しような」
幸い、魔力切れは軽度で、時間が経てば回復する模様。午後になる頃にはクシードも元気になり、2人はシーブンファーブンへ向かった。
◆◆◆
「――返却された本を元の場所に、戻せるだけ戻して下さい!」
シーブンファーブンから紹介された仕事は、図書館での本の整理の業務。
作業内容は本の返却だが、担当者の説明はどこか曖昧だ。
クシード達がバックヤードへ移動する。
「……真っ暗やんな」
入り口付近にあった点灯パネルに触れて“明るくなれ”とクシードが念じると、照明が点灯した。
「うわ……、めっちゃあるやん……」
目の前には膨大な量の本の山。
天井まで伸びるたくさんの本棚へ収納されているが、これは全て返却された本。
すでに仕分け済みと説明を受けたが、この量はとても半日ではできない。
戻せるだけ戻す、という意味も納得がいく。
かといって最低ノルマもある。
「どないしよ……」
クシードが途方に暮れていると、ミルフィが大きな箱のついた台車を持ってきた。
「お! ええもん持ってるやん!」
その台車へ本を無作為に積み込む。
何冊入ったか分からないが、おそらく400冊ぐらいは入っただろう。
準備は整った。
フロアに出ようと台車を押すが――。
「……あれ?」
どうゆうわけか、台車がピクリとも動かない。
積載荷重がオーバー……ではない。
タイヤにもロックはかかってもいない。
「何で動かへんの?」
「こ、ここ、ここ……」
ミルフィは台車のハンドル部分の脇にある小さなスイッチを押した。
「おお! めっちゃ軽ぅ!」
台車はまるで浮遊でもしているのか、滑らかに動く。
ホバーでも磁力でもなく、反重力といったSF系でも無いので、原理は不明。
分かるのはこの台車は素晴らしいことだ――。
図書館の内部は楕円型のドーム。
中央部に受付がある。
天井は高く、トラス型の梁が見える構造は美しい。
なんとも開放感に溢れていた。
――だが、天井が高ければ本棚も高い。
「あんなに高いとこ、届かへんって……」
クシードはぼやいた。
高さは3mを超えている。
バスケットゴールよりも高いところへ本を納めなければならないのだ。
「ハシゴかキャスター付きの階段……」
どこかにないかと、クシードが周りを見渡していると、ミルフィはキャスター付きの階段を見つけていた。
ところが、なぜか素手で持ち上げて運んできている。
キャスター付きの階段は金属製。
細身の彼女が持ち上げるには不釣り合いだ。
「……ミルフィ。それ、グリスタ使って運んだんやよな?」
“そうやけど”と、キョトンとした顔でミルフィは頷く。
グリスタと呼ばれる水晶玉は、なんて万能なのだろうか。これは喧嘩でもして、1発でもビンタを喰らえば死亡ルートまっしぐらだ。
すぐにでもグリスタを扱えるようにならなければ。
と、クシードは思わず息を呑んでいた。
◆◆◆
「ふぅ……、なんとかノルマは達成できたな」
時刻は17:30。
閉館時間を知らせる鐘も鳴り、クシードは担当者へ作業終了報告を行うと、その後、シーブンファーブンにも報告を行った。
得られた報酬は2人で340ジェルト。
1ジェルトが何ユーロなのかはわからないが、昨夜、大衆食堂で飲んだビールが1杯50ジェルトであったため、賃金はあまり高くない。
まぁ、本を納めるだけの単純仕事なので妥当だろう――。
「お仕事ご苦労様さまでした、っと」
2人は昨夜と同じ大衆食堂へやってきた。
クシードはビールを傾けながら、ミルフィとピザをシェアする。
「――なぁミルフィ。スナッチやグリスタについて教えてもらいたいんやけど」
疑問に思ったことはその日のうちに復習だ――。
――やはり、スナッチは相手から魔力を奪うテクニックだった。
しかし、奪う量は微量。
普段の生活ではあまり使用されず、主にモノノケの死体処理で使われることが多いそうだ。
スナッチのやり方は、ミルフィが昼間やってのけた通り、腕を伸ばし、掴んで奪いとればできるという。
「次は、グリスタやんな」
あの水晶玉について、ミルフィは指を口唇に当てながらしばし考え込むと、天井を指差した。
「……照明?」
「ヴィ、ス、タ……」
続けて、エアコンや換気扇、厨房の方も指を差す――。
「――つまり、ヴィスタは物に組み込まれる魔石で、グリスタは人が装備するもんねんな?」
ヴィスタとグリスタという、2種類の魔石の存在。
ヴィスタは、魔力を動力源として設備機器を稼働させる魔石。
照明に対して“点く、消える”のイメージ、水道に対して”水出ろ、お湯出ろ”のイメージ等々。他に、急に軽くなった台車にまで。
これらは全て脳波など機械系では無く、なんとヴィスタによる魔法。
まさか、知らず知らずのうちに魔法を使っていたとは……。
「……ほなグリスタって、誰でも装備できるんやな?」
ミルフィはこくりと頷く。
両手を差し出し、オレンジ色のグリスタを出現させた。
クシードが手にとってみた感想は、“意外と軽い”。
ビリヤード球サイズの水晶玉は、ずっしりとした重量感はなくテニスボールのような重さだった。
「……これ、どう使うん?」
「ぐ、グイッと……」
「グイッと?」
ミルフィは手のひらに押し込む仕草を見せた。
クシードも真似してみるが――。
「……なんや? 全っ然入らへんッ!」
ミルフィ曰く、本来であれば吸い込まれるように手の中へ入っていくが、グリスタは微動だにしない。
まるで拒絶されるかのようだ。
力づくでも取り込もうと奮闘しているクシードの様子を見て、ミルフィは首を傾げて見ていた――。




