001.彼の旅路に幸運を
「クシードさんッ! 14メートル先のトラックから、ID未登録の対戦車ミサイルの反応ッ! アクセスします!」
荒廃した廃墟。
燻る黒煙が鼻腔を刺激する中、影に響く緊迫を破る声。
腕時計型のPCからホログラムで浮かび上がるのは、女性型自律AI“ミオソティス”通称ミオだ。
いつもは軽口を叩くお気楽なアニメオタクも、今はその仮想の顔に、明らかな焦燥がにじんでいた。
「了解ッ!」
クシードは短く応じると、瓦礫の隙間をしなやかに駆け抜ける。
戦場には似合わない艶やかな銀の髪を靡かせ、その柔らかい顔立ちからは、ブルーグレーの瞳が獲物を狙う狙撃手のように鋭く輝く。
電子音が空気を切り裂き、ミサイルランチャーが緑色の閃光を帯びて点灯した。
手に取る感触……。
それは冷たく、重い。
肩に載せた瞬間、死の重さに背骨が正直になる。
「クシードさん! 距離が、近すぎます!」
「分かっとる! でも、やるしかないんやッ!」
クシードはためらうこともなく、敵陣にミサイルを構えた。
「アキャキャルリュオォーーッ!」
木霊する奇声。
機械と悪魔を掛け合わせたような新種のモンスターたち。
操り人形どもは、無機質な目でこちらを狙っている。
これまでモンスター駆除を生業としてきたが、目の前の敵は、通常火器が追いつかない。
ミサイルによる殲滅こそが、唯一の突破口だった。
引き金を引く。
火線が空を裂き、炸裂音が地を揺らす。
爆炎と共に人形たちは灰燼に帰した。
同時に視界が閃光に塗り潰され、轟音と熱風がクシードの華奢な身体へ一気に襲いかかる――。
「……?」
クシードは目を閉じたまま、耳に残る爆音の残響をじっと感じ取っていた。
だが、そこに続くはずの衝撃も、灼けつく熱も、すべてが――、無い。
まるで、嘘だったかのように、感覚がすっぽりと空白になっていた。
彼はゆっくりと目を開く。
視界に飛び込んできたのは、瓦礫やモンスターの気配とは程遠い風景……。
「えっ……? どこなん? ここ……」
思わず漏れた独り言は、自分の声でありながら、どこか他人の言葉のように頼りない。
高く澄んだ空と、緑豊かな丘陵の絨毯。
頬を撫でる風は優しく、鼻腔をくすぐるのは草花の甘やかな香り。
血と硝煙に染まっていたはずの空気は清らかだ。
「瞬間移動でもしたんか……?」
ありえないはずの仮説が、真っ先に浮かぶ。
動揺を飲み込むように、クシードは深く息を吸い込んだ。
彼の隣で、ミオも慌ただしくホログラムのキーボードを叩く。
「クシードさん! GPS信号、通信、全チャンネルロストしていますッ!」
「ウソやろ? 22世紀なんに……?」
電波が届かない地域。
そんな場所がこの世界にあるとは思えない。
「一旦、落ち着こうな……。こういう時は、まず状況確認やんな……えーと……」
周囲を見渡す。
すると視界の端に揺れる影があった。
咄嗟に体が反応。
クシードは拳銃を抜き、構えた。
「――!?」
そこにいたのは……。
網籠へ草花を摘んでいた女性。
真っ直ぐに伸びた青い髪が風に揺れ、透き通るような碧眼がこちらを見つめていた。
纏っていたのは、どこかニッポン人を思わせる伝統的なキモノ。
だが、何より目を引くもの――。
女の頭に生えた、ふわふわな猫の耳と、ゆらりと揺れる長い尻尾。
「……?」
コスプレにしては、あまりにも自然で、あまりにも似合いすぎている。
それとなぜかスケッチブックを掲げていた。
見慣れない記号が羅列している。
混乱に沈むその刹那、女性の表情が強張った。
「ア、アキャッ……キャワァァァーーッ!」
「――ッ!」
先ほどまで戦っていた操り人形の奇声を、そのまま再現したかのような叫び。
握る拳銃の手。
彼の繊細な指先に緊張が走る。
ところが、女は一瞬で身を翻すと、網籠の草花を落としながら丘の向こうへ駆けていった――。
足取りは信じがたいほど軽やかで速い。
「あのモンスター、逃げ足メッチャ速ッ!」
「クシードさん! あれ、人間ですよ! サーモセンサーで体温が検出されました!」
「人間……? あれが……?」
奇声、獣の耳と尾、常人離れした機動力。
どう見ても、人間ではない。
しかし、ミオのデータが突きつける現実が、クシードの常識を一つずつ塗り替えていく。
「私、分かりましたッ! いわゆる『獣人』ですよ! 最近観た異世界アニメと一緒な展開です!」
「さっきから何言うてんの? バグったんか?」
緊迫した状況が続きすぎて、演算が可笑しくなったのだろう。
本気で心配になって問いかけるも、ミオはニヤリと不敵に笑った。
「それにあの女性、クシードさん好みのサラサラのロングヘアーでしたね!」
「……」
「しかも胸がおっき――」
「今はどうでもええやんッ!」
軽口を交わすも、内心はどこかざわついている。
現実感が崩れかけているのに、ミオはいつも通り。
逆に不安だ。
「それにしても……異世界転移って、ホンマに起きるんやな」
現実を受け入れるための儀式のようなセリフ。
まさか自分の口から出るとは。
冗談のつもりだったSFも、アニメも、いまや目の前の現実に変わっている。
バカンスの準備をしたいのに……。
早く帰って、クラブへ行きたいのに……。
家へ帰る方法も、どこに向かえばいいのかも分からない。
不明点が多すぎて、思考もまとまらないままだ。
どうすれば……。
クシードはふと、空を見上げた。
「ええ天気やな……。空も静かやし……」
かつて爆炎と硝煙に塗れた空が、まるで何事もなかったかのように澄み渡っていた。
今まで人命救助という、肩に乗っていた重圧が、少しずつ、風に溶けていくような感覚もある。
だが――。
「クシードさんッ! レーダーに反応ッ!」
その穏やかな時間も長くは続かない。
「総数5! 識別不明! 8時の方向から真っ直ぐ、接近中です!」
「休憩時間、強制終了かいな……」
正体不明の脅威が迫る。
唯一残っている武器は2丁拳銃のみ。
クシードは静かに、ホルスターから銃を抜いた――。
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