表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

6.「い・け・な・い衝動☆闇を駆ける!」


 エアコンのモーター音が低く唸り続けている。

 照明を落とした室内では、卓上ライトの淡い光だけが、真一の横顔に影と光の曖昧な境界をつくっていた。

 暗いスリープモードのモニターをぼんやり見つめたまま、すでに数時間が過ぎている。

 身体は重力が二倍になったかのように椅子へ深く沈み込み、すぐそこの冷蔵庫まで水を取りに行くことさえ億劫だった。

 彼の頭の中では、先ほどまでの凍夜とのセッションが、途切れることなく繰り返し再生されていた。


 ——あの、恍惚とした表情。


 雨の中に、好きな男の姿を待つような上気した頬。弄ばれていることを知りつつ、抗えない恋に狂った目。言いなりに振る舞うことが快感なのか?と疑いたくなるほど、妖しく艶やかな唇の笑み——。

 心の奥を掴んで離さない何かが、真一の鼓動に合わせて静かに脈打ち始めていた。


(もう一度あの顔が見たい……)


 何度も思い返すうちに、凍夜の姿はやがて三日に変わってゆく。そしていつの間にか三日の前には紅輝が立っていた。


(紅輝……)


 真一の想像の中で、三日は紅輝に歩み寄る。紅輝の指が彼女の唇をゆっくりなぞると、恍惚へと誘われるように、三日の唇がわずかに開いた。


(よく見えないな……)


 焦れる思いで意識を集中しようとするが、三日の顔は近くて遠く、はっきりしない。もどかしさの中で、真一の視点はのっそりと立ち上がるように動き出した。

 気がつけば紅輝のいた所に自分が立っており、背景はこの部屋になっていて、彼女が、自分の手の中にいた。


(もう一度……)


 そんな声なき言葉を呟きながら、真一は三日の頬に手を伸ばしていく。

 その瞬間、彼女はハッと目を見開き、踵を返して逃げようとした。真一は素早く彼女の腕を掴み、顔をこちらへ向けさせる。

 するとたちまち、彼女は土塊つちくれのように床へと崩れ落ち、その形は消えてなくなった。


 現実に意識が戻れば、モニターの前の真一は、なぜだか拳を握り締めていた。

 滲むような願いと焦燥が、彼の身体の奥を突き動かす。


(紅輝のコピーのような存在を作ることができれば……それを彼女にテストさせれば——)


 密かな願望がリアルになるにつれ、自分の中に育ってくるのが恋情なのか欲情なのか、執着なのか支配なのか、真一にはもはや区別がつかなくなっていた。


 俺の創ったAIがあいつを導く——。

 彼女の自由な選択を損なわず。

 彼女の依存心を満たし。

 彼女の願いを叶える存在として。

 

 いつしか、そんな考えを巡らせていた。

 だが、彼女をどこへ「導く」というのか。

 その行き着く先を、彼はあえて明確にはしなかった。


 真一はゆっくりと身体を起こして時計を見た。午前四時を少し回っている。同じ姿勢で四時間以上も過ごしていたせいで、全身が強張っていた。

 

 マウスに手を伸ばし、SNSに転がっている紅輝の動画や画像を漁り始めた。パソコンの冷却ファンが、再び風切り音を立てて回り出す。

 真っ暗な窓の外は、あと数分で濃い紺色に変わり始める。

 真一はそのまま眠ることなく作業を続け、あっという間にアプリの「改良」を終えてしまった。


 ——しかし不運にもその日の夕方、彼は寝不足のせいでコンビニ前のコンクリートにスマホを落として画面にヒビを入れ、おまけに通りすがりの女子小学生に自転車で追突された。そして極めつけは入魂データがなぜか保存されず、きれいに消えていた、という天罰コンボを受けるのであった。

 当然の報いである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ