6.「い・け・な・い衝動☆闇を駆ける!」
エアコンのモーター音が低く唸り続けている。
照明を落とした室内では、卓上ライトの淡い光だけが、真一の横顔に影と光の曖昧な境界をつくっていた。
暗いスリープモードのモニターをぼんやり見つめたまま、すでに数時間が過ぎている。
身体は重力が二倍になったかのように椅子へ深く沈み込み、すぐそこの冷蔵庫まで水を取りに行くことさえ億劫だった。
彼の頭の中では、先ほどまでの凍夜とのセッションが、途切れることなく繰り返し再生されていた。
——あの、恍惚とした表情。
雨の中に、好きな男の姿を待つような上気した頬。弄ばれていることを知りつつ、抗えない恋に狂った目。言いなりに振る舞うことが快感なのか?と疑いたくなるほど、妖しく艶やかな唇の笑み——。
心の奥を掴んで離さない何かが、真一の鼓動に合わせて静かに脈打ち始めていた。
(もう一度あの顔が見たい……)
何度も思い返すうちに、凍夜の姿はやがて三日に変わってゆく。そしていつの間にか三日の前には紅輝が立っていた。
(紅輝……)
真一の想像の中で、三日は紅輝に歩み寄る。紅輝の指が彼女の唇をゆっくりなぞると、恍惚へと誘われるように、三日の唇がわずかに開いた。
(よく見えないな……)
焦れる思いで意識を集中しようとするが、三日の顔は近くて遠く、はっきりしない。もどかしさの中で、真一の視点はのっそりと立ち上がるように動き出した。
気がつけば紅輝のいた所に自分が立っており、背景はこの部屋になっていて、彼女が、自分の手の中にいた。
(もう一度……)
そんな声なき言葉を呟きながら、真一は三日の頬に手を伸ばしていく。
その瞬間、彼女はハッと目を見開き、踵を返して逃げようとした。真一は素早く彼女の腕を掴み、顔をこちらへ向けさせる。
するとたちまち、彼女は土塊のように床へと崩れ落ち、その形は消えてなくなった。
現実に意識が戻れば、モニターの前の真一は、なぜだか拳を握り締めていた。
滲むような願いと焦燥が、彼の身体の奥を突き動かす。
(紅輝のコピーのような存在を作ることができれば……それを彼女にテストさせれば——)
密かな願望がリアルになるにつれ、自分の中に育ってくるのが恋情なのか欲情なのか、執着なのか支配なのか、真一にはもはや区別がつかなくなっていた。
俺の創ったAIがあいつを導く——。
彼女の自由な選択を損なわず。
彼女の依存心を満たし。
彼女の願いを叶える存在として。
いつしか、そんな考えを巡らせていた。
だが、彼女をどこへ「導く」というのか。
その行き着く先を、彼はあえて明確にはしなかった。
真一はゆっくりと身体を起こして時計を見た。午前四時を少し回っている。同じ姿勢で四時間以上も過ごしていたせいで、全身が強張っていた。
マウスに手を伸ばし、SNSに転がっている紅輝の動画や画像を漁り始めた。パソコンの冷却ファンが、再び風切り音を立てて回り出す。
真っ暗な窓の外は、あと数分で濃い紺色に変わり始める。
真一はそのまま眠ることなく作業を続け、あっという間にアプリの「改良」を終えてしまった。
——しかし不運にもその日の夕方、彼は寝不足のせいでコンビニ前のコンクリートにスマホを落として画面にヒビを入れ、おまけに通りすがりの女子小学生に自転車で追突された。そして極めつけは入魂データがなぜか保存されず、きれいに消えていた、という天罰コンボを受けるのであった。
当然の報いである。