2.「モニター?お任せあれ☆」
雨宮晴花の部屋は、今日も洒落ていた。
モノトーンを基調にした室内には、観葉植物とアートポスターがほどよく配置され、落ち着いた雰囲気を作り出している。
その一角で、三日は付箋の付いたファッション雑誌をパラパラとめくっていた。
キャラ衣装のデザインに使えそうなページを探してはいるものの、まるで集中できない。
タブレットを前に作業の手を止めると、三日は天井を見上げてため息をついた。
「はぁ〜〜。紅輝のバースデー、どうしよ。借金?夜職?それとも宝くじ……?」
ローテーブルにダイブしてうなだれる三日に、ハルが眉を寄せる。
「なに?怖いんだけど……?」
「うーん……それがさ。たぶん私、もうすぐ借金デビューするかも〜」
「え!?なにそれ!?待って、どういうこと!?」
三日がざっくり事情を話すと、聞き終える頃にはハルも頭を抱えていた。
「……私があんたを誘ったからか」
半年前のこと——
漫画の取材(と、ちょっとした興味本位)でホストクラブに足を踏み入れたハルは、軽いノリで三日を付き添いに誘った。
まさか、それが友人を破滅寸前まで追い込むことになるとは、当時のハルは想像もしていなかった。
「信じらんない、あんたがそんなにハマるなんて……」
「私も昨日、残高見てびびったよねw」
「てか、もうブロックして逃げなよ!」
「でも居心地いいし、絆は永遠だし!」
「プリクラかよ」
「自縄自縛で動けん……どうしよっかなぁ」
「……ゲロ吐きそう」
その時、インターホンが鳴った。
「……あ、来た」
立ち上がったハルがドアを開けると、ラフな身なりの男が無造作に部屋へと入ってきた。
「写真、撮ってきた」
彼の名は、日高真一。
ハルの大学時代の同期で、現在はシステムやアプリ開発を生業にしている——ハルはあとで、三日にそう説明した。
真一は部屋に入るなり、三日の姿に気づいてぴたりと立ち止まった。
「あれ……」
その声に、三日も顔を上げる。
(……ん?この人……)
真一はじっと三日を見つめたまま、口を開いた。
「紅輝のカモじゃん」
(ちょおぉぉーーー!?!?個人情報ぉぉぉ!?!?)
三日が反射的に体を起こすと、ハルは困惑した様子で「知り合い?」と二人を交互に見比べた。
「……そっか。真一が黒服やってる店だもんね」
ハルが取材先に選んだホストクラブは、真一が黒服としてときどき手伝いをしている店だった。
もともとは会計システムの開発がきっかけで、業界に関るようになったらしい。
その際彼は人件費の高さに驚き、「それならAIで代替できるのでは?」と考えたという。
店の人手不足もあり、ゲーム開発の参考になるかもと、ちょくちょく現場に顔を出しているのだそうだ。(ハル談)
ひとり納得するハルに写真を送ると、真一は顔を上げて話題を切り替えた。
「で、ゲームどうだった?」
「え?あー、あれね。キャラデザは良いし、背景綺麗で世界観もうまく出てるし。技術はさすがって感じ。でも私、ゲームに課金しない派だからさ…」
「だよなぁ…」
少し肩を落とす真一に、ハルが明るく尋ねる。
「もう一個のほうは?ほら、賞金500万のコンペって言ってたやつ」
「ああ、あれな。やってるよ。子供向けの投資シミュレーション」
銀行協会が主催する「未来世代の金融アプリ開発チャレンジ」。
「楽しく貯金や投資を促す」がテーマで、彼は今、そのコンペ用のアプリを開発中だった。
真一はポケットからタバコを取り出して、静かに息を吐いた。
「禁煙外来どうしたの?」
「挫折した」
「……私も一本ちょうだい」
三人それぞれのため息が、部屋の空気にじんわりと染み込んでいく。
しばらくの沈黙のあと、ふいにハルが手を打った。
「ねえ、あのゲーム、三日にモニターしてもらえば?」
「あ?」真一が短く反応する。
「ね、三日。AIホストクラブってゲームのモニター、やってみない?」
「え、なにそれ?交通費かからなそうw」
「AIが接客するホスト育成ゲーでさ…」
「やる!」
「勝手に決めんな」
真一は視線だけハルに向ける。
「三日のほうが、良いアイデア出せると思うんだよね」
「こんな小学生みてーなやつが?」
今度はチラリと三日に視線を向け、真一はまたスマホに目を戻した。
「でもユーザー層は幅広いしさ。うまくいけば数億稼げるって言ってたじゃん?必要だと思うな、三日のリアルな感覚」
少しでも三日をホストの沼から引き上げようと、ハルは食い下がる。
そんなハルをよそ目に、三日は天井を見上げてぽつりと呟いた。
「安全な夜職でも探すか……(旅立ち)」
「どこの世界線探せば安全な夜職なんて見つかんだよ」
スマホから目を離さず、真一が冷たく言い放つ。
「どうせ紅輝のバースデーで酒入れる金が欲しいだけだろ」
(おおおおお!?黒服にバレとる!!)
……ま、今さら隠すこともないか、と開き直って三日はハルに尋ねた。
「ね、そのゲームってどんなの?モニターってなにすんの?」
「バーチャルホストクラブで、AIホストとチャットするの。貯金したり、金融リテラシー高めたり。
課金と貯金のバランスを見たいんだって。当たれば大きいらしいよ」
「AIホスト×ゲーム×貯金……ホス狂が人生最後に見る夢やんw」
三日は身を乗り出して、
「モニター、やりたい!」と、真一の顔を覗き込んだ。
「金融リテラシー向上はいらんけど」
スマホ画面をスクロールしていた真一の指がピタッと止まった。顔を上げて無言のまま三日を見る。
「……お前、金の管理したことある?」
「……ある(曖昧)」
「じゃあなんで10万のシャンパン、しょっちゅう抜いてんの?」
「それは流れで!」
「普通、そうはならねーんだよ。金融リテラシー低すぎて、数かぞえられなくなってんじゃねーの?」
「……。」
真一は、ハァと息をついてスマホ画面に視線を戻した。
「でも内容詰めすぎ。貯金だけでいいよ」
——え?と声が漏れそうになって顔を上げると、真一はしばし無言のまま三日を見つめた。
「それ、根拠とかある?」
「——女の勘!(確信✧)」
「……………」
軽く曲げた人差し指を顎に添えて、真一は何かを探るように宙を見つめた。
「……まあ、確かに一理あるな」
彼はぽつりと呟く。
「金融リテラシーは後回しでいいか。まずはコンセプトの収斂だな…」
「コンセプトは収斂させてなんぼw」
「チッ……」
黙っていても気配がうるさい三日に舌打ちして、真一はひとりごとのように言った。
「まともなフィードバックは期待できなくても……課金層への訴求ってことなら、試してみる価値はあるかもな。ホス狂のポテンシャルに乗っかってみるか」
「お?」
「まあ今さらだけど……モニター、頼める?バイト代、少し多めに出すから」
「バイト代!?やるやるやるやるやる!!!!」
再び小さくため息をついて、真一は「じゃあスマホ出して」と告げた。
「今からテスト版送るから、TestFlight入れて、このコード入力して」
「TestFlightってなに」
説明を求める三日に、「アプリのテスト版配る用のやつ」と流して、真一は操作を続ける。
三日は言われたとおりに画面をタップしていった。
アプリが自動でインストールされてくる。
「ヤバ…スマホ乗っ取りやんw」
「お前がホストに貢ぐよりは安全だから安心しろ。当然、課金もダミーだからな」
画面を覗き込んで、真一が指で示す。
「利用規約、読んだら同意してスタート」
「知らん知らん、こんなん読んだら負けやろ」
三日は規約を華麗にスクロールし、「同意する」をタップ。
「じゃ、俺もう行くわ。フィードバックは一週間後、場所は——」
「俺たちの故郷!」
調子よく割り込む三日を無言で一瞥し、真一はハルに視線を投げた。
つられて三日もハルを見る。
ハルは一瞬驚いて、笑顔で大きく頷いた。
「いいよいいよ、ぜひそうして」
三日の更生(?)に、ほんの少しでもつながるなら。そう考えると、背中の罪悪感もわずかに軽くなる気がする。
こうして三日は、AIホストクラブのモニターをすることになった。
「……やっぱ、なんかミスったな」
そう呟く真一は、この先さらにやっかいな展開に巻き込まれていくことを、この時まだ知らない——。