1.「借金まっしぐら☆」
「沼をナメてた――――!!!!」
行きつけのホストクラブ『IGNIS』からの帰り道、月島三日(23歳)は、ビルの植え込みの縁に頭を抱えて座り込んだ。
――去年の夏、私の口座には248万円あったのに、
それが給料日を経て、すでに残高6万7千円……?!
三月も終わりのネオン街。
三日は震える手でカバンからスマホを取り出した。
ふと目を上げると、建物の谷間にのぞく夜空に、用途不明のドローンが細く怪しい光のラインを描いている。
三日はフォルダを開いて、先ほど店内で撮った動画の再生ボタンを押した。
数秒待って担当ホスト・紅輝の声が聞こえてくると、思わず音量を上げてしまう。
「来月のバースデー、来てくれるよね?」
煌びやかな店内。三日の肩に腕を回して、小首を傾げる紅輝。
「いくらいける?」
「30万円……」
画面の中の自分がもじもじと上目遣いで答える。
紅輝は微笑み、指で三日の顎をなぞった。
「支払い能力、上げていこっか? もっと稼げる仕事あるよ」
(さっき店の黒服に『それは風営法違反ですよ』って、指摘されてた台詞だ)
紅輝はそれを、カメラの前で平然と繰り返していた。
「いやいやいや!!」
頭を振りながら動画を止めると、三日はよろよろと立ち上がった。
「法律の地雷を平気で踏み抜いてくるな」
ふと天を仰ぐと、ビルの上空で新作ゲームのホログラム広告が、路上の自分たちなどお構いなしに踊っている。
三日は銀行アプリを開いた。
「絶対おかしいでしょ、この減り方!」
もしや誰かが私の口座を不正利用しているのではないか、と一瞬マジで疑って、三日は大きくため息をついた。
……わかってる。
彼の笑顔に条件反射で「うん!」と、何度答えたことか。そんな彼への執着の結果、今回も30万円の支払いが確定してしまったのだ。
四月中旬の紅輝のバースデーイベントまで、残り二週間――。
三日は、ホストに通い始めた頃の誓いを思い出した。
『貯金ゼロになったら撤退!』
しかし、今そのゼロ地点に立っている。
そして、踏み越えようとしている……!
「やばい、マジで死ぬ! どうすんの私!?」
混乱した頭で、握りしめたスマホの検索窓に思いつくまま言葉を打ち込んだ。
『借金 低金利』
『無利息 期間』
『キャッシング カードローン 違い』
『夜職 未経験』
AIによる集約情報が、画面いっぱいにずらりと並ぶ。
『実質年率 15.0%〜』
『最大借入額 50万円』
三日は歩道の街灯の下で立ち止まり、しばらくその要約記事を読み進めていたが、頭がぼんやりしてきて(明日にしよう)とアプリを閉じた。
すぐ横をスマートグラスの少女たちが、AR広告を見て笑いながら通り過ぎていく。
(明日から私のタイムラインは、消費者金融の広告で埋まるな)
広い歩道ですれ違う人の間を、夜風の湿り気に混ざって人工的な甘い匂いが流れてくる。
空気が抜けたような笑いを漏らし、三日が力なく歩き出したその時。通知音が鳴った。
ハル:『明日ひま? 漫画手伝って』
(お?また召喚か)
ハルこと雨宮晴花は、高校時代のイラスト部の先輩で、本人曰く、今はWeb漫画家として名前が出始めているらしい。
今回こそ締め切りギリギリではありませんように、と祈りつつ『いいよ』と返信して、三日は月の見えない夜空へ、薄く息を吐いた。




