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ビリーの戦い

 自分より強いモンスターを倒せば、強くなれる。


 それがダンジョンでの法則であった。理由はわからないが、それがあるために冒険者は徐々に深い階層へと進むことができるのだった。


 また、スキル持ちや魔術持ちのモンスターを倒すと、その能力を身に着けることができる。

 教会で授からなくてもスキルが得られるのだ。ビリーは喉から手が出るほど、スキルがほしかった。


 だが、スキル持ちは強い。第2層以降でなければ出現しない。能力を持たないビリーが足を踏み入れられる場所ではなかった。

 稼ぎが悪かろうと、危険が少ない第1層で踏みとどまることが長生きの秘訣であった。ビリーの同年代の落穂拾いはもう1人もいない。


 皆ダンジョンに飲み込まれてしまった。


 5歳のミライもその一部は知っている。

 ダンジョンは恐い場所だと知っている。


 だから、「早く帰ってきてね」と願うのだ。


 1対1ならゴブリンを倒せる。第1層にはゴブリンしか出ない。

 しかし、1体とは限らない。


 雑魚ゴブリンは連携を取ることなど無いので、冒険者ならたとえ3体同時でも後れを取ることは無い。1発か2発、こん棒で殴られることを我慢すれば倒せる。


 その1発か2発の被弾が、ビリーには命がけの物になる。防御が「紙」なのだ。


 ステータスというらしい。格上のモンスターを倒すとステータスという物が上がり、攻撃や防御など戦闘のための基礎能力が向上するらしい。雑魚ゴブリンはビリーと同格なので、何体倒そうともビリーのステータスは上がらない。


 落すアイテムは「錆びた剣」くらいだ。それにしたって毎回ではない。


 まったく割に合わない相手なのだ。

 冒険者なら相手にせず先を急ぐ。避けるのが面倒くさければ切り捨てて通る。ドロップアイテムを拾うものなどいない。


 ビリーはそれを拾い集める。くず拾いのような仕事だ。


 それでも、1日に3本錆びた剣を拾えば、ミライと飯が食える。

 5本拾えば、腹一杯飯が食える。


 たまに、冒険者の死体から財布や武器を拾えれば、1か月分の飯代になることもある。


 だから、死人を見ると喜んでしまうことがある。

 そんな自分が、ビリーはたまらなく嫌いだ。

 

 

 物陰を選んで進んでいたビリーは、岩陰に身を寄せて息をひそめた。


(いる)


 ダンジョンのモンスターは「生き物」ではない。こどもとして生まれる訳でもないし、飯を食うわけでもない。

 なのに、「臭う(・・)」。


 臭いに気を配っていれば、たとえ視界が遮られていても5メートル以内に近付くとゴブリンの存在を知ることができた。

 5メートル。その距離があれば、逃げ切れる足をビリーは持っていた。


 岩陰に隠れたまま、ビリーは待つ。

 絶対に動かない。向こうの様子を覗こうなどと考えない。


 動けば死ぬと思っている。


 これは「(じい)」に教わったことだ。

 爺は元冒険者で、50になる直前片脚を折ってから「落穂拾い」になった。


 爺は慎重だった。モンスターのことを良く知っていた。

 絶対に無理をせず、冒険をしなかった。お陰で70過ぎまで生き延びた。


「わしゃもう冒険者じゃないからの。モンスターの相手なぞできんわ」


 爺はそう言っていた。


 爺は怪我でも飢えでもなく、病気で死んだ。

 みんなは良い死に方だと言った。


 その爺が言っていた。


「モンスターの気配を感じたら、絶対に動くな。動けば死ぬと思え」


 気配が去ってから動くものだと。


 臆病者と馬鹿にする奴が多かったが、ビリーは爺を信じた。

 爺は病気で死んだ。爺を笑った奴は、ダンジョンで死んだ。


 どちらを信じるべきかなど、わかりきったことだ。


 うろうろと目的もなく歩き回っていたモンスターの足音が遠ざかって行った。

 足音が聞こえなくなってからさらに1分、ビリーは物陰に身を(ひそ)めていた。


(よし! 戻って来ない)


 ビリーは岩陰からピカピカに磨いた金属片を突き出して、向こうの景色を映してみる。

 金属片はダンジョン内で拾った剣の欠片を磨いたものだ。


 何もいない。


 そろりそろりと、ビリーは岩陰から顔を出した。


「さっきのモンスターはたぶんゴブリンだろうけど、何をしていたのかな?」


 岩陰から出て、ゴブリンの足跡を探す。あの辺りか?


「何かある。泥に埋まっているな」


 周りの安全を確認し、地面に座り込む。腰のナイフをスコップ代わりにして、泥を取り除けた。


 現れたのは小振りの弓、ショートソード、銀貨が少し、そして名札だった。銀貨が入っていただろう袋は、ダンジョンに吸収されてしまったのだろう。弓が吸収されずに残っていたのは、珍しい鉄製の弓だったからだろう。


 ビリーは銀貨を巾着に仕舞い、弓と剣をロープで背負子に固定した。しっかり留めないと走る時の邪魔になる。


 銀貨と鉄弓に腐食が起きていないところを見ると、ここで人が死んだのは比較的最近らしい。(やじり)が落ちていないので、モンスターに追われて矢を使い切った後に倒されたものと思われる。パーティーメンバーはこいつを置いて逃げたのだろうか?


「ウガ、ウゴ、ガ……」


(……いる)


 前方右手の部屋にゴブリンがいるようだ。


(どうするか?)


 ゴブリンが1匹なら、不意を衝けば勝てる。だが、もし2匹以上いたら……。


(だめだ! よそへ行こう)


 命を元手に博打はできない。ビリーは目の前の部屋を迂回するべく、来た道を戻って行った。



 結局その日は良い獲物には巡り合えず、冒険者の遺品と捨てアイテムの錆びた剣1本しか実入りが無かった。

 これが1日を掛けたビリーの戦いであった。

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