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6 アメとムチの決断



☆アメside☆



 

「最近のアメ、悪霊(あくりょう)に魂、抜かれちゃってんじゃん」


「悪霊?」


「しっかりしろって言ってんの! 今から学校行くっていうのにサンダルはないよな」



 玄関の中まで俺を迎えに来たムッチーに、カバンで頭をはたかれた。

 ほんとだ、サンダルを履いてる。

 ボケボケの頭のまま、ローファーに足をねじ込む。



 この2週間の僕は、望愛(のあ)ロスが半端ない。


 何もする気が起きないし、高校すら行く気が起きないけれど


『ジョーが行きたがってた高校に俺らが代わりに行くって決めたのはアメだろ。今さら弱音吐いてんじゃねぇぞ!』


 数日前にムッチーに鼓舞され、僕はなんとか通っている。



 本当はものすごく楽しみにしてたんだ。

 望愛が高校に入学したら3人で登下校すること。


 それなのに僕の日常から望愛が消えて、望愛の隣は入学式に知り合った『大地(だいち)』というクラスメイトが陣取っている。



 幼稚園の頃、望愛が僕に言ったよね。


『望愛の大好きな王子様はみんなに優しいんだよ。私、そういう人のお姫様になるんだ』って。


 だから僕はずっとずっと、望愛が望む王子様を目指してきたんだよ。


 僕を好きになって欲しかったから。

 望愛の笑顔を僕だけのものにしたかったから。


 それなのにムッチー以外の男の子に取られるなんて。

 この現実に耐えられないんだけど……




「ほら学校行くぞ」


 ムッチーの腕が僕の首に絡んできて、引きずられながら玄関を出る。

 玄関のカギを閉めた僕の頭を、ムッチーの手が無理やり下に押し込んだ。



「なにす……」


「アメ、壁に隠れろ!」


「なんで?」


「声出すな!」



 その場にしゃがみ込んだ僕たち。

 隣の家の玄関付近から、望愛の笑い声が届く。


『大地君って、どれだけラビー王子にお金をつぎ込んできたの?』


『愛の大きさは貢いだ金額じゃはかれないんだよ~』


『それラビー王子が言いそう』


『望愛ちゃんってば、うさラビー愛が強すぎなんだから』



 重なり合う望愛と大地君の笑い声。

 僕の心は嫉妬の痛みに耐えきれない。



『本当に大地君って、お兄ちゃんに性格がそっくりなんだよ』


 数秒間の沈黙の後、大地君が優しい声を望愛にふりかけた。


『望愛ちゃんはお兄さんに、なんて言って欲しいの?』


『えっ』


『お兄さんに伝えたいことも言われたいことも、本当はあるんじゃないの?』


 

 僕は壁に隠れたまま固まった。

 ムッチーも目を見開いているから、多分僕と同じことを思っている。



 僕たちはジョーの死について、あえて望愛に聞こうとはしてこなかった。

 望愛の心の傷を更にえぐりたくなんかないし、悲しい顔なんて望愛にさせたくなかったから。


 大地君は望愛の心をいやすように、優しい声を紡いでいる。


『今日だけ俺が、お兄さんの生まれ変わりになってあげる』


『でも……』


『望愛ちゃんはお兄さんに、なんて言われたい?』



 望愛はなんて答えるのだろう。

 涙をこらえて『言われたい言葉なんかないよ』って、強がりをこぼすはず。

 僕が赤ちゃんの頃から見てきた望愛なら、きっとそう言う。


 確信をもっていたのに……



『お兄ちゃんに言われたい……いいよって……』


 望愛は苦しそうな声で自分の想いを言葉にした。


『私が家を追い出しちゃったこと、私のお兄ちゃんをやめて、帰ってこないでって叫んじゃったこと、許して欲しい……』


 望愛の涙声が、身を潜める僕らのところにまで震え届く。

 僕の涙腺は耐えきれない。

 瞳から悔しさの雫が流れ、線のように流れ続け、自分を責めずにいられない。



 望愛はまだ、ジョーの死に責任を感じているの?

 僕もムッチーも言い続けてきたでしょ。

 望愛のせいじゃないって。


 僕がジョーをケーキ屋に行かせたからだって、何度も伝えてきたのに、望愛だって『お兄ちゃんのことは、もう平気』って、僕たちに笑顔を振りまいてきたのに。


 なんで心の痛みを吐き出す相手が、僕やムッチーじゃなく大地君なの?

 そんなに僕らは頼りなかった?

 


『お兄ぃ…ちゃん……本当に…ごめ…んなさい……大好きだった…のに……』


 泣きじゃくる望愛。

 ごめんなさいごめんなさいを繰り返していて


『望愛はずっと、俺に悪いって思ってくれてたの?』


『……うん』


『もう気にしなくていいよ。望愛のせいだって思ったこと、お兄ちゃんは一度もないからね』


 ――本物のジョー?


 そう思わせる大地君の声に、望愛は更に泣き声を強めた。




「望愛がジョーのことで泣いたの、初めてだな……」


 放心状態のムッチーの驚き声が僕の真上から降ってきて、滝のように流れる僕の涙を止めた。


 僕は何を情けなく泣いてるの?

 涙をこぼしている場合じゃない。

 大地君に嫉妬してる場合でもないよね。


 望愛がつらいときは、僕が望愛の涙を拭いてあげるんだ。


 今すぐ望愛のところに行って……

 思いきりぎゅーって抱きしめて……


 突然襲われた使命感。

 望愛のもとへ走らなきゃとしゃがんだまま地面に両手をついたのに、僕は立ち上がることができなくなってしまった。

 ムッチーが弱弱しい諦め声を震わせたから。



「俺ら、もういらなくないか?」


 えっ?


「ジョーが亡くなってからずっと俺たちが望愛の一番近くにいたのに、辛い思いを吐き出してもらえなかった」


「そうだけど……」


「でも大地って奴には違う。望愛は悲しみを吐き出してる。涙も流してる。それが答えじゃね?」


 ……答えって、望愛を大地君に託すってこと?



「ムッチーはそれで平気なの?」


 転校してきた小6から、ずっと望愛が好きなんでしょ?

 一途にまっすぐに、望愛だけを見つめてきたでしょ。



「ムチを振り回す様に怒鳴りまくる俺じゃ、望愛の笑顔、消しちゃうだけだからさ」


 ムッチーは心の痛みをごまかすように微笑んだけど、ぜんぜん誤魔化せてないよ。


 【今も望愛が好き】


 【大好きでどうしようもない】


 ムッチーの表情が苦しそうに訴えている。



 僕は苦しい。

 望愛に必要なのは僕じゃない。

 その現実が苦しくてたまらない。


 大地君に望愛を奪われたくなくて、でも望愛が甘えたい相手は僕じゃなくて大地君で、望愛の特別は大地君だけで……


 その現実に悔し涙が流れそうになった時


「なんて顔してんだよアメ、ジョーに笑われるぞ」


 ムッチーが僕の頭を拳でごついた。


「ジョーに笑われても良い」


 望愛が僕のものになるなら。

 世界中の人に笑われてもバカにされてもいい。



 望愛の家の草を踏み歩く二人分の足音が、躍るように鳴っている。

 望愛の声も混ざりこんで僕の耳に届いた。


『大地君って、お兄ちゃんの生まれ変わり?』


『そんなに似てた?』


『似すぎだよ。声も話し方もそっくりで本物って思っちゃった』


 さっきまで泣きじゃくっていた望愛だったけれど、今は声を弾ませている。


『生まれ変わりってことは、俺は3歳とかになっちゃうけど』


『じゃあ、お兄ちゃんに乗りうつられてるんだね』


『望愛ちゃん怖いこと言うのやめて。50万差し出してお祓い予約しないとダメじゃん』


『50万あったら、うさラビー部屋を作れちゃうね』


『お祓いにお金つぎ込むのもったいなすぎ~』



 望愛と大地君の笑い声が遠のいていき、完全に声が聞こえなくなったところで、僕とムッチーはやっと隠れ状態から解放された。



 青空に拳を突き刺すように伸びをしたムッチーが、ポロリ。


「俺らがジョーに勝てると思うか? ムリだよな」


 ムッチーはなぜか青空よりも晴れやかに笑っている。



「俺とアメよりも、ジョーが一番望愛のことを大事に思ってたんだから」


「な?」っと、やんちゃ顔のムッチーに微笑まれ、僕の中のモヤモヤも薄らいでいく。



 そっか、そういうことか。

 僕は本物の兄には勝てない。

 だから、(ジョー)の生まれ変わりのような大地君には、絶対に勝てない。


 望愛のこと大好きだよ。

 未練タラタラで、僕は望愛がいない未来を歩めるのか?って心配になっちゃうけれど……


 大好きだからこそ身を引いてあげる。

 望愛のお兄さん代わり卒業と一緒に、僕の片思いも終わりにしてあげる。


 それで望愛の毎日が、幸せで満たされるのなら。



「今日は学校休むか」


 ニヤッと笑ったムッチーに


「ずる休みはダメだって僕にあれだけ言ったくせに」と、睨んでみた。

 でも正直僕も、高校なんて行く気が起きない。


「このまま、ジョーのとこに行こーぜ」


「今から?」


「俺もアメも、ジョーに聞いて欲しい話が山ほどあるだろ?」


 そうだね。

 僕とムッチーの失恋話、好きだった子の兄として責任もって聞いてもらわなきゃだね。



「僕はお菓子とジュースを持ってく。ムッチーはレジャーシートを担ぐ係ね」


「俺ら3人でジョーの誕生日パーティーかよ」


「ついでに遅めのお花見も」


「桜なんてもう散っちゃってんじゃん」


 僕らの長年の恋も、潔く散っちゃったんだし


「前に進むための儀式ってことでいいんじゃない?」


「ほんとアメって普段は常識ありな王子様のくせに、たまに意味わかんないことするよな」



 僕たちはこの後『失恋傷心ずる休み』と題して、ジョーの所で遅めのお花見パーティーをした。












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