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3 入学式の出会い


 ☆望愛side



 その日の午後になりました。

 もうすぐ入学式の受付が始まる時間。

 高校の門をくぐった私は、桜色のセーラー服姿で不審者なみに周りをキョロキョロ。

 はぁ~と安堵のため息をこぼす。


 良かった、(あめ)ちゃんもむち君もいないみたい。

 午前中が在校生の始業式だったから、もう家に帰ったよね。



『同じクラスになると良いね』なんて肩をぶつけながら、一緒にドキドキしてくれる友達は皆無。

 仕事場から直行のお母さんもまだ来ていない。

 友達同士ではしゃぎ合う子たちを横目に、羨ましさと嫉妬で心がシュンとしぼんでしまう。


 一人ぼっちはしんどいな。

 雨ちゃんかむち君が一緒だったら、寂しくないのかな。


 そんなことを思ってしまったのが、いけなかったのかもしれない。


「あっ望愛(のあ)だ、待ってたんだよ」


 モデルさんのような長身でスラリ。

 制服姿の雨ちゃんが、麗しい美顔を笑顔に変えて私のところに駆けてきた。


「雨ちゃん……」


 これはいったいどういった状況ですか。

 雨ちゃんの左右に女子。

 後ろにも女子。

 周りにも女子女子女子。

 ハーレム状態なんですけど。


「この子だれ?」


雨宮(あめみや)くんの知り合い?」


 雨ちゃんを取り囲む女子たちが、憎しみに満ちた目を私に突き刺してくる。

 30個以上ある瞳に捕らえられ、品定め状態な私。

 先輩女子の圧ってすごい、怖さで冷汗が止まらない。


「僕の親友の妹」


「へ~」


 お姉さま方の敵意むき出しで、怖すぎですから……



「この子はね優木望愛(のあ)っていうの。1年生だからみんな仲良くしてあげてくれる?」


 雨ちゃんの艶っぽい微笑みに、お姉さま方の態度が180度豹変。


「望愛ちゃんよろしくね」


「私とも仲良くしてね」


 ものすごーく優しい声の大合唱。

 笑顔も一見優しい。

 でも、お姉さま方の瞳の奥は笑っていない。

 私を排除する気満々な光が、目の奥でどす黒く淀んでいるような。


 お姉さま方は私から視線をそらすと、今度はアメ王子を見つめだした。


「雨宮くん聞いて、春休み中にダイエット頑張って、5キロ痩せたんだよ」


美波(みなみ)ちゃんは痩せなくても可愛いのに、よく頑張ったね」


「私はピアノのコンクールで優勝したんだ、すごいでしょ」


知世(ともよ)ちゃんってどれだけ頑張り屋さんなの? 僕は楽器は苦手だから尊敬しちゃうな」


 ここって姫君たちの求婚の場?

「私も私も」とお姉さまたちは頑張ったアピールをしているけれど、そのたびに雨ちゃんは女子の頭をナデナデ。

「すごいね」「えらいね」「かわいいなぁ」

 ほめ殺しのオンパレード。


 緩みっぱなしの雨ちゃんの笑顔を見て、がっかりしちゃった。

 雨ちゃんが優しいのは私だけじゃなかったんだって。



 雨ちゃんのことは諦めたはず。

 お兄ちゃんがなくなって、恋なんてしないと誓ったはず。

 それなのに、じりじりと心が痛みだす。

 雨ちゃんが私を甘やかしてくれるのはやっぱり、親友の妹だからなんだね。



「望愛、リボンが曲がってるよ。僕が直してあげる」


『ズルい~』と唇を突き出すお姉さま方に『後でみんなのも直してあげるから』と、甘いウインクを飛ばした雨ちゃん。


 頼んでもいないのにな。

 雨ちゃんは私の胸の中央にあるリボンをほどき、真剣な顔で結び始めた。


 雨ちゃんの綺麗な顔が私のすぐ真上にあるのに、全くドキドキしない。

 こんなことは今までなかった。


「雨ちゃんって誰にでも優しいんだね」


「望愛の好きな童話の王子様っぽいでしょ」


 私の好きな王子様かぁ。


 誰とも恋をしちゃいけない。

 お兄ちゃんを死に追いやった私が背負う罪だって、わかってはいるけれど……

 やっぱり私は、自分だけ見てくれる一途な人がいいな。



「僕はみんな平等に優しさを振りまける王子様を目指してるんだ。どう、僕にキュンってなった?」


「雨ちゃんみたいに誰にでも優しい王子様が、この世にいたら……」


「望愛は惚れちゃう?」


「私は絶対に好きにならないな」


「…………えっ?」


 リボンを結んでいた雨ちゃんの手が止まった。

 覗き込むと、顔面が青白いまま固まっている。


「……雨……ちゃん?」


 我に返った雨ちゃんは腕時計を見て、「新入生の受付が始まったんじゃない?」と微笑んでくれたけれど


「行くね」


 微笑み返した私を瞳に映すことなく、雨ちゃんはお姉さま方と去っていってしまいました。



 


 モヤモヤが私の心の中を支配する。

 受付に行かなきゃと思うのに足が進まない。

 お母さんもまだだし、もうちょっとここにいよう。



 桜が満開だ。

 入学記念に綺麗な桜の写真を残しておこう。


 手が伸びるギリギリまで、スマホを高く掲げたのがいけなかったんだろう。

 優雅に舞い散る桜の邪魔をするように、スマホが勢いよく落下。


 このままじゃ、スマホの画面が割れちゃう!


 諦めモードの私の瞳に

 野球の試合中?

 そう勘違いしちゃうほど、勢いよくスライディングする男の子が映り込んだ。


 え? ええ?


 地面にうつぶせのまま高く上げる彼の右手には、無傷の私のスマホが。


 男の子はその状態で、アハハと思いきり笑いだし


「もしかして俺って、この日のために野球やってたのかな。すっごく気持ち良かったぁ~」


 飛び跳ね声をあげ、すくっと起き上がった。



 リスみたいな真ん丸な瞳。

 背は私よりちょっと高いくらい。

 165センチあるかどうかって感じかな。


 童顔なのに男の子っぽさはちゃんとあって。

 目にかかるキャラメル色の髪はサラサラで。

 無邪気な彼の笑顔に、なぜか懐かしさを感じてしまう。



「はいスマホ、ギリキャッチしたから壊れてないと思うけど」


「……ありがとう」


 ニコニコ笑顔の彼からスマホを受け取り、電源ボタンを押してみる。

 画面が映ってる。壊れてない。本当に良かった。


 でも……

 こっちは大問題だよね……



「あの……1年生ですか?」


「今から入学式。キミもでしょ?」


「はい……」


 わわわっ、どうしよう……

 彼が着ている桜色のブレザーの前側ほぼ全部が、土で茶色く汚れているんですけど。



「ひゃっ、クリーニング? 今から持って行っても、入学式には間に合わないし……」


「もしかして俺の制服を気にしてくれてるの?」


「私のせいでこんなに汚れちゃって」


 雨ちゃんはまだ高校にいるかな。

 お願いすれば制服を貸してもらえるかも。


 でも雨ちゃんの身長は180センチ近くある。

 むち君もそれくらい背が高いし。

 他に知り合いなんていないし。

 どうしよう……


 


 動揺しながら目を左右に動かし

 こする? 濡らす? 天日干し?

 ちっぽけな脳みそフル回転で、制服を綺麗にする方法を考えていると


「今日の俺、めっちゃツイてる~」


 彼は両手のピースサインを、真っ青な空に突き上げた。


 ツイてる?

 入学初日に制服が汚れて、災難降りかかりのアンラッキーなんじゃないの?

 心配しちゃうのに、彼の嬉しそうなニヤニヤは止まらない。


「これだけ制服が汚れてたら、新入生いち大注目されちゃうと思わない?」


「そうは……思うけど……」


「入学式で新入生代表挨拶のお声がかかるかなって、ひそかに狙ってたんだ。でも他の中学の生徒会長に取られちゃった。ひどくない?」


 ん?

 目立ちたがり屋さんなのかな?


「俺って人見知りでしょ?」


「でしょ? でしょ?」と笑顔で迫られている。


 人見知りには見えないけど……なんて本音を吐けるほど、私のコミュ力は高くない。



「俺から話しかけなくても、何、その汚れ?ってみんなが群がってきそうじゃん」


「……そうだね」


「マジでラッキーって感じ」


 終始、笑顔が絶えない彼。

 なぜかまた親近感をおぼえてしまう。


 カンカン照りの太陽みたいにハイテンションなところといい、人を楽しませようとするところといい。

 そっか、懐かしい感じがするのはお兄ちゃんに似ているからだ。


 顏のパーツは違うけど、笑うと目尻にシワができるほどクシャッとなって、暗い空気も笑い飛ばしてくれて、なんでもハッピーに変換しちゃうところ、亡くなったお兄ちゃんにそっくりだ。



「自己紹介させてよ。俺は佐藤(さとう) 大地(だいち)


「佐藤くん」


「名字呼びやめて。佐藤って結構いるからさ、俺?って振り向いて違った時の恥ずかしさ、半端ないんだからね」


「じゃあ大地君って呼ぶね。私は優木望愛です」


「のあちゃんね。了解、覚えた。一緒のクラスだと良いね」


 ほらその笑顔。

 目がなくなるほど全力で笑うとこ、お兄ちゃんそっくりだよ。


「望愛ちゃん、ちょっと止まってて」


 言われるがまま固まる私。

 大地君がどんどん距離を詰めてきて、抱きしめられそうなほどの至近距離まで到達してきて、私の心臓がドキっとうなってしまう。


 何? 

 何が起きてるの?


「も~らい!」


 フッと離れた大地くん。

 自分の指先を見つめ微笑んでいる。


「望愛ちゃんの髪に桜の花びらが乗っかってたんだ。これもらってもいいよね」


「良い……けど……」


「ハンカチに包んで持って帰ろうっと」


「なんで?」


「なんとなく、俺の一生の宝物になりそうな予感がするから」


 てへっと首を傾げ、チラッと舌を出した大地くん。

 キュートでお茶目なところが、お兄ちゃんと再び重なってしまい


 『お兄ちゃんの生まれ変わり?』


 私の脳は本気で勘違いしちゃったのでした。





 「またね」と手を振って、大地くんと別れた後、受付で私を探していたお母さんと合流。


 そのままの足で体育館へ。

 クラスごとに座る列の前の方に、大地君の後ろ姿を発見。


 同じクラスだと安心していると入学式が始まって、あっという間に終わり。

 1年生だけで教室に移動して、ホームルームが始まったけれど、私は人見知りさく裂。

 ただただうつむくだけ。

 誰にも話しかけず誰からも話しかけられないまま、帰りの時間になってしまった。



 みんなコミュ力高いな。

 もう友達の輪ができあがってる。


『連絡先、交換しようよ』


『今からプリ取りに行っちゃう?』


 女子トークが弾む教室で、私だけぽつんと一人ぼっち。


 後ろの方に座る大地君はというと、汚れた制服を男子たちに突っ込まれていて「チョコケーキが似合う甘党男子だから、俺」とケラケラ笑い返している。


 大地君も私と別世界に住むキラキラ人間に見えるよ。


 お兄ちゃんもそうだった。

 本物の兄妹?って疑っちゃうくらい、コミュ力が高くて、誰にでも笑顔で話しかけて、すぐに仲良くなっちゃって。

 ツッコミツッコまれ、アハハって笑い転げて、漫才グループみたいな関係をいろんな人を巻き込んで作っちゃう人だったっけ。



 高校入学初日。

 友達獲得ゼロ。

 一人で帰ろう……


 登校した朝よりも教科書分重さが増したカバンを肩にかけ、廊下に足を踏み出したと同時「望愛ちゃん、待ってよ~」の声が。


「せっかく友達になったんだから、一緒に帰ろ。ねっ」


 リュックを慌てるように背負い走ってきたのは……制服が土で汚れている……


「大地くん?」


「俺ねホームルームの間、望愛ちゃんを問い詰めようと念力を送ってたんだけど気づいてた?」


 私を問い詰めるって……もしかして……


「大地くんの制服を汚しちゃったから?」


「そういうんじゃ……」


「ごめんね、クリーニング代払うよ。3000円で足りるかな。不足分は明日……」


「お金なんていらない」


「でも……」


 お財布を取り出そうとする私の手が、大地くんの手のひらで包み込まれ


「俺が蹴られてもいいの?」


 大地君は明らかなる迷惑顔。


 蹴られる?


「えっと……誰に?」


「女の子からお金をもらったなんて聞いたら、俺の父さん、瞬時に鬼になるからね」


「え?」


「働け!って頭をはたかれちゃう」


 それは……なかなかのお父様で……



「でも大地君の制服が汚れたのは私のせいだし……」


「俺のせいでしょ」


「違うよ」


「違くない!」


 100%、スマホを落とした私のせい。


「それに俺、桜の下でスライディングしたのなんて初めてでさ、思い出すだけでニヤけられる思い出ゲット!って、望愛ちゃんに感謝したいくらいなの」


「でも……」


「まだお金払うとか言うつもり? 2階の廊下の窓から飛び降りるよ」


 廊下の窓に手をかけた大地君に「それはダメだよ」と両手を振って止めた私。


「だから制服の話はおしまい。俺に望愛ちゃんの家まで送らせて、それでチャラ」


「いいよね?」と念押しされたけれど、私のモヤモヤはまだ晴れない。


 その時


「佐藤ちょっといいか」


 大地くんが先生に呼ばれた。

 この先生は入学式の時、野球部の顧問って紹介されていた……


「佐藤は野球部に入るんだよな?」


 仏頂面を緩めた先生。

 好意的な笑顔で大地くんの肩を掴もうとしたのに


「入りません!」


 大地君は手をよけながら、芯のある声でピシャリ。


「オマエ、県大会優勝校のピッチャーだろ」


 先生は『信じられない!』と言わんばかりの驚き顔。


 県大会優勝校のピッチャー?

 そんなすごい人だったんだ。


「もう俺には野球を続ける理由がなくなったので」


「そんなこと言うなよ。オマエがいれば甲子園だって夢じゃないんだからさ」


「先生ごめんね。俺、野球は辞めたから」



「望愛ちゃん、行くよ」と腕を引っ張られ、残念がる先生を残し昇降口へ向かう私たち。

 いつの間にか私の腕を解放してくれていた大地君の瞳が、悲しく揺れているような気がしてしょうがない。


「大地くんって中学の時は野球部だったんだね」


「幼稚園の頃からやってた」


「本当に野球部に入らないの?」


 顧問の先生だって、大地君にすごく期待しているみたいだし。


「俺小学校の時に野球をやめるつもりだったんだよ。ある人と約束しちゃったから続けてただけ」


『どんな約束?』


 その質問は私の喉から先には漏れ出さなかった。

 だって、ニコニコがトレードマークみたいな大地くんが、苦しそうに瞳を揺らしながら唇を噛みしめているんだもん。





 自転車を押す大地くんの隣を歩いて、家まで送ってもらった私。

 野球の話をしていた時の闇オーラは、どこに消えたのかな。

 家に着くまで、私ははしゃぎ笑いが止まらなかった。


 知る人ぞ知るマニアックアニメ『うさラビー』

 そのアニメを大地くんも好きだって知ったから。


 私は我を忘れて『ラビー王子、可愛すぎだよね!』って大興奮しちゃった。

 こんなに深くうさラビーの話ができたのは、お兄ちゃんとして以来だよ。


 不思議だな。

 大地君とは話しがつきない。

 無音になっても、何か話さなきゃって焦ることもない。


 安心感がある。

 隣にいて心地いい。

 大地くんの雰囲気は、お兄ちゃんと似すぎているんだもん。



「大地くん、送ってくれてありがとう」


「ラビー王子の良さをわかってくれる子がいるなんて奇跡!って思ったら、話し止まんなくなっちゃって。俺、ウザくなかった?」


「すっごく楽しかったよ」


「あのさ……」



 笑顔マックスのハイテンションだった大地君が、急にモジモジを始めたから「どうかしたの?」と首をかしげてみたけれど、大地君の顔は赤みを増すばかり。

 恥ずかしそうに私から顔を背けている。


 桜を躍らせる優しい春の風が、大地くんのキャラメル色の髪をフワらせる。

 薄紅色の花びらが一枚、大地君の髪に舞い降りた。


 花びらを取ってあげなきゃ。

 大地くんに近づき、彼の前髪に手を伸ばす。

 それなのに、私の手は大地くんの頭まで届かない。

 しなやかな指が、私の手首をギュッと掴んできたから。


 

 私の目の前には身長があまり変わらない大地君の凛とした顔があって、大地君の吐息を感じてしまうほどの至近距離で、恥ずかしさで顔を逸らさずにはいられない。


 大地君もうつむきだした。

 私も下を向いている。

 でも私の手は大地君の頭の上で捕らえられたまま。


「えっと……」


「望愛ちゃんごめん、脅すつもりなんて無かったんだけど……」


 脅す?


 大地君は私の手を下におろすと、今度は両手のひらで優しく私の右手を包み込んだ。


「俺の制服が汚れたことを悪いと思ってるなら……」


「?」


「俺と付き合ってよ」




 付き合う……?

 これって告白された?



 驚きが強すぎて、目を見開いてしまった私。

 大地君の顔を確認するように顔を上げたけど、すぐに後悔した。


 だって大地君の真剣な顔がお兄ちゃんと重なって、絡み合った視線のほどき方がわからなくなっちゃったから。



 ひゃっ///


 いきなりの告白で変に心が揺らいだけれど、ちゃんと断らなきゃ。


 私のせいで彼女とラブラブだったお兄ちゃんが亡くなった。


『人殺し!』


 彼女さんに頬をはたかれたあの瞬間、頬と心の痛みに耐えながら私は誓ったんだ。


 ――私は一生、恋をしない。


 それがお兄ちゃんと彼女さんに対する、私の罪の償い方だから。



 

「ごめんなさい……私は誰とも付き合う気はなくて……」


「俺のことを瞳に映したくないほど嫌い?」


「そんなことないよ、嫌いなんてそんな……」


「じゃあまだ俺にもチャンスはあるってことだよね」


 うっ……

 大地君の笑顔、眩しすぎ。

 二カッと微笑んだ大地君の表情が、またまたお兄ちゃんと重なっちゃった。


 付き合うってどういうこと?


 私達、今日初めて会ったんだよ。

 しかも私なんてややポチャで、教室で一人ポツンの人見知りボッチだよ。

 推しアニメを語れる相手を見つけた喜びを、恋心と勘違いしちゃったのかな。



「作戦変更、ラビー王子風に攻め直すか」


 えっ?


「のあ姫、じわじわと俺の恋沼に落としてあげるから、覚悟しててね」


 決め顔ウインクの大地くん。

 あまりにアニメキャラそっくりで、私はアハハと笑い声をあげちゃった。


「ラビー王子のキメ台詞だ」


「どう、王子っぽかった?」


「沼に漬かりながら言ってくれたら、ラビー王子本人だって認めてたかも」


「じゃあそろそろ行くよ。俺は自転車で沼探しに出かけなきゃいけないから」


 フフフっ、すごいな大地くんって。

 どんな重い空気でも桜を躍らせる春風のように、さわやかな空気に変えちゃうんだから。



 自転車にまたがった大地君。

 ペダルを漕ごうとしたのにどうしたのかな。

 また地面に足を戻して。


「望愛ちゃん、明日から一緒に学校に行かない?」


「それは……」


「うさラビーの話しができるの、望愛ちゃんしかいないからさ」


 お兄さん代わりの雨ちゃんとむち君に、一応、許可を取らないと……


「俺の制服が汚れて、申し訳ないって思ってくれてるんだよね」


「……うん」

 

「じゃあ断れないね」


 う……

 冷たい目が怖い。

 不気味な笑みが怖い。

 大地君って、人を脅す悪魔キャラにもなれちゃうんだ。

 

 

「ご一緒させて……いただきます……」


「やった。朝8時に望愛ちゃん家の前で待ってるからね」


 子供のようにバイバイ~と無邪気な笑顔で手を振った大地君。


 自転車を漕いで帰って行ったけれど、彼が見えなくなり、冷え切った頭の中にはハテナがいっぱいに。


 ぽちゃ子の私が告白された?

 違う違う、あれは告白なんかじゃない。


 大地君だって一晩寝たら正気に戻って


 『入学式の亡霊に憑りつかれていたから変なことを言っちゃったけど、昨日の告白はなかったことにして』


 って、言ってくると思うし。



 とりあえず自分の部屋に行こう。

 『ラビー王子』の等身大抱き枕を抱えて、ベッドに転がろう。



 玄関にカギを差し込む。

 ドアを開けようとノブを掴んだ瞬間

 バンっ!!

 耳を塞ぎたくなるような大きな音が。



 恐る恐る、後ろを振り向くと……


 玄関ドアに手の平を付き、壁ドン状態で、睨むように私を見下ろす般若(はんにゃ)様が、目の前にいらっしゃるではありませんか。



「む……むち……くん?」


 なぜ怒ってるの?

 なぜ私は壁ドンをされてるの?


 むち君の顔なんて見れないよ。

 早くこの場から逃げたい。

 だってだって思い出しちゃうから。

 朝ランニングの時にキスされたこと。

 むち君を瞳に映すだけで、意識しちゃうんだから。



「なに告白されてんだよ」


 イラつきぎみのオス声が私の耳に突き刺さる。

 むち君は大地くんと私の会話を聞いてたんだ。


「あれは……」


 告白なんかじゃなくて……大地君の勘違いで……


「ぽちゃ子のくせに生意気!」


 壁ドン状態で、むち君の漆黒の髪が私に突き刺さりそうなくらいお互いの顔の距離が近すぎで


 お願い…… 離れてください……

 

「いっ今の人は……私と同じクラスなんだ……」


「で?」


 鋭い目で睨まないで。


「私が落としたスマホをスライディングキャッチしてくれたの。見た? 彼の制服、土汚れが酷かったでしょ?」


「何? 俺からの答え、なんか期待しての質問系?」


「そういうんじゃなくて……」



 壁ドン状態。

 私の斜め上には、むち君の顔。


 どうあがいても逃げられないこの状況。

 せめて笑いに持っていけたら、ピンと張りつめた空気がふんわりするかなって期待しただけなんです。


「スマホは無事なわけ?」


「あっうん」


「ふぅん」


 怒り顔のむち君と会話がかみ合わない。

 むち君の興味がある話題を探るように、彼を見つめてみるも


「そんな目で俺を見るな!」


 唾が飛んできそうなくらい激しく怒鳴られちゃった。


 はぁぁぁ。

 なんでむち君って、いつも私に怒ってばかりなんだろう。

 私への嫌悪感が強すぎなんだろうね。


『なんで俺が、望愛の面倒をみなきゃいけないんだ!』


『嫌いな女とは縁を切りたいのに!』


 そんな思いから、私にイライラしちゃうんだろうな。


 

 雨ちゃんも高校では、綺麗なお姉さまたちに囲まれていた。

 二人とも高3で、ファッション雑誌の表紙を飾ってもおかしくないほどのイケメンで、親友の妹の子守より彼女が欲しいって思っていてもおかしくないよね?


「むち君って好きな人いる?」


「……はっ? なんだよ、いっ、いきなり」


 テレ顔で取り乱した。

 やっぱりいるんだ、想い人。


 私が二人に甘えていたら、むち君と雨ちゃんの幸せを壊しちゃうのかもしれない。

 ラブラブだったお兄ちゃんと彼女さんを、永遠に引き離してしまったように。


 むち君も雨ちゃんも、私にとってかけがえのない大事な人。

 私が幸せを壊すなんて絶対に嫌だ。


 二人に甘えるこの状況から、私は卒業しなくちゃ。

 お兄ちゃんだって、きっとそれを望んでいるはず!



「むち君、今までありがとう」


「何に感謝されたわけ」


「お兄ちゃん代わり、もうしなくていいよ」


「なにオマエ、高校生になってもう大人だって勘違いしてるだろ」


「むち君と雨ちゃんがいなくても、私はもう平気」


「俺らの代わりに、大地って奴を頼るつもりじゃないだろな」


 それは……


「わからない……」


 この先のことなんて全くわからない。



 お兄ちゃんを死に追いやった罪悪感に、何の前ぶれもなく襲われる毎日。


 心の痛みに耐えきれなくて、私のことをわかってくれるむち君や雨ちゃんと一緒にいることでごまかしてきたけれど、二人のお兄ちゃんから卒業したら、私の精神は壊れずにいられるのかな?



「アメが作る朝ごはんも、これからは食べないのか?」


「……うん」


「ダイエットするって決めたろ。朝マラソンくらい俺が付き合って……」


「だからもう、私は二人から卒業するって決めたんだから!!」




 むち君の声は滅多に聞けないくらい優しく響いていた。

 それなのに私は怒鳴りつけるように声を張り上げてしまった。



「あっ、そ」


 壁に突いていた手の平をひっこめた、むち君。

 私に愛想をつかしたように、深いため息を苦しそうに吐き続けている。


 なんで私は、むち君を拒絶するように怒鳴っちゃったんだろう。


 そんな後悔が生まれたのは自分の部屋に戻ってからで、この時の私は壁とむち君に挟まれた状況から逃げ出すことに必死。


「帰る!」


 涙声をぶつけながら、むち君の前から走り去った。









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