1 3人のお兄ちゃんがわり
☆望愛side☆
私、優木 望愛はお兄ちゃんに誓うよ。
『一生、恋はしない』
4年前、お兄ちゃんを死に追いやった罪
幸せ満開な恋を断ち切ってしまった罪
死ぬまで背負っていくから
だから今はまだ
2人のお兄ちゃん代わりのそばにいさせてください。
【ややぽちゃ姫と3人の王子様】
花びらが春を喜ぶように踊りまう、おだやかな朝。
「キレイ~」
満開の桜に見とれる私の目の前には
「桜より望愛に見とれちゃうけどな」
ミルクティー色の波うつ髪を優雅にかきわけて
「僕の望愛は、桜に舞い降りた天使なの?」
キャンディみたいな甘い笑顔をこぼす、エプロン姿の王子様と
「望愛! 桜なんて見てるヒマはないだろーが!」
黒い宝石がはめ込まれたような、ワイルドな目を吊り上げ
「ボケっと突っ立ってるな! さっさと走りに行くぞ!」
ジャージ姿で腕を組む悪魔王子様。
高3なのに色気と美顔をお持ちのこの2人は、私の家を挟んむかたちで左右に住んでいるお隣さんたち。
「桜を見上げる望愛の顔、もっと見ていたいんだけどな」
私を本物の妹だと思いこんでの溺愛が、度を越しすぎでは。
極甘スマイルをこれでもかってほどふりかけてくる優しい王子様が、『雨ちゃん』
「ちんたら走ったら腹筋300回追加だからな!」
ムチを振り回す悪魔並みに怒ってばかりなのが『むち君』
二人は私より2歳年上の高3で、亡くなった兄の親友、今は私のお兄ちゃん代わりなんです。
朝の5時半。
朝日と早起き競争をしたいわけじゃない。
なぜこんな朝早くに、家の前の道路に立っているかというと…
「望愛、準備体操は終わったのか?」
「……はぃ」
「今から30分走り続けるからな!」
「……はぃぃぃぃ」
「覚悟しろよ~」と私のおでこを人差し指でグリグリする悪魔むち君と、ランニングに行くためなんです
ひゃっ、なんか怖い。
むち君の黒いサラサラ髪から、二本の角が飛び出ているように見えちゃう。悪魔が降臨してるよ。
確かに私からだよ。
ダイエットに協力して欲しい!
体育会系のむち君にお願いはしたけれど、「やっぱり一人で走るね」って言おうかな。
私は洋服の中に手を突っ込んでモゾモゾモゾ。
お腹をつまんでぜい肉チェック。
はぁぁぁ、これが現実だよね。
お腹ぷよりすぎ。脂肪が掴めちゃう。
自分に甘すぎる私任せじゃ、このぜい肉は消滅できそうもないな。
痩せるためには悪魔むち君に頼るしかないか。
諦めのため息を吐いた時
「ダイエットなんてやめちゃいなよ、のーあ」
極甘お兄ちゃんモードの雨ちゃんが、私の右腕に両腕を絡みつけてきた。
ドキッ///
童話の王子様フェイス、近すぎです///
雨ちゃんは赤ちゃんの頃から、私を本物の妹のように溺愛してくれている。
妹扱いだってわかっているはずなのに、初恋相手に私のドキドキは止まらない。
心臓が暴れ出して肌から逃げ出しちゃいそう。
私が倒れる前に雨ちゃん離れて!
そんな思いを込めて腕をぶんぶん振ったんだけど
「このまま僕と二人だけで、公園にお散歩に行くのはどう?」
ミルクティー色の柔らかい髪を揺らしながら、雨ちゃんは私の顔を覗き込んできた。
だっだから、大人っぽいプリンス顔が近すぎだから!!
全身をめぐる血液が、私の体温を上昇させていく。
真っ赤になっているであろう顔を隠さなきゃ。
そう思って雨ちゃんに囚われていない方の手を、顔全体にあてようと思ったのに
「俺は望愛が痩せたいっていうから、ダイエットメニューを考えてやったんだからな!」
イライラ声を飛ばすむち君に、手首を掴まれてしまいました。
「望愛は痩せなくても、このままで可愛すぎなのに」
雨ちゃんに腕を引っ張られ
「コラ~! 望愛に抱き着くな! アメの物じゃないだろーが!」
むち君にも引っ張られ
「ムッチーのものでもないでしょ」
「こいつを甘やかすなって言ってんの!」
「ムッチーは望愛に厳しすぎ。女の子には優しくしなきゃ」
「望愛のためだろーが!」
天使と悪魔の交互に引っ張られる私。
体が左右に行ったり来たりの綱引き状態に。
「望愛、ムッチーとランニングなんかやめよう。僕と朝ごはんつくろっか」
ふぅ~、やっと二人の手が離れてくれたよ。
プリンみたく揺れに揺れていた脳が、やっと器に収まった感じ。
と安心したけれど、このままじゃ私のお腹にのった贅肉は、一生まとわりついたままだ。
「雨ちゃん、私を甘やかさないで。やっとダイエットをする決意が固まったんだから!」
私はお腹を触りながら雨ちゃんに一吠え。
「朝飯づくりはアメの担当だよな。一人でやれ、望愛を巻き込むな」
「むち君は雨ちゃんを睨まないの!」
悪魔色の目がキランって感じ、鋭いナイフで脅されてるくらい怖すぎなんだからね。
アタフタする私を無視。
二人は怒りの視線を絡め合い、バチバチと火花を散らしている。
でも先にプイッと視線を逸らしたのは雨ちゃんで、一瞬でゆるっと笑顔を作り私に微笑んだ。
「望愛用に僕と色違いのエプロンを買っちゃったんだ。似合う、100%似合う、僕が保証する。望愛嬉しい? 嬉しいよね?」
おそろいなんて嬉しい……けど……
「アメ、キモイことを聞いてんじゃねー! 望愛は答える必要ないからな!」
答えるなって言われても……
「これ以上痩せないでよぉ。僕の手料理で望愛をもっと太らせたいくらいなのに~」
涙声のエプロン王子に迫られて
「俺は望愛が痩せたいて言うから早起きしてやったんだ。今さら走りませんなんて言わないよな」
釣り目の悪魔にも迫られて、どうしていいかわからない。
私はオロオロと後ずさり。
下がって下がって家の壁に私の背中がドンッ。
ひぃえ!
なぜか私の目の前には、私の後ろの壁に手をつく二人の顔が。
壁ドン?
二人の腕に挟まれてるよ。
これじゃ逃げられない……
「なんで僕たちから逃げようとするかなぁ」
「俺とアメ、どっちの言うことを聞くつもりなわけ?」
だから二人とも……
芸能人並みの美顔を私の顔に近づけすぎだから……
上目づかいで雨ちゃんとむち君の両方を見比べてキョロキョロ、キョロキョロ。
見比べて見比べて……
「雨ちゃんごめん、むち君と走ってくる!」
私は雨ちゃんに勢いよく頭を下げた。
壁から手を離した雨ちゃん。
今がチャンスと私は壁ドン状態から逃げ出す。
雨ちゃんは納得がいかないもよう。
透き通る白い頬を、片側だけプクっと膨らまし始めた。
「望愛は……今のままでいいのに……」
ややぽちゃな私のままで良い。
そうって言ってくれるのは嬉しいけど……
「私ねどうしても痩せたいの!」
「なんで? 痩せたい理由は?」
「それは言えない……」
「僕は望愛のお兄ちゃん代わりなのに、肝心なことは教えてくれないんだね……」
泣きそうな顔でガクンと肩を落とした雨ちゃんに、罪悪感が膨れ上がってしまう。
ごめんね。
でも雨ちゃんにもむち君にも言えないよ。
言ったら絶対に変な空気になっちゃうから。
エプロン王子は瞳を悲し気に揺らし、しゃがみ込んで地面を指ですりすりすり。
ふてくされた様な声でブツブツブツ。
「僕は望愛が生まれた時からずっと隣にいるんだよ。24時間可愛がりたくて、とことん甘やかしたくて……」
「シスコン束縛魔」
むち君の呆れツッコミすら雨ちゃんは無視。
「僕の手料理をたくさん食べさせて……」
「本人は痩せたいって言ってるだろ」
「望愛を僕の愛でブクブク太らせて……」
「アメのことをパーフェクト王子って勝手に勘違いしてる学校の女子が見たら、ドン引きだな」
「フリフリラブリーなドレスを着せて、いただきま……」
「ちょっと待て、妄想の中とはいえ望愛を食べるな!」
むち君は雨ちゃんの頭をグーでポコん。
「譲に呪い殺されるぞ!」
呆れ声を吐き出した瞬間、私も雨ちゃんも直立不動の棒人間化。
これでもかってほど目を見開き、ピクリとも動かないくらい固まって ――数秒後
「あっ、悪い……」
悪魔むち君が後悔を口にしたせい、3人を取り巻く空気が余計に重苦しくなっちゃった。
「むち君のせいじゃないよ!」
本当にむち君が悪いわけじゃない!
私達3人が一緒にいると、心が針でつつかれているような居心地の悪い空気に包まれることがある。
でもそれは全部私のせい。
お兄ちゃんを死に追いやったのは私。
それなのに罪を抱えきれなくてつい二人に甘えてしまっている、メンタルが弱すぎる私のせい。
「僕もごめん……望愛を食べたい願望を言葉にしたから……」
雨ちゃんまで震え声をこぼしたんだもん。
私の罪悪感は膨らむ一方。
でも今の言い回しはちょっと。
雨ちゃんはお兄ちゃん代わりとして、私を大事に思ってくれているだけ。
それを知らない人が聞いたら、親密な関係?って勘違いされちゃうんだから。
「むち君も雨ちゃんも悪くない。私がダイエットしたいなんて言い出さなければ……」
「じゃあ望愛、走りに行くのはやめよう。朝食を作る僕のことずっと見てて」
どんより曇を跳ねのけるようなキラキラ笑顔の雨ちゃんが、私の両肩をガシリ。
「変質者の言うことは無視しろ、走りに行くぞ」
今度はむち君に腕をつかまれ、二人につかまってしまった私。
まさかの不意打ち。
左右から強めの圧で引っ張られたせいだろう。
私の体は横に傾き、立っていられなくてよろめいて、ドンっ!
いつの間にか私の体は、すっぽりとむち君の腕の中におさまってしまったのです。
この状態ってもしや……抱きしめられてるのと一緒だよね?
力強く跳ねるむち君の心拍。
頬で感じてしまうこの状態に、私の心臓が耐えられない。
「むち君、ごっ…ごめんね」
慌ててむち君の腕の中から抜け出したけれど
「こ……これは、じ…じ…事故だからな!」
普段はドS魔王様。
そんなむち君の予想外の慌てぶりにギャップ萌え。
私の心拍が狂いうなってしまう。
むち君、妹代わりの私を抱きしめたくらいで顔を赤らめないで。動揺しないで。
むち君の顔の赤みが伝染しちゃう。
私の頬まで熱を帯びてきちゃったんだから。
「ほっほら、走りに行くぞ!」
真っ赤な顔を見せないようにかな。
私に背を向け走り出したむち君。
「辛くなったら、ムッチーなんか無視して帰っておいでね」
おっとり微笑む雨ちゃんに頭をポンポンされ、黒いジャージ姿のむち君の背中を追いかけるように私も地面を蹴る。
けれど、たったの30秒だけだった。
軽快に走れたのは。
むち君、走るのが速すぎ。
どんどん離されてるよ。
私はノロマで運動音痴。
長距離走なんて、中学のマラソン大会の時に一番後ろをノロノロ走ったのが最後。
呼吸が苦しくなってきた。
走る辛さをごまかしたい。
そうだ気分転換に自己紹介をさせてください。
重い足を引きずるように、ぼてぼて走っている私は優木 望愛。
今日が入学式の高校1年生です。
身長は平均以下。
それなのに体重は平均のやや上で、童顔丸顔のほっぺはプクっとふくれあがり、足や二の腕はムチムチぎみ。
デブなわけではない。
『ややぽちゃ』に分類されてしまう、ちょっとガッカリ体型なんです。
ぷっくりほっぺを隠すのに必須なあごまでのウエーブヘアが、汗で顔に貼りついてくる。
目の上まで伸びた重い前髪もおでこにペタリ。
ピンでとめておけば良かったな。
後悔しながら前を走る背い高細マッチョの背中を追いかけるも、ドンドン開く距離に絶望感が山盛りに。
もう走るのはムリ。
横っ腹が痛い。
ちょっとだけ歩いちゃおう。
こっそりとスピードを緩めた瞬間
「コラ~!」
前から悪魔の喝が飛んできた。
「自分を甘やかすな!」
歩こうとしたこと秒でバレてましたかぁ……
「むち君、初日からハードすぎ」
脇腹を押さえながらタラタラ走る私の目の前。
むち君は駆け戻ってきて、グーで私の頭をポコっ。
普通に痛いくて完全に走る足を止めた私。
忍耐力のない私に、むち君は容赦しない。
「望愛の根性、腐りすぎ」って怒られちゃった。
そりゃ根性なんてものは、自分に甘すぎる私には皆無だけど……
「叩かなくてもいいのに……」
「はぁ~? じゃあどうやってオマエの根性を叩きなおせばいいんですか?」
「それは……」
「オマエが自分に甘すぎだから、脂肪を蓄えちゃったんじゃないんですか?」
むち君があえて選択したのは語気強めの敬語。
ゴツゴツした男らしい手でグーを作り、私の頭にグリグリねじりこんでくる。
むち君ってスパルタコーチだ。
暴力コーチだ。
「望愛はさ、本当に痩せる気ある?」
あります……けど……
「お腹の横がわが痛いし……」
「痛みなんてものはな、走ってれば麻痺るんだよ」
そういうものかなぁ。
「息を吸うのも苦しい」
「猫背で走ってるから、肺に空気が入んないんじゃねえの」
「背筋を伸ばして走ってるつもりだよ」
だんだん痛い脇腹の方に、体が傾いていっちゃうんだけど……
「むち君、お願い!」
「何?」
「慣れるまででいいから、自分のペースで走らせて」
お願いって気持ちを最大級に込め、むち君を見上げてみた。
あれ?
むち君が真顔で固まっちゃった。
もう一押しかも。
「今日だけでいいから、ねっ」
今度は顔の前で両手を合わせ、上目遣いでちらり。
なぜか鬼コーチの態度がおかしい。
いつも纏っている攻撃オーラが、薄らいでいるような。
「あの……むち君……?」
「……」
「体調でも悪い?」
「そっ、そんなんじゃない!」
「寝不足とか?」
「いいから俺に構うな!」
私の背中が反射的に後ろに反るほど、荒々しく怒鳴られたから
「ごめんね……」
とっさに謝っちゃった。
「あ~マジでムリ!」
「えっ?」
「俺にどうしろって言うんだよ!」
独り言?
むち君は地面にしゃがみ込み、頭を抱えている。
漆黒のサラサラヘアをかきむしったかと思うと
「ほんとにほんとに俺のせいじゃないからな!」
これまた独り言っぽい遠吠えをひとつ。
スッと立ち上がったむち君は私の前へ。
私の頭の後ろを包むように、大きな手の平を押し当ててきた。
この状況は……一体?
首を傾けむち君を見上げる。
真剣な瞳に見つめ返され、力強く揺れる瞳に私の心が捕えられ、金縛りのように固まることしかできない私。
頭が引き寄せられていると気づいた次の瞬間、私の唇にむち君の唇の熱がダイレクトに伝わってきた。
「ひゃっ!!」
強すぎた驚き。
えっ、何が起きた?
むち君の胸を思いっきり両手で押して離れはしたものの……
今のってキスだよね?
かぁぁぁぁ///
唇に残る温もりがイタズラするかのように羞恥心を刺激してくるから、私は顔があげられない。
「む、むち……くん?」
今のは……
「走れないって言うから、人工呼吸をしてやっただけ」
キスが人工呼吸?
「たっ……頼んでないよっ!」
うつむいたまま慌て声を返す。
私の頭の中はハテナがぎゅーぎゅー詰め状態。
クエッションマークの山で窒息しそう。
な……なんで私、キスされたの?
むち君は亡くなったお兄ちゃんの親友で、お隣に住む私のお兄ちゃん代わり。
「望愛邪魔、どっか行け!」って、日々嫌われ続けているんだよ。
意味が分からない。それに酷いよ。
今のが私のファーストキスだったのに……
顔が熱い。
恥ずかしくて、顔が焦げそうなほどジリジリジリ。
ボアボアと熱が上昇する頬を両手で隠し、地面にしゃがみ込んでいると
「かっ、勘違いすんなよな」
真上から照れ声が降ってきた。
慌てているような震え声。
珍しくて、むち君を見上げずにはいられない。
「オマエが酸素不足で倒れると面倒だから、俺が助けてやった、だ…だけだからなっ!」
むち君、顔が真っ赤だよ。
いきなりどうしちゃったの?
「大丈夫?」
「は、なにがっ?」
怒鳴り声が裏返ってるし。
「耳まで真っ赤だよ」
「俺なんかのキスで、望愛がテレるからだろ!」
ひゃっ?!
人工呼吸じゃなくて、さっきのってキスだったの?
「違っ、あれはキスじゃない! ただの妹助けだ!」
慌てふためく声を追加したむち君は、切れ長の目を隠すようにサラサラ髪を両手で前に集め
「俺は帰る! 後は一人で走れ! サボるなよ!」
マラソン選手並みの綺麗なフォームで、走り去っていったけれど……
さっきのキスはなんだったんだろう?
脳内がハテナとドキドキで埋め尽くされた私は、走る気力が底をついてしまいました。
その後――
歩いて歩いて、やっとの思いで家の前に到着。
我が家の右隣にむち君のお家がある。
壁を登るように視線を上げ、むち君の部屋の窓を直視してみたけれど……ムリ。
生々しく蘇ってきたむち君の唇の温もり。
恥ずかしくなって、脈が飛び跳ねて、心臓の血液が沸騰寸前に。
羞恥心で溶けまくった血液が、体中に放たれたせいだろう。
顏だけじゃなく指先まで火照る始末。
今からむち君と一緒に、雨ちゃんのお家で朝ごはんを食べるのに。
わからないよ、どんな顔をすればいいか。
むち君の部屋を見上げたまま、熱を帯びた頬を両手で隠している私。
「ランニングお疲れ様~」
誰かに肩を叩かれたから
「ひゃぁぁぁ!」
私ってこんなに高く飛べるんだ。
自己新記録のハイジャンプ。
オーバーに驚いちゃった。
「望愛、ビックリしすぎ」
「だって雨ちゃんが急に声をかけるから」
「そんなに驚くって、フフフ。僕に隠しごとでもあるのかな」
うっ、鋭い……
私の前に咲き誇っているのは、心を奪われそうなほどキラキラな王子様笑顔。
でも雨ちゃんの瞳の奥の奥は、闇色に光っているような……
『むち君にキスされたことはバレないようにしなくちゃ、絶対に』
危機感に襲われ、私はつばをゴクリと飲み込む。
「ララ……ランニング初日で、つつっ疲れただけだよ」
「あれ、ムッチーは?」
むち君の話題を今は出さないでください。
「先に帰ったんだよ、うん、そうそう」
「望愛を置き去りにして?」
「むち君って髪のセットに時間かかるでしょ」
「こだわりが強いんだよね。髪のはね一本許せないみたいだし。オスの色気を放ちまくるワイルド王子のムッチーなんだから、寝癖があるほうがギャップ萌えで可愛いと思うけどな」
「そう思わない?」と、雨ちゃんに問われ「うんうん、そうだねそうだね」と、誤魔化すように頷いちゃった。
「望愛、口開けて」
「いきなり何?」
「開けないなら強行突破ね」
雨ちゃんのまぶたがイジワルっぽくゆるむ。
きょとんと首をかしげる私。
甘い香りがふわっと鼻をかすめ、何かが私の口に押し込まれる。
ん? これって……?
「どう、おいしい?」
「おいしい……けど……」
もしやこれは……
「良かった、望愛のお口に合って」
高カロリーの……
「ランニングを頑張ったご褒美。なにかあげたいなって思って一口ドーナツを作ったんだ」
やっぱり高カロリーのお菓子だったか。
「たくさん揚げちゃった。朝ごはんのあと一緒に食べよ」
「あっ、あの……」
「おいしい紅茶もいれてあげるからね」
「私……ダイエット1日目だよ……」
「うん、望愛のことならなんでも知ってる」
「ランニングをしてきたんだよ」
「望愛は頑張り屋さんだね」
「えらい、えらい」と、にんまり笑顔の雨ちゃんに頭を撫でられていますが……嬉しくない。
スパルタコーチと走ったあの努力……
おじゃん。台無し。水の泡だよ。
「イチゴチョコドーナツも作っちゃった。僕も頑張ったでしょ」
嬉しいよ。
私を甘やかそうと、朝食だけじゃなくおやつまで作ってくれたこと。ものすごく嬉しいけど……
途中までとはいえ、頑張って走ったのに……
「消費したカロリー、このドーナツで軽くオーバーしちゃったんじゃ……」
「そんなこと気にしないの」
気にするよ!
【お腹のたるみも、プルプル揺れる二の腕の脂肪も、ステッキひと振りでほらすっきり!】
なんて魔法みたいなことは、絶対に無いんだからね!
「望愛はダイエットしなくても可愛いの、そのままでいいの」
雨ちゃんのユルふわ髪が、桜混じりの春風で優しくなびいている。
私のことを本当の妹のように溺愛してくれてるのがわかる、穏やかな微笑み。
単純な疑問を私はさらっと口にした。
「なんで雨ちゃんはいつも私に優しいの?」
むち君だったら
『痩せろ!』『甘えるな!』
頭に角が生えているのではって錯覚するほど、鬼と悪魔がミックスされたように怒鳴ってくるよ。
「あの日約束したでしょ。ジョーの代わりに、僕とムッチーが望愛のお兄さんになってあげるって」
お兄ちゃん代わりとしての溺愛だって、わかってはいるけれど。
雨ちゃんから毎日何十回と注がれる、極甘ワード。
だから勘違いしそうになる。
私のこと、一人の女性として見てくれているのかなって。
「手がこんなに冷たくなってる。汗で体が冷えちゃったんだね」
雨ちゃんが私の手を包んでくれて
「気づかなくてごめん、風邪をひいちゃうから着替えておいで」
お兄ちゃんというより、恋人っぽい微笑みを私に向けてくれて
「望愛の好きなコーンスープ、温めておくからね」
雨ちゃんが私を包んでいた手を離した瞬間、思い出してしまった。
雨ちゃんは私の初恋で、お兄ちゃんが亡くなるまで
『いつか、雨ちゃんの彼女になりたいな』
甘ずっぱい恋心を抱いていた自分のことを。
うわぁぁぁ///
早く心の奥の初恋ボックスに、蘇った記憶を押し込まなきゃ!
だって私は誓ったんだから、一生恋をしないって。
「きっ着替えてくる、雨ちゃんまた後で」
雨ちゃんを大好きだった記憶に乱されてしまった私の平常心。
恥ずかしくて逃げたくて、私は自分の家に飛び込んだ。