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9.瑠奈とルアナ・ベルローズ

「マジかマジかマジか〜〜っっ!!」


 その日の帰り道。

 誰もいないのを良いことに、瑠奈は叫びながら自転車で坂道を下った。

 強い風が顔を打ち髪を乱すが、興奮は冷めやらない。


「どーしよマジで書籍化とか実在するんだ! 印税とかあるのかな? 今のうちにサインの練習した方がいい? ていうか今Web連載してるやつを書籍化するのかな? それとも新作?」


 間違いとは言え教授にあんな小説を送りつけるなど、下手をすればゼミを追放、最悪の場合は除籍にすらなりかねない。


 それがまさか、こんなチャンスが巡ってくるなどと、誰が想像できるだろう!


 自分の書いた作品がネットの海に漂うコンテンツの一つではなく、誰かが直接手に取るものになることを想像すると、ワクワクした気持ちが止まらなかった。


「もし新しく書くなら、機会をくれた先生の性癖に刺さるやつにしたいな……。ううん、書籍化って、きっとこれまでのWeb連載とは違って、もっといろんな人に関わってもらうことになるんだ。なら、その人たちの性癖にできるだけ寄り添って――」


 考え事をしている間にも自転車のタイヤは転がる。坂道が終わり、横断歩道がやってくる。

 横断歩道の青信号が点滅していた。

 自転車のブレーキを握ろうとする――――。


「プロットを…………あれ、ちょっと……」


 ――まるで何かが邪魔をするように、ガチリと嫌な感触がした。ブレーキが握れず、何かに引っかかったように動かない。


 つまり、自転車が、止まらない。


 ブレーキがいうことをきかないまま信号が赤になり、混乱する瑠奈は下り坂の勢いをつけたまま車道に突入してしまった。

 自動車用の信号が青になり、“高圧ガス”と記載された大型トラックが容赦なく車道に発進してくる。


 瑠奈の乗った自転車はといえば、すでに車道に飛び出してしまっていた。


「嘘でしょちょっと――ブレーキが――――――」



***



「――――まッ! ――ルアナ様ッ!!」


 自分を必死に呼ぶ声に、塞がれた口をやっと解放されたように息を乱して、ルアナは目を覚ました。

 視界いっぱいに心配そうなヤグラの顔が見える。涙目で自分を腕に抱えているその姿は、まぎれもなくヤグラ・ヤエツバキ……聖都の、クリトヴァーナ大聖堂の、ルアナ・ベルローズの従者だった。



 ここは、日本でもなければ大学でもない。

 聖都ドリオル・ガジュームの、学園の地下実験場だ。



「良かった、気が付かれたんですね。ボクが持ち出した禁書であなたが胸を貫かれることになって、このまま目を覚まさなかったらって考えたらボク……もう気が気ではなくて……」


 ヤグラの声を聴きながら、目だけを動かして周りを見る。床に座り込んだままのヤグラの腕の中から、まぎれもなく自分が血で描いた魔法陣が見えた。

 派手に倒れた大きな棚の向こう側で、ロトレの咆哮と暴れる音が聞こえる。

 倒れた棚や、その向こうの机には多数の試験管――おそらくあの中には、先ほどヤグラに説明を受けた“子作りに必要な体液”――すなわち、男の精液や女の卵子が入っている。


 ――なるほど、試験管ベイビー。


 今のルアナにはすんなりと理解のできる子どもの作り方だった。科学の発展した日本で学生をやっていた“鈴村瑠奈”にとって、そうした子どもが生まれることは何も珍しいことではなかったからだ。


 日本。学生。大学。Web小説――。

 つまり先ほど見た――いや、体験した出来事は……。


 片腕で目を覆い、ルアナは皮肉げに笑った。


「……はは、禁術って、そういうこと……」

「…………ルアナ様?」


 ……おそらく自分が先ほど見たのは、前世の記憶。

 口にした詠唱通り、幾星霜いくせいそうの世界を穿うがち、この世のものではない、別の世界から引きずりだした自分の歴史と意識だ。


 浮かれて自転車で坂道を下り、ブレーキがきかず車道に突っ込み――自分はおそらく、あそこで死んだ。


 鈴村瑠奈は死んだのだ。

 そしてその来世――つまり今ここにいるのが、現世の自分というわけだ。


 ルアナ・ベルローズ……まさかペンネームに使っていた名前で、人生を送ることになるとは……。


「こんなの、異世界転生ってやつじゃないの……」

「転、生……?」


 キョトンとするヤグラの腕の中から、ルアナは勢い良く体を起こした。立ち上がりながら聖銃を手にし、装填していた弾丸を一つ取り出す。


 もう、先ほどまでの自分とは違う。

 ルアナはすでに、悪魔憑きになった友人を撃たねばならないという、理不尽な悲しみに支配されてはいなかった。

 なぜ禁術でルアナがこの前世の記憶を引き出されたか、今ならハッキリと分かるからだ。


「かいつまんでお話します。ヤグラ、先ほどの禁術は術者の前世の記憶を呼び戻すもののようです。そしてわたしの前世は――」

「ルアナ様の前世……? つまり輪廻転生は本当に存在するということですか……?」


 まだ混乱しているヤグラに、つとめて明るくルアナは言い放った。


「わたしは前世からスケベなエロネタが大好きだったということです……!」 

「スケッ――」


 聖銃をロトレに向けて構えながら、まだ出血している手のひらで銀の弾丸を血に染め、装填する。


「良いですかヤグラ? スケベもエロもハレンチも、決して悪いことではありません。どれも人の命の誕生に直結する――いわば生のエネルギーそのもの。つまり悪魔の弱点ど真ん中!」

「ルアナ様っ? いきなり何を吹っ切れたように――」

「前世で生きた世界でもよく言われていましたよ。幽霊物件なんかの悪霊は、生の力が弱点だからエロネタに弱いって、ね――!」


 言って、弾丸を込め再びロトレに向けて放った。

 牙を剥き爪を振りかざすロトレの髪を、弾丸が少しかすめただけだったが――彼女の動きが明らかに止まった。


「△××~△#×、△×××××~×……△!」


 ロトレが何か言っている。人には理解できない言語だ。悪魔憑きに多く見られる、あの現象。

 だが咆哮というには明らかに勢いが弱くなった。

 まだ床にペタンと座ったままのヤグラが、困惑気味にルアナとロトレを見比べる。


「ルアナ様が弾を外した……? いや、でもロトレ様の動きが……」

「やはりそうなのね! これでやっと確信がもてる。――あやめることなく撃てる。今なら分かる気がするから……」

「分かるって何を――」

「△××~△#×!! △××~△#×!!」


 ヤグラの咆哮が再び激しくなった。

 ルアナは耳をすましながら、弾丸をもう一発取り出し血を塗りこめ、眉間に当てて目を閉じる。


「聞こえます……ロトレ……。あなたの性癖が……」

「は? 性癖!?」


 ヤグラがぎょっと目を剥いた。


「△××~△#×(男の娘)…………ッ、△××~△#×(ショタ優位)……!」

「なるほど。あなたの性癖は男のおとこのこ、女装した可愛らしい少年なのですね」

「はあ!?」ヤグラが叫ぶ。

「だから女装少年メイドのヤグラと性的な話をして、性知識の全く与えられないこの聖都で育ったあなたは、その性衝動をどう発散して良いか分からず、悪魔に憑りつかれてしまった……。つまりそれは裏を返せば――」


 弾丸に力をこめる。手の中で弾丸が光る。

 血を塗りこめたというのに、今度は真白の、稲妻のような眩い光だった。光の元を手で握りしめているにもかかわらず、広い地下実験場のすべてを照らし出すような明るさで周囲が満たされていく。


「男の娘ジャンル、そして女性優位ではなく、あくまで少年が攻める側のオネショタが好き――! つまりショタオネッ! ショタオネの概念をこの聖なる銀の弾丸に込めますッ! これがッわたしの――ッ」


 聖銃に弾丸を込め、照準を定め――棚越しに動き回っていた親友のその胸を撃ち抜いた。


「異世界転生ありがちのチート&ステータス(性癖)オープン能力スキルッッ!!」


 銃声と共に、ロトレが光の一線で胸を撃ち貫かれた。

 見開かれた目がゆっくり閉じられ、持ち上げていた腕をだらりと垂らす。そしてゆっくり眠りに落ちるようにして、後ろに倒れ込む。


 それを見ていたヤグラが反射的に立ち上がり、棚を飛び越え、滑り込むようにロトレの体が床に激突するのを防いだ。

 胸に穴は開いていない。先ほど禁術でルアナが胸を貫かれたときのように、弾丸はロトレの体を貫通せず体内に溶け込んだらしい。


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