始まり
天界 〈国営企業ハピネスコネクター〉
「それじゃあこれが最後だな、君が真面目にやってきた姿はしっかり見ていたよ、これが終わったらゆっくりしなさい。」
少し太った強面の中年の男性が、優しい笑顔を向けながら俺にそう言う。
「はい!お気遣いありがとうございます。最後までおだてられず怠けず、精一杯頑張ります!」
俺、矢沢祐介23歳は生前重い罪を犯した。だが行き先を地獄か天国か決める裁判にて、俺は情状酌量の余地ありとされ、ここハピネスコネクターで一定の期間働き更生するように命じられたのだ。
「それじゃあ必要なものを係の者から受け取ったら早速行きなさい、荷解きで入学式に遅れては申し訳ないからね。」
「了解しました!それでは」
そう言い俺は上司のいる部屋から出ると、緊張していた肩が緩む
(ここで問題を起こしたらこれまでの6年間全部パーだし、お世話になった皆に顔向けできない..、絶対に失敗はできないな...)
不安に思いながら係のいる場所に向かって歩き出す。
俺は生前、とある罪を犯した、その罪は...覚えていない。これには理由があり、更生期間中に問題を起こせば一発退場地獄行きではあるのだが、それでも問題を起こす奴は起こすため、超重犯罪級や重犯罪級の人間は、自身の罪に関する記憶は総じて消されているのだ。
罪のレベルは大きく
軽犯罪級 重犯罪級 超重犯罪級
に分けられる、俺は超重犯罪級に分類されるみたいだ、自分で言うのはアレだが、そんな人間に情状酌量の余地があるとは到底思えない。詳しい概要は知らないが記憶を消したからって許されて良い訳がない。
(でも、こうなってしまったなら仕方がない)
せめて少しでも償いが出来るよう、真面目に言われた業務をこなさなくては..。
しばらく歩くと係のいるカウンターが見えてきた。俺はその中から無機質そうな表情をした男性のいる所へ立つ。
「すみません、更生番号24835の矢沢祐介です。必要な品を受け取りに来ました。」
「少々お待ち下さい..、あぁ貴方でしたか、三年間見ない内に立派になりましたね。」
男性は更生番号を見て俺のことを思い出したようで、俺の成長を褒めてくれる。
「そうですか?見た目は変わってませんけどね..」
天界にいる間は年齢が変わらない、それどころか業務上今の俺は見た目や年齢は自由自在に変更可能だ、成長などしているはずがないが...
「いいえ、見違えましたよ。私は貴方の心について言っているんです。」
「なるほど...ありがとうございます。」
照れながらも素直に感謝をする俺を見て、イタズラな笑みを浮かべた男性が、本題の話を進める。
「それでは今回の〈導き手〉としての業務は、都心にある学園高校ですね、人生で三回も学生を経験できるなんて羨ましいですねぇ。」
如月学園高校、導き手としての最後の業務を行う学園だ、ちなみに前回も別の学園で導き手をやっており、今回で三度目の高校生活である、凄く贅沢だ。
「では、学生証と制服と、こちらが現世で必要になる書類ですね、アピチェンを行いますので、こちらを持って5番にお進みください。」
「分かりました、いつもありがとうございます。」
「いえいえ」
アピアランスチェンジマシーン、外見を自由自在に変更できる夢のような機械である。そこらの特殊メイクとはわけが違う、本物の肌がそこにあるしその色の髪や眼がそこにある。身長などは変更できないが、好きに元に戻せる高速整形という感じだ、天界は何でもアリである。
「今回の俺の名前は(佐藤廉也)か、年齢は15歳でターゲットは二人だな」
〈導き手〉の仕事は指定されたターゲットを幸せに導くこと、ただそれだけだ。シンプルだが難しい、その場その時だけ幸せにしても意味がないし上が認めない。悪人を除いた誰かが不幸になるのもダメだ、そんなことをしたら即刻地獄行きだ。
部屋に入ると服を全て脱ぎ、白く清潔感のある機械の中央に立つ、
(最初は注射に怯える子供のように体を震わせていたが...でも裸は今でも慣れないな)
そんなことを考えていると何度見てもよく分からないアームがうごき始めていた。
「俺は生前どんな悪党だったのだろうか、大量殺人鬼?性犯罪者?悪の親玉?もし思い出すことがあったら、今の俺の人格ってどうなっちゃうんだろうな...、上塗りされるのか?、それなら何も思い出したくはないな..」
一人考えていると作業が終わったようで機械から降り、近くにある鏡を見る。
(はぁ...最悪だ..)
そこに映るのは、柴色の髪をした、どこにでも居るそうな、そして何も考えてなさそうな、なんとも抜けた顔であった。文句を言ってやりたいが上が決めたことなので何も言えない、そんな立場にいない。
「結局三回ともこのタイプだったな..」
超重犯罪級の俺は三回の導き手としての業務が課されている、軽犯罪級は一回、重犯罪級は二回である。
そして一回の期間は大体三年であり、俺はもう既に六年導き手としての刑務を終わらせていた。一度目は会社員、二度目は学生だった、そして三度目の今回も学生であり、この顔である。
(いや、この顔の人にめちゃくちゃ失礼だよな...、これ以上はやめておかないと。)
俺は支給された新しい私服と学生服が入ったカバンと、必要な品の入った白い箱を持ち現世へと飛ぶカプセルに入る。
(これが終わったら天界でゆっくりできる、失敗したら地獄行きだ...、ターゲットの月城春樹 と 七瀬望結...)
俺は中に設置された椅子に座り目を瞑る。
(俺が責任を持ってお前らを幸せにしてやる、俺が天界でゆっくりするために、そして贖罪のために..)
俺がどんな罪を犯したのかは知らない、何人何十人苦しめたかも分からない、もし生前誰かを不幸にしていたのならば、せめて その分誰かを幸せにしてあげなければならない。それが今の俺に出来る唯一の事だから。
なぜなら俺の...
「俺の役目は、君たちの導き手」
急降下するカプセルの中、俺は一人誓った。