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4. 特別な名前

「……違うよ」


 わたしがとやかく言えることではないかもしれない。


 けれど、やっぱり受け入れられないし、黙っていられなくて、つい言い返してしまう。


「エラー種は出来損ないなんかじゃない。エラー種こそ、特別な存在だわ」

「え……?」


 クロが訳が分からないとでもいうような表情でわたしを見つめる。


 それもそうだろう。

 この国の常識とは正反対のことを言っているのだから。


 でも、わたしは本当にそう思ったのだ。


「だって、始祖の完璧なコピーである彼らは、見た目も声も思想も全部同じでしょう? 10番と90番が入れ替わったところで、普通は気がつかないわ。名前だって生まれた順に規則的に付けられただけ。それに比べてあなたは、見た目や声であなただって分かるし、クロって名前もあなただからこその名前だわ」

「そんなこと……」


 クロの顔は相変わらず困った表情をしているけれど、頬にほんのり赤みがさしている。


「嘘じゃないわ。わたし、初めてクロが部屋に来たとき、すごくホッとしたんだもの。同じ顔じゃない人が来てくれた〜って。それに、クロって名前も呼びやすくて可愛くて大好き! わたしもiks-099とかじゃなくて、クロみたいにわたしらしい名前が欲しいわ。そうだ、せっかくだからクロが名前を考えてよ」


「だ、だめです。貴女は尊い方なのですから、僕みたいなエラー種が勝手に名前をつけるなんて……」


「だから、エラー種なんて言って自分を卑下しないで。あなたはわたしよりよっぽど知識もあるし、素晴らしい存在よ。だから、あなたに名前をつけてほしいの。ね、お願い」


 クロに向かってお願いのポーズをし、にっこりと笑いかける。

 彼は今までで一番困った様子で額に片手を当て、ちらりとわたしを見たあと、しばらく黙りこんだ。


「…………クア」

「え?」


 よく聞こえなくて聞き返したわたしに、クロが顔を真っ赤にして答える。


「……アクア、という名前はいかがでしょうか。その、貴女のうっすら水色がかった髪が綺麗だと思いまして……」

「アクア…………アクア」

「あ、あの、もし気に入らないようでしたら無理なさらなくても──」

「ううん! すごく素敵! とっても気に入ったわ! わたし、今日からアクアって名前だと思うことにする!」


 クロの手を握りしめ、嬉しい気持ちのままにブンブンと大きく振る。


「あなたに名前をつけてもらったおかげで、やっと人間らしい気持ちになれたわ。本当にありがとう!」


 今まで自分が量産型ロボットみたいな気分だったけれど、わたしだけの、わたしらしい名前をつけてもらえて、命が吹き込まれたような気がする。


「あなたは綺麗な黒髪だからクロ。わたしも水色の髪だからアクア。ふふ、お揃いね!」


 二人の髪を指差して微笑むと、クロもやっと笑顔を見せてくれた。


「はい、お揃いですね」



◇◇◇



 その日、わたしはクロの案内で街の様子を見てまわったあと、彼にお願いして、ほかの「エラー種」改め「ユニーク種」の人たちが暮らすコロニーへ連れていってもらった。


「彼らが僕の仲間です」


 そう言ってクロが紹介してくれた人たちは、実に個性豊かだった。


 元々は始祖コピーとなるべく生まれた人たちなだけあって、みなどことなくイクスに似たところはあるものの、髪色や瞳の色、身長や体形などさまざまだ。


 彼らはどんな人たちなんだろうと、早く会話してみたくてうずうずする。


「みなさん、こんにちは。わたしはアクアといいます。仲良くしていただけたら嬉しいです」


 わたしが挨拶すると、ユニーク種の人たちがざわついた。


 その中の大柄な男性がクロに尋ねる。


「おいクロ。彼女、すごく始祖コピーに似てるけど、"アクア" って名前がついてるってことは俺たちと同じエラー種なのか?」

「あ、いや、そうじゃなくて……」


 クロが慌てて手を振る。


「彼女……この方は、れっきとした始祖コピーのiks-099様だ。アクアというのは、ご本人の希望で僕がつけた名前で……」

「はあああ!? 始祖コピー様にお前が名前をつけただって!?」


 大柄の彼のみでなく、他の人たちも驚きの声を上げる。

 やっぱり、始祖コピーが番号以外の名前をつけるのは、あり得ないことのようだ。


 廃棄処分になるんじゃないかと心配するユニーク種の人たちに、わたしが「安心してください」と伝える。


「クロは大切なお友達ですから、そんなことにはさせません」

「お、お友達……?」

「はい。わたし、あなたたちのことをもっとよく知りたいんです。だから、よかったらみなさんともお友達にならせてください」


 わたしからのお願いに、ユニーク種の人たちがみなぽかんと口を開けたまま固まる。


「……クロ、この方のお名前は何ていうのかしら?」

「彼はバレルです。その、樽みたいに立派なお腹なので」

「そう、バレル。あなたの声が低くて素敵なのは、このお腹のおかげかしらね。今度一緒に歌をうたいましょう?」


 さっそく次回の約束を提案してみると、バレルは驚いたように丸い目をぱちぱちさせたあと、ぽりぽりと頬をかいた。


「声なんて褒めてもらったのは初めてだよ。なんだか妙な気分だが、悪い気はしねぇな」


 わりと厳つい顔なのに、こうして照れくさそうにしていると可愛らしく思える。


 バレルが気を許してくれたおかげか、先ほどまで遠巻きにしていた人たちが少し近づいてくるのが見えた。

 わたしと話したいと思ってくれているのかもしれない。


「ねえ、他のみなさんのお名前も教えてもらえますか? みんなでたくさんお話がしたいわ」


 他の人たちに呼びかけると、みなぽつりぽつりと自己紹介を始めだした。


「俺はブロウ」

「ぼ、ぼくはシュイロ」


 一人ひとりの興味深く楽しい話を聞きながら、やっぱりエラーなんてどこにもないと、強く思った。


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