転生したら徒歩5分で魔王と出会った
転生して勇者となった俺は、王様に会いに王城に向かって歩いていた。
途中、道端で一人のかわいい女の子に声をかけられたのだった。
「こんにちは、勇者」
彼女は、全体に黒っぽい色合いの露出度の高い服装をしていた。気の強そうな顔をしている。
「君は?」
「私は魔王」
徒歩5分で魔王と出会ったのだった。
これは俺が望んだといえばそうなのだ。
転生の女神に希望を聞かれたとき、
「俺はせっかちだから、手っ取り早く、効率的なのがいいかな」
と言ったのだ。転生の女神はそれを聞いた途端、説明もなくいきなり俺を転生させた。まさに早く効率的な転生だというわけだ。
そして魔王と出会った。
希望通りのあっという間な展開。あの女神は有能なのだろう。
しかし、転生して5分で魔王と顔を合わせるとは。それにしても展開が早すぎるのではないだろうか。第一話を見る前に、最終話を見せられているような気分である。
「さあ私を倒して」
と魔王が言ったのだった。唐突な提案である。一般に勇者は魔王を倒すものであるとはいえ。
「倒してっていきなり言われても。どうして俺は君を倒す必要があるんだろう?」と俺は困惑した。魔王とはいえ、目の前に現れたかわいい女の子をいきなり切り捨てる気にはなれない。
魔王はいらいらしたような表情をして、
「そんなのどうでもいいでしょ。早くして」と言った。
この魔王は俺以上にせっかちみたいだ。しかし、俺は彼女の頼みを聞く訳には行かない。
「これから俺は王様に会いに行く。そこで王様から魔王を倒すよう言われるだろう。魔王がどれだけ悪いやつなのかを聞いて、俺は魔王打倒を誓う。君を倒すのはその後だ」
「はあ、めんどくさいやつ。そんなのどっちが先だって一緒でしょ。どうせ最後には勇者が魔王を倒すんだし」
それはそうだが、魔王が自分で言うことだろうか。それにいくら魔王とはいえ、倒す理由がなければ戦う気にはなれない。実は良い奴かもしれないし。
「とりあえず王様のところに行くことにするよ。待たせてると思うし」と俺は言った。
「約束でもしてるの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。転生したらまずそうすべきだと思うから」
「よくわからない」
よくわからないのは、いきなり現れて自分を倒すよう説得し始める魔王のほうだと思うが。
魔王はため息をついて、
「はあ、頭の固い人間だね。じゃあ、こうするのはどう? 私と勇者、二人一緒に王様のところに行くの。それで、王様が魔王を倒せと言ったら、すぐさまあなたがその手に持ったぴかぴかの剣で、隣に立つ私の胸を貫く。私は死ぬ。これなら早いし、効率的。それに順番的にもいいでしょ」と言った。
俺はその光景を想像して笑ってしまった。
「茶番じゃないか」
そう言うと、魔王は不満そうな顔をした。
「もう文句ばかり。嫌なやつ」
そのとき遠くから笛の音や太鼓の音が聞こえてきた。お祭りか何かだろうか。
「あれは?」と俺が聞くと、
「あれは勇者の凱旋パレードよ。魔王を倒した勇者を祝うためのもの」と魔王は教えてくれた。
「まだ君は生きている」
「だから早く殺してって言ってるでしょ、もう段取りは済んでるんだから。やっぱりここで殺してよ。それから、王城に行って花嫁をもらってくるの。いい?」
「花嫁?」
「ええ。美しい花嫁が二、三人待っていて、あなたに選ばれるのを待ってるの。絶世の美女という噂よ。どう? 私の言うことを聞く気になってきたでしょ。その剣をこの胸にぐさっと一突きすればいい。心の準備はできた? 私は……」と言い、それから魔王は微笑んで「できてるよ」と囁くように言ったのだった。
俺は魔王の微笑みを見た瞬間、心を奪われたのだった。いや、実際はもっと前、最初にあったときからだ。
「君じゃ駄目かな」
「え?」
パレードはすでに俺たちのところまでやってきていて、目の前をどんどん通りすぎていた。
軍服に身を包んだ兵隊たち、着飾って馬車に乗る貴族たち。その向こうから、一際立派な、たくさんの花に飾られた空の馬車が走ってきた。間違いなく、勇者とその花嫁が乗るため馬車だ。
「君が気に入ったんだ。一緒にあの馬車に乗ろう」
そう言って、俺は魔王の手をとって馬車の方に歩き出した。
「ちょっと待って、王城の花嫁は? 王様は?」
「待たせておこう。あとで二人で挨拶に行けばいい」
「私は魔王なんだよ。そんなのおかしいよ」
俺は空の馬車の前にくると、魔王の手をとって、その座席に導いた。
「さあどうぞ」
勇者の登場に、沿道の歓声が上がる。口笛や拍手が降り注ぐ。
魔王もそれに押されるように、渋々馬車に乗ったのだった。
パレードの主役に向かって沿道の人たちは、祝福の声を上げ、手を振っている。
俺は沿道の歓声に応えるように手を振り返した。しかし魔王は納得してないような不満顔で座っている。
「ほら、そんなうかない顔をしてないで。魔王も手を振ろうよ」
「嫌よ。一体あの人たちは何をお祝いしているの? まだ私は生きているのに」
俺は馬車を飾る花を一輪とって、魔王の長い黒髪に刺した。
「そんな顔は似合わないよ。笑って」
魔王は「馬鹿みたい」と唇を尖らせたが。「もうわかったわよ」と少し笑顔をつくって見せた。「はい、これでいいでしょ」
「うん」
それから魔王は遠慮がちに沿道に手も振ってみせた。
転生して一時間も経っていないだろう。希望した通り、早くて効率的な展開である。
「そして勇者と魔王は幸せに暮らしましたとさ」と俺はつぶやいた。