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エピソード5

ここまでがヒュームのシナリオです。

エピソード5ー1


あれから一週間経った。限られたエリアだけど不自由なく生活している。この一週間で様々な事を学習した。パソコンやタブレットの起動方法、エアコンの使い方。部屋から出たところにある自動販売機でのジュースの買い方なんかがそうだ。二日前に自販機でスニークさんが飲んでいた黒い液体であるコーヒーを買って飲んでみたけど・・・ハッキリ言って美味しくない。苦くて変な匂いがする。他のジュースは170円だけどこの小さい缶コーヒーだけで220円もする。この世界のお金のあり様は解らないけどきっと高いのだと思う。メアリーさんが朝食を運んできたのでいつも通りに食べた。パンばかりだと飽きると言う事で白米と言う物も食べてみた。なかなかに美味しい。とろろに醤油と呼ばれる液体をかけて食べた時が一番美味しいと感じた。過激な運動は禁じられているけど、部屋の外の廊下を歩くだけでも良い運動になると言われた。それを朝食後の習慣にしていて、たった今部屋へ戻った。パソコンのモニターから音がする。画面には【スニーク】と書かれている。僕は画面に映っている【通信】のマークに触れた。モニターにスニークさんが現れた。


スニーク「あー、おはよう。ヒューム。体調はどうだ?」


ヒューム「エット、エー、ハイ、スニークサン。オハヨウゴザイマス。タイチョウハトテモヨイデス。アト、ソノ・・・エト。」


スニークさんが画面の向こうでパソコンを操作する。画面の右下に【自動翻訳】の表示が付いた。


スニーク「OK。日本語の勉強はそれなりに進んでいるようだな。」


ヒューム「はぁ、凄く大変です。日本語の勉強はメアリーさんから教わってますけど、発音とか文字とかが複雑過ぎて・・・。本当に僕、覚えられるんですかね?」


スニーク「そう不安がるな。日本語って世界でもかなり複雑な言語だからな。解らんでも無理は無い。というより、むしろお前は出来てる方だぞ。たった一週間で朝の挨拶話せるとか、実は頭いいんじゃないか?」


ヒューム「そんなこと無いですよ。ひらがなとカタカナならまだなんとかですけど、漢字なんて覚えきるなんて絶対無理ですよ。」


スニーク「安心しろ。日本人でも読めない漢字は山ほどある。当面はひらがな、カタカナ、発音練習だけでいい。残りは興味が湧いたらやればいい。日本語が終わったら今度は算数、理科、社会、何と言っても英語だ。そこも心配するな。ウチのカリキュラムならだれでも会話が成立するくらにはなる。まぁ、英語は正直俺も得意じゃないからな。」


ヒューム「へぇ・・・。あの、そのスニークさん。聞いてもいいですか?」


スニーク「どうした?遠慮無く言えよ。」


ヒューム「最初の日に来た時に窓から見た景色の事なんですが・・・。外の世界ってどうなっているんです?ここの世界に来てから一週間経ちましたけど、やっぱりどうしても気になって。ここもそうですけど高い建物とか車とかは解ります。僕の居た世界にも馬車みたいなものはありました。でも、どうやったらあんなものが作れるんです?というより、あんなに高い建物作ってどんな意味があるんですか?」


スニークはモニター越しにモーニングコーヒーを嗜んでいる。

スニーク「・・・まぁ、なんつーか。ただの見栄ってところだ。」


ヒューム「見栄・・・なんですか?必要だから作った訳じゃ無いんですか?」


スニーク「必要な時代もあった。日本はあまり土地が広く無いからな。昔は土地の値段も高かった。だから安い土地に高い建物を建てる必要性もあった。これは解るな?」


スニークさんの言葉に僕は首を縦に振る。


スニーク「だがある頃から土地の値段が急激に下落した。予見できなかった訳では無いがあの頃は日本全体が異常とも言える好景気でな。誰もその後の自国の将来の事を真剣には考えなかったんだろう。ずっと栄える文明なんぞこの世にはありはしないのだがな・・・。その内に【バブル】とか【インフレ】って言葉も習うからその辺はまた後で説明する。」


ヒューム「【インフレ】って言葉は解りませんけど・・・【バブル】って【泡】の事ですよね?お風呂の洗剤とと建物がどう関係するんですか?」


スニーク「バブルって言うのは経済状況を例えた言葉だ。っていうよりバブルが泡ってのは解っているんだな?一週間で良くそこまで学べたな。思った通りお前、頭いいんだな。」


そう言いながらスニークさんはコーヒーを口に運ぶ。僕は次の言葉を待つ。


スニーク「経済状況が好転し続けるならまだいい。だが、急激な経済成長は破綻したときにとてつも無い損害を社会全体に与える。労働者の給料は減るし、残っている社員には企業は自主都合での退職を促す。そういう中でも自身の失敗を認めないのはご役人様だ。お前の居た村の奴らと大して変わらないんだよ。こっちの世界でもな。」


ヒューム「でも、そんな事をして人々の暮らしを守る事なんて出来るんですか?スニークさんの話だととても不可能な事だと思うんですけど?」


スニーク「そりゃそうだ。守れるはずがない。国民にはきつい労働に従事させて、税金を貸して・・・。まぁ、役人様がどんな工夫を凝らしていたとしても大した結果が出ていないのは見てわかるだろ?」


ヒューム「そうなると、双眼鏡で見た遠くのところにいた人たちは一体何なんです?どうして国が保護をしてあげないんですか?」


スニーク「保護しきれないんだよ。ああいった連中の事をホームレスや難民って言うんだがな。あいつらもあいつらで国の福祉を受けたくないと言う部分もある。この国の経済もかなり危うい。この国には最低限度の生活を保障すると言う制度がある。無論助けようとした。だが、助かる意思を示さなかったと言えばその役割をこなせなかったという名目は立つ。保護するにも費用が要るし、拒否されればその分は経費削減にも繋がる。国庫の事を考えるなら・・・まぁ合理的な判断だろうな。」


スニークさんの言葉を聞いて僕は黙り込む。その言葉は最もなんだろう。でも、納得出来ない。それが正直な感想だった。それに不公平だ。僕だけが安全な生活を送ることを保障されていて・・・ああ言う人たちを助けないなんて。暗い顔をしている僕にスニークさんが話しかける。


スニーク「お前の今の想う気持ちは解らんでもない。俺らはそう言った奴らを助ける事が目的でこの会社を立ち上げている。ああ言った奴らも、いつかは助ける。だが、ウチの会社の規模はそれほど大きくない。だから経営利益を上げて、民間・行政からも認められる存在になる必要があるんだ。それまでは・・・待たなければならない。それに助けるにもタイミングがあるんだ。」


ヒューム「でも・・・出来るんですか?そんな事が。」


スニークさんは二杯目のコーヒーを飲みながら言う。


スニーク「お前なら出来る。そう思ったからここに連れてきた。いいか?努力もしないで利益を貪る事だけを考える奴らは大して上手くいかないものだ。むしろ周囲からの反感を買う。敵対する存在を無限に作り出して、そいつらからの敵意を遠ざけるために益々利益を簒奪する事に走る。そんな負の連鎖が40年以上続いているのがこの国だ。その連鎖を断つ為にはあらゆる事を知る必要がある。俺たちの味方になるのは誰なのか?俺たちの敵になるのはだれなのか?その敵の弱点はどこにあるのか?常に常に勉強する。それが出来なければ・・・もはや人間とは言えない。」


ヒューム「あの、話が大きすぎてて・・・わかりません。僕があの人たちを助ける方法なんて持ってません。」


スニーク「今のお前は間違いなく無力だ。だから【勉強】するんだ。3年間必死でな。あいつ等を助けたい気持ちに嘘が無ければやれる。俺たちはその教育カリキュラムは施す。そして俺たちとあいつらの力になれ。それとも・・・こちらの世界も気に入らないなら別に帰ってもいい。それにこっちに来る前に言っただろう。嫌になったら故郷の村の近くまで送り届けてやれるってよ。」


・・・言葉に詰まる。僕は・・・僕は・・・何をどうしたらいいんだ?


スニーク「今すぐ答えを出す必要はない。時間は3年あるんだ。その間に力を蓄えて、その後でこちらの世界が気に入らないなら帰ってもいい。その判断は自由だ。そろそろメアリーが来るだろ?今日の勉強もしっかりやれよ。俺はこれから支部長に用事があるから行ってくる。それじゃあな、通信終了。」


そういってモニターは黒くなる。時計を見ると8時45分。9時からメアリーさんの講義が始まる。今日は発音練習とひらがなの書き取りをする予定だ。僕は今、人生の生きてきた中で間違いなく最高に安全で安心できる環境にいる。でも、それとは逆に奇妙な不安感がある。この不安感は言葉では言い表せない。いつか解る日がくるのだろうか?そう思っていると部屋のインターホンが鳴った。メアリーさんがやって来たみたいだ。入口のロックを外すために僕はモニター前の椅子から立ち上がった。



エピソード5-2


隔離エリアにある面会室にスニークは来ていた。支部長はまだ来ていない。タブレットの電源ボタンを押す。無事起動した。次に報告書の入ったメモリチップを挿入してアプリケーションを開く。内容をある程度見直したが問題は無い。誤字脱字などは日常茶飯事だし、支部長はその程度の事で叱りもしなければ始末書を提出するように言われたこともない。自衛隊の頃からの付き合いとはいえなかなか良い上司だと自分でも思っている。あの頃の支部長は厳格という言葉を体現した様な人物だったが、今では割と柔軟な考えを持つようにもなったようだ。そんな風に変わったのも・・・。


スニーク(アレがきっかけか・・・。)


そう思い返していると隔離用ガラスの向こう側の扉が開く。壮年の男性が入室した。スニークを見ると何も言わずに向こう側の椅子に腰を掛ける。


???「思ったよりも元気そうだな。隔離されているとは言えストレスは無いか?」


スニーク「あんたの配慮のおかげで快適ですよ。グェンのヤツにもかなり世話になっているしな。で、どうなんだ。そっちの方は?」


???「はっきり言ってもうどうしようもない。負けもいいところだ。この状況下で金目当てのスポンサーを説得して回る立場になってもらいたいもんだ。」


スニーク「ああ、そりゃあそうだろうよ。だから、俺その仕事やりたくないんだ。あいつ等、国の未来なんぞ考えちゃいないからな。」


壮年の男性はテーブルの上にあるモニターを起動する。起動を確認するとスニークの報告書がまとめられているアプリケーションを起動し、内容を確認している。報告書をある程度読んでもらう間は暇だ。スニークは来る途中で買ったペットボトルのコーヒーを開けた。面会室内には飲食・喫煙禁止のマークがついている。壮年の男性は特に咎める様子は無い。見慣れたものなのだろう。報告書をある程度読み上げたところでモニターに【通信】のマークが表示された。


???「どうした?」


男の声「金城支部長、アル教授から二人の検査結果が出たとの事です。今、そちらにデータを送ります。」


金城「待て・・・。それはヒューム少年のデータも入っているのだろう?ハッキング対策はしているとは言え、万一でもどこかへ流出したのならもはや立つ瀬は無い。君が直接ここへ届けに来てくれ。時間はありそうか?」


男の声「はい、問題ありません。5分以内に届けに参ります。」


金城「ヒューム少年の事は社内でもトップシークレットだ。あらゆる手段を用いても外へ出してはならない。データにまとめる際に使う媒体は無線・有線問わず外部へのネット回線に繋ぐな。それは今後完全に社内のルールにする。守秘義務として徹底させる。頼んだぞ。」


そう言って金城は電話回線を切る。その様子をスニークはコーヒーを口に含みながらニヤニヤと見る。



スニーク「相変わらず冴えてますな、金城支部長。」


金城「茶化すな。それと立場は君が上とは言えだ、そういった真似は控えてもらいたい。」


金城はスニークの手のペットボトルを指さす。スニークはそれに答えるようにコーヒーを喉を鳴らしてガブガブの飲む。


スニーク「・・・っと。大丈夫、大丈夫。まぁ、俺とあんたの仲だ。いいだろ?それくらい。で、報告書はどうだ?」


金城「お前はもう少し文章構成と言う物を学んでくれ。毎回毎回この内容だと頭痛がする。古文書かどこぞのスパイ組織の暗号を読み解いている様な気分になる。口頭で説明してもらった方が早いな。」


金城はそう言うと、一度モニターから目を離してスニークに顔を向けた。


金城「率直に聞こう。あの少年を何故連れ帰った?」


スニーク「何故って・・・そりゃあ理由は一つきり。俺たちが勝つ為だ。あいつから学べることは山ほどある。俺たちが持ってて、向こうには無い物を有効に利用するだけだ。」


金城「11歳の衰弱した少年が我々の立場を逆転させる切り札になりえると?」


スニーク「そうだ。早ければ5年で終わる様な事業だ。あいつらを巻き返す手段は今のところないだろ?起死回生の手段があるとすればヒュームの存在がそうなんだ。」


スニークと金城が話していると後ろの扉が開き、男性社員が入室してきた。手にはロックが付いた小型アタッシュケースを持っている。


男性「金城支部長、お待たせしました。今、お渡しします。」


男性は金城の隣に立ち、テーブルにアタッシュケースを置く。ナンバーロックを外して中のメモリーチップを金城へ渡す。


男性「こちらがそうです。それと有線回線で良いのでタブレットへの接続をお願いします。アル教授からのご要望です。その間はこちらの監視カメラを切らせていただきます。それでは失礼致します。」



エピソード5-3


そう言って男性は退出した。スニークと金城は壁から有線回路を引っ張り出すとそれぞれのタブレットに繋ぐ。モニターの通信可能相手に【スニーク】、【金城】、【アル教授】の名前が出た。コールを鳴らすと3秒経たずに相手が出た。


ドクトル「そちらは問題ないか?金城。それとスニークもいるな。」


金城「アル教授、大丈夫なのか?もし外部に漏れたら・・・。」


ドクトル「漏れんよ。この通信形態はかなりアナログだ。外部から見れば完全にスタンドアローンの状態だ。ハッキング、クラッキング、盗聴の危険性は皆無だ。そこの監視カメラは既に切られているし、そこの部屋は完全に音を完全に遮断する。ここまで対策した環境で万一漏れたら、その者は内部犯だ。そうなった場合の責任は君たちのにある。その程度の事が出来ないのならこの事業を諦めてしまったら良いだろう?」


金城はため息をつく。スニークは「くっくっくっ・・・」喉を鳴らして笑う。


金城「では、教授。二人の状態を知らせてくれ。スニークは教授の説明を補足してくれ。」


スニーク「OK、OK~♪」


ドクトル「まずはスニークの方からだ。服や荷物を衛生管理班の立ち合いの元で解析した。調査中の部分はあるが病原菌や危険性がある物質の付着は認められなかった。尿や大便も調べたが現地で動植物をそれ程摂取していなかったのだろう。毒性のある物は発見されなかった。帰還時に行った診察でも異常は見られなかったし、血液検査でも特に問題は無かった。実際に今現在、体調に問題は抱えていないはずだぞ?」


スニーク「まーったく問題ないぞ。退屈で仕方ない。朝起きたらコーヒー飲んで、朝食取って、またコーヒー飲んで、筋トレして、ストレッチして・・・。その繰り返しだ。テト〇スのグランドマスター級何回クリアしたと思ってんだよ?2週間は長すぎだろ、教授。」


ドクトル「そう言うな。社内規則を守らない訳にもいかんからな。仮に私が認めたとしても他の社員たちに不安を与える訳にはいかないだろう?」


金城「そうだ。お前がやった事は社員の大半が知らない事だ。もし、知れたら大勢の退職者が出てもおかしくない。自覚あるのか?」


スニーク「あるから敢えてやってんだろ?もう巻き返し不可能なんだから手段とか選んでいられん。」


金城「開き直るなよ・・・。」


ドクトル「スニークの言う通りだぞ、金城。勝ち目のない戦いに意味などない。さっさと投降すればいいものをやり方を限定しているから向こうがどんどん増長しているんだ。打開策は無かろう。あのターミナル技術は現状こちら側にしか存在しない。こんな利点を有効利用せず法律などに縛られてやった結果が今だ。」


金城「日本は人権を世界で一番尊重する法治国家だ。」


スニーク「その法治国家の現状がコレだ。法律違反なら法律変えるくらいじゃないとな。」

ドクトル「そうだとも。日本は資本がもはや少ない。我々でその少ない資本を大幅に増額させれば認めれるだろう。政府関係者や小うるさい人権屋も巨大な資本の前では無力だ。実際に強引な経営戦略を取っているあいつらに盾突く奴がいるか?」


金城「あっちはアメリカだろう。世界最大の資本主義国家だ。金で勝てる相手では無い。」

ドクトル「ならば法律に乗っ取ったでやり方で戦っても勝ち目はない。法律を変える戦い方をした方が建設的と言える。違うか?」


スニーク「ほーらな?教授も納得済みだ。リスクは承知の上だ。このままだと5年後にはうちの会社無いぜ?」


金城は深いため息をつく。


金城「・・・わかった。ではヒューム少年の説明を頼む。」


ドクトル「よしよし、私もいつ聞かれるのかと待っていたぞ。あの子は実に面白い。2週間経った後でなければCTスキャン・MRI・X線・心電図と言った検査は出来んが、スニークが持ち帰ったあの子の排せつ物や診察後に提出された尿。それと血液と髪の毛から色々なデータが得られた。そっちのメモリチップにカルテの記載がある。起動してくれ。」


スニークと金城は言われた通りにする。様々なデータが出ているが、医学にそれほど詳しく無い自分たちにはちんぷんかんぷんだ。


金城「これを見せてもらっても・・・さっぱりわからん。あの少年がどう面白いのだ?」


ドクトル「ハッキリと言うが肉体的にはこの少年より生命力が高い人種はこちらの世界には存在しない。栄養状態が悪く、定期的に体調を崩し、村の労働参加出来ていた。それが2年も続いた。それで生きている事はもはや奇跡の領域だ。そこでまず調べたのは大便だ。中からはライ麦の栄養素に近いものが検出された。ライ麦が栄養豊富とは言え、基本の一日一食二食の生活であれだけ生きてるのは恐るべき生命力だ。木の実が苦手と言っていたが様だが、クルミにアレルギー反応を示している。3粒も食べれば体調不良を起こすだろう。それが3日程度寝込むだけで村の労働に復帰できるのは相当なものだ。【隣の世界】では食生活に困っていただろうから選り好みは出来なかっただろう。それでも生存出来ているのだ。」


金城「ただの身体能力では白人や黒人が強いはずだが・・・?」


ドクトル「私が言っているのは身体能力の事ではない。過酷な環境で生存する生命力についてだ。冬には雪が降り、夏場は水不足で悩む。何のサバイバル訓練を受けたことが無いこちら側の人間が行けば、一年持たんだろう。無論、身体能力も期待できる。遺伝子構造の解析には時間がかかる。詳細なものはまだまだだが、私の見た目上では人種的には白人とモンゴロイドの中間だ。最も近い例を挙げるとすればロシア人の体質に近い。」


金城「教授、そろそろ勘弁してくれ・・・。どこが我々にとって切り札となりえる存在になるのだ?」


ドクトル「わからんのか、金城?いずれ我々は隣の世界を開拓するだろう。その時に率先して調査できる人材は相当強力だ。あの子の成長に合わせて我々が行動すれば・・・後は想像は付くだろう?向こうの環境を肉体的にも知識的にも知っているのだ。これは君ら日本人が好む不毛な根性論・精神論などではない。歴史学・科学的な検知から推察出来る事だ。」


スニーク「あいつは今11歳だ。半年程度時間をかけて体調を回復させる。その期間、基礎的な教育を施す。3年後にはどうなっている?」


金城「第二次性徴期・・・か?」


スニーク「そうだ。3年後までにあいつを面倒見るのは人道目的だけではない。向こうの世界をある程度知る手っ取り早い手段は、現地人を保護の名目で連れ帰る。そして研究する。あいつが向こうに帰ったとしても研究データはこちらの武器としては相当なものになる。違うか?」


金城は苦虫を嚙み潰した様な顔でこめかみを抑える。


金城「お前のそんなところは本当に変わらんな。お前の中に恐怖とか不安とかという概念は存在しないのか?」


スニーク「アンタこそ・・・この期に及んでそんなもんに囚われるな。俺は任意でそう言った感覚を制御出来るからな。」


ドクトル「こちらからの現状で報告出来る内容は以上だ。引き続き検査を行う。ターミナル室の調査は2日後の午後に行う。私が指定する能力を持った人材を集めておいてくれ。こちらからは以上だ。では、失礼するぞ。」


そう言うと教授は回線を切ってしまった。両手を頭に乗せて天を仰ぐ金城。皮肉な笑いを浮かべながらコーヒーを飲み尽くすスニーク。姿勢そのままに金城が言葉を紡ぐ。


金城「もう・・・本当にどうすんだよ。あの少年中心にウチの会社ぶん回すの?3年間もどやって一般社員に隠すんだ?お前、何考えているんだよ?」


スニーク「まぁ、やっちまったもんだしな。どうにかするさ。アンタ一人に押し付けるつもりは無い。手は考えてる。悪く無い手だ。安心しろって・・・。それより次の現地調査は何時になるんだ?」


金城「当面は無い。というより、あの少年を我々に押し付けるな。当面はお前自身が責任もって管理してくれ。それとな・・・一つ言いたいことがある。」


スニーク「どうしたんだ?改まってよ。」


金城「報告書が読みにくい。国語学び直せ。ヴォイニッチ手稿でも読んでた方がまだ考古学の世界に貢献できるしな。後は【社長】であるお前自身が・・・未知の危険地域に毎回乗り込む状況っていつまで続くんだ?私も含めて社員全員が不安がってるんだぞ?」


スニークは椅子から立ち上がりながら言う。


スニーク「そりゃあ・・・ヒュームの成長次第だ。しなければ永遠と現地調査は俺がやるだけだ。シンプルだろ?」


片手を振って退出するスニーク。げんなりと肩を落とす金城。少なくとも向こう3年この状況は続く現実。金城は黙ったままドクトルから処方された胃薬を取り出した。

エピソード6から敵側の視点を少しずつ書きます。

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