エピソード10
エピソード10ー1
スニークと金城は重役たちを集めて会議室にいた。議題は勿論ヒュームの今後についてだ。突然呼び出された事もそうだが基本的には会議を嫌い、金城に全部任せきりのスニークが一番最初に会議室に到着して事前の準備に参加していた光景を見て重役たちには既に不安ともつかない妙な感情が芽生えていた。書類をデスクに用意しながらスニークが言う。
スニーク「会議中は監視カメラは切らせてもらう。貸与している携帯端末も持ち込みはしないでくれ。これから行われる会議は最重要機密扱いだ。いかなる手段を持っても漏えいは完全に防ぎたい。」
普段のいい加減な態度は無い。スニークは確かにいい加減な男だ。誰が見てもそう思うだろう。今の行動にそれは無い。本来ならば在宅勤務である役員ですら呼び出したのだ。抗いがたいプレッシャーを感じつつ、重役たちは黙って言われた通りに携帯を部屋の外に設けられた棚に置いて席に着く。数分後には呼ばれていた役員の全員が揃った。スニークと金城を含めて10人もいない。見渡すスニーク。始めの開口は金城だった。
金城「皆さん、多忙な中をお集まり頂き誠にありがとうございます。本会議は3か月前に社長が独断で保護したヒューム・ジャメント少年についてです。時間をかけて教育する方針でしたが急遽ですが変更を余儀なくされました。結果を先にお知らせいたしますとヒューム君を外出させる必要性があると判断しました。健康状態についてはアル教授からの許可は下りております。」
そこにスニークが入る。
スニーク「えーと、皆さん・・・何ていうか。いきなり決まったようなもんだから混乱してるかもしれないけど・・・。なぁ・・・どこから説明したらいいかな?」
そう言って金城を見る。金城は(自分に振るな)と内心毒づく。
金城「まずはヒューム君の現状の説明をした方が良いでしょう。」
スニーク「解った。ヒュームの奴なんだが・・・保護したのはいい。だが、日々の生活の中で徐々にストレスを抱え始めている。3か月前までは命に関わるレベルの貧困の生活をしていたのがいきなり衣食住を保障されて、勉強できる環境になった。ここまではよかった。だが、テレビやネットと言ったマスメディアに対する耐性が無い。世界情勢がやたらと不安定な時に自分だけが保護されている状態に矛盾を覚えている様だ。その矛盾を解決する手段として外出という方法を取ることにした。質問があれば言ってくれ。」
重役たちは顔を合わせている。案の定、混乱はしているようだ。その内一人が手を挙げて話出した。
重役1「すみません、社長。殆ど意味がわかりません。それに少年を教育するカリキュラムは作成中ですよ?」
スニーク「それを急遽変更するんだ。勿論、みんなが作ったカリキュラムだ。データをそのまま廃棄する必要は無い。流用できる部分を見つけて今後の育成に役立てる。」
重役2「本人のストレスケアはアル教授と社長が共同で行っていたのではないのですか?」
スニーク「それについては俺に非がある。この状況を読めてなかったからな。君らにいたずらに負担をかける結果になった。それは事実だ。素直に謝罪する。申し訳無かった。」
スニークは椅子から立ち上がり、深く頭を下げる。動揺する重役たち。スニークのそんな姿は重役たちは今まで見たことが無い。あるのは自衛隊時代に上官だった金城くらいだ。
金城「社長もこう言っています。質問が無ければ、状況説明に入らせて頂きたいのですが?」
金城の言葉を聞いて一人だけ重役が手を挙げた。金城が「どうぞ。」と許可を出す。
重役3「そもそも戸籍の無い少年が街を歩くのはどう考えても問題です。誰かが同伴しなくてはなりません。同伴者はどうやって確保するのです?それにその同伴者が職務質問などを受けた場合、ヒューム少年はどうなるか想像はつくでしょう。そのリスクを考慮していますか?」
スニークは椅子に座り直しながら言う。「対策はある。国の怠慢を逆手に取る。」そうして説明を始めた。説明はたったの数分。簡単に終わった。
簡単過ぎるその内容を知った重役たちの反応は【茫然】という言葉以外に当てはまらない。説明を終えて、
スニーク「どうだ。そこまで悪くない案だろう?」
と言い切るスニーク。先ほどの謝罪の姿から一転、悪びれてもいない態度に金城がフォローに入る。
金城「人道的配慮を省みての行動です。この国の現状で治安の悪化や貧富の格差が広がったのはご存じなはずです。本来ならば社会から疎外された人々の生活の安全を確保することが国としての務めです。ですがそれも現状ではとても敵わないでしょう。法律に乗っ取ったやり方をしていても救えない命もあります。将来的に見れば数多くの人々の人生を支えるノウハウを確立する事に役立てられます。その時代を先取りするだけです。」
沈黙が支配する会議室。先ほどの重役が口を開く。
重役3「確かに・・・そのやり方ならば成立します。私個人としては賛成出来ます。それに一度引き取った【隣の世界】の子供の存在が、万一社会へ周知されてしまっても保護活動の一環でやむを得なかった。そう主張するのですね、社長?」
その発言にスニークは「正解!」と言う。その軽い態度にため息を付く金城。
重役3「確かに現状の政府の怠慢を鑑みれば、ヒューム少年の存在が公になっても国民全体からの不満はそれほど起こらないでしょう。人命を救う為の現行法に欠点がある。だから独断でそれを乗り越える為に行動した。そう主張すれば我々は社の存続が無くなったとしても、モラルを重視した行動を取ったと社会全体からの理解を得られる。逆に我々の行動を政府が否定するならば、それは人命救助目的で行われた内容が否定に繋がる。国家が人間の救助活動を阻害する。それは間接的にヒューム少年を含める人々の人生を・・・正確には彼らの命を奪う形になる。その命を保護する力は政府には無い。それが計画変更してでも行う上での行動の中に置いて発生するリスク軽減に繋がる、と?」
重役たちの視線がスニークと金城に集まる。スニークが言い切った。
スニーク「パーフェクト!大正解だ!俺らは単純に政府の出来ない事を代理でやる。それは国民が持つ不満を解消する行動だ。将来的にはこの国の労働力の確保に繋がるし、引いては国民全体の生活の品質向上に繋がる。その計画の中でたまたま【隣の世界】の住民がが入っていた。その名目で行われている活動内ならば気づかれない。そしてこの最初のタイミングだけ気づかれないならウチの会社は【難民保護活動】を社の運営方針に入れる。新しいビジネスにスポンサーも増える。そして助ける人間が増えれば増える程、ヒュームの存在が露呈した時に政府は俺たちを大っぴらに糾弾出来ない。しようものなら・・・政府の抱え込むデメリットは計り知れない規模にデカい。」
重役3「現状の国民の不満を解決する行動を我々が採る。露見して社が潰れた場合発生する国民の不満の全てを政府へ向ける形を作り出す・・・と言う事ですね?」
スニーク「えぇ・・・その発想は流石に引くわ。俺、そこまで悪質な事は考えて無いぞ。でも目的達成の為ならそれもありかな~?」
どこまでも軽いスニーク。だが反発する重役はいない。スニークの態度を普段から嫌う重役ですらだ。それは純粋に国の現状を変えたいと思ってこの会社に入ったからだろう。社員それぞれに考えは違う。それでもこの会社に勤めているのは国の政策が届かないところへ手を伸ばしたいと思っているからだ。そこだけは全ての社員は納得済みだ。重役全員の了解が採れた事を確認した金城はヒュームの戸籍獲得の為の具体的な説明を始めた。
エピソード10ー2
アビーは仕事でまとめていた。在宅勤務の社員から受け取ったデータをメモリーチップに入れていたのだ。メモリー内容を確認すると端末からチップを引き抜く。会社仕様の小型ケースに入れてロックをかける。セキュリティを守るための社内の方針だ。届け先はアル教授の診察室。廊下を歩いていると向こうから女性が歩いて来た。メアリーだった。片手を振って挨拶をする。
アビー「あら珍しい。こんにちは、メアリー。ヒュームの様子はどう?勉強は捗っているかしら?」
メアリー「ええ、大丈夫よ。経った3か月で良く出来ていると思うわ。正直言って優秀。スニークの人材を見る目って【隣の世界】人材にも適応しているのかしら。」
アビー「いい加減に見えて一応社長だからね。人材能力を見抜く力はあるみたい。それでも古いタイプ。実際に目の前に人が居ないと判断しないのは時代錯誤ね。」
メアリー「全部がオンライン面談で成り立つ訳では無いわ。そこは解ってあげないと。それより・・・ちょっといいかしら?」
アビー「どうしたの?ヒュームの事?トラブルでもあった?」
メアリー「トラブルっていうか・・・。ここだとちょっと話せないの。どこか誰にも知られない様に話せない?」
アビー「うーん。だったら・・・あそこよ。絶対にバレない。」
そう言ってアビーはアル教授の診察室を指さす。なるほどといった態度で二人並んで歩き出す。アル教授の診察室に立ちロックを解除してもらう。一緒に入室すると教授は少しだけ驚く。
ドクトル「この時間帯では随分と珍しい組み合わせだな。二人揃ってどこか悪いのか?診察であれば一人ずつでなければやれんぞ。」
そこにメアリーが話す。
メアリー「アル教授。実は相談したい事があって。ヒューム君の事です。」
ドクトル「ああ、あの事か。だったら進展したぞ。確かにあの方法ならば獲得出来るだろうな。」
メアリー「教授は知っていたのですか?」
ドクトル「当り前だ。あの少年の教育についての管理の最高責任者はスニークと私だぞ。知らんはずがない。大体、外出許可出したのは私だしな。」
二人の話についていけないアビー。【あの事】も【外出】も何のことだか解らない。混乱する様子を見てアル教授が言った。
ドクトル「メアリー。これはまだ一般社員には伝えておらんのだろう?アビーには伝えても良いと思ったから連れてきたのか?」
メアリー「ええ、まぁ。でも・・・自分一人で抱え込むのは辛くって。」
ドクトル「なるほど。ならば私としては話しても良いと思う。だが、いいかアビー?遅かれ早かれ知る事だとしても、かなりセンシティブな内容だ。知りたくないのなら拒否して構わない。聞くつもりはあるか?」
アビー「まぁ、どうせスニークが何かやらかしたんでしょう?ヒュームに。それに社の存続が関わる。それくらいは想像がつきますよ。言ってもらえますか、教授。」
アル教授はアビーの様子を見て軽く頷く。そして言った。
ドクトル「ヒューム君の治療と成長を促す為に、【日本国籍】を彼に与える。」
アビー「・・・え?何です・・それ。」
メアリーとアル教授の双方に目を向けるアビー。唐突過ぎたのかメモリーチップが入ったケースを危うく落としかけているのを横からメアリーが支える。とりあえずメアリーに礼を言うと混乱する頭でアル教授に質問する。
アビー「えーと、与えられませんよ。そんなもの。国が管理しているものですよ?一般企業であるウチがどうすれば出来るんですか?」
ドクトル「まだ一般社員には伝えていないが社の方針として【貧困家庭と難民の保護】を導入する様だ。その中にヒューム君の存在を入れる。それだけだ。」
アビー「いえ・・・そういう事では無くて。明らかに違法行為ですよ?」
ドクトル「現行法が至らないだけだ。法律を変えずそれに乗っ取った行為だけを認めていた結果、今の様な国になった。法律が変わる様子は今のところは無い。だったら法律を変える様な活動をする。ごくシンプルな内容だ。」
教授の脳内ではシンプルな事でも、あくまで一般人の立場で仕事をしているアビーには理解が追い付かない。メアリーに目を向けると事情は理解しているが納得はしていない様子だ。アビーは詳細を求めた。教授は説明を始めた。
ドクトル「そうだな、私の現状の日本への理解を再確認する意味でもこの説明は必要だなん。まず今の日本には過去最多のホームレスや難民たちがいる。貧困が行き過ぎて満足に教育を受けられない子供たちもいる。貧困家庭の子供たちには国籍はあるが、文字通りの【最低限度の生活と教育】しか受けられていない。これは解るな?」
アビーは頷く。
ドクトル「最低限度の生活と教育をさせたところで将来に国へ利益をもたらす大人へ成れる確率は富裕層よりもずっと劣る。貧困層が富裕層になれる確率は低い。一方で富裕層の子供は十分な学習を積んで親と似た富裕層になるだろう。」
アビーは黙って聞いている。
ドクトル「国はただ税金を払ってくれればそれで良いと思っているからな。例えばだが、富裕層は収入が高い故、消費税負担は軽く感じるだろうし、貧困層は収入の低さで消費税金が重く感じる。そこを理解出来ていないのがこの国だ。加えて、20年程前に外国人労働者たちを雇ったが労働環境を整えなかった。安いコストで肉体労働に従事させて、仕事のノウハウを与えない。そのまま愛想を尽かせて帰った外国人もいれば帰っても居場所が無くて日本に残り続けた者達もいる。その様な人々の子孫が難民だ。更に言えば富裕層からすれば日本国民であっても貧困層の子供も難民と大差が無いからな。」
ドクトルの説明にアビーは沈痛な表情を浮かべる。
ドクトル「そこを利用してヒューム君の国籍を作り出す。難民には国籍が無い。国が管理出来ないからな。ホームレスや難民が死亡しても遺体を焼却して共同墓地に埋葬するのが限界だ。だがそれは日本としては認めたくない事実だろう。酷く平たく言えば彼らは国としては言ってしまえば【人間の形をした不良債権】扱いだ。それを資金を払って引き取る。引き取る為には一時的にでも国籍を発行させなくてはならない。政治家が忌避する部分を敢えて引き受ける考えだ。そこを突くスニークの奴の機転には恐れ入ったよ。」
アビー「解ったわ。そこまで進んでいるのね・・・。で、いつから始めるの?」
ドクトル「今日は14日か・・・。ならば来月初旬。半月後だ。」
アビー「半月後!?急すぎるわ!」
ドクトル「急でなければ意味をなさない。もたもたと準備してしまってヒューム君の存在が明るみになれば存在そのものを隠ぺいする必要性がある。3か月の彼のデータを完全に削除して、強制的に【隣の世界】に帰ってもらうしかないな。そういう判断も保険の一つだ。」
その後もアル教授は説明をしていたがアビーの頭は理解を拒んだ。見かねたメアリーが「今日はここまでで。仕事がありますので。」と言って二人揃って廊下へ出る。少し歩いた場所にベンチがあったのでアビーを座らせるとメアリーは自販機ではカフェラテを買ってきて渡した。メアリーが「大丈夫?」と声をかける。何度も力なく首を振るアビー。誰がどう見ても大丈夫じゃない。30分後、アビーは体調不良を理由に退勤をした。
エピソード10ー3
ヒューム「本当ですか!?僕が・・・外の世界を観に行けるんですか!?」
スニークから外出の計画を聞いたヒュームはモニター越しに驚いていた。文字通りに飛びあがってだ。その勢いで椅子がひっくり返ってしまった。モニターに顔を近づけて真偽を問うヒューム。コーヒーを飲みながらスニークは言う。
スニーク「ああ・・・まぁ、落ち着けや。あと椅子起こしてちゃんと座れ。こっちの画面いっぱいがお前の顔面なんだ。それに少しやり方があってそれに納得しないと実現しない。」
ヒュームは「わかりました。」と言い、椅子を起こして座り直す。その様子を見ながら端末を操作するスニークは言葉を続けた。通信回線が【ローカル】に切り替わった。
スニーク「お前の外出は本来ならばずっと先だったモノを必要があったと考慮して、教育カリキュラムを変更して行う。お前は今、少し・・・ではない大分ストレスを抱えている。それはひとえに【外の世界への関心と自分自身で現実に見る事が出来ない】ギャップからくるものだろう。だから外に出す。これはアル教授が推進してくれた内容だ。体調面では問題ない。が、致命的な問題がある。お前は戸籍が無い。そこで戸籍を作り出す。これはハッキリ言って違法だ。」
その後もスニークさんは説明を続けた。日本が他の国に借金をしていてその額が年々増え続けている事。そうして借金返済の目途が立たなくなってしまった結果、貧富の格差は広がり続けて貧困層の生活はギリギリになった事。保障すべき【最低限度の生活】が受けられない人も多い事。そして難民たち。戸籍が無い人たちが増加傾向にある事。その人たちを助ける行動の一環に自分が入っている様に振る舞う必要がある。説明が一通り終わった時に僕の中には嬉しさと何かモヤモヤとしたものが浮かんできた。その様子を見てスニークさんが言う。
スニーク「お前の事だ・・・納得出来んだろうな。最初っから保護される連中の中に確実に自分が組み込まれている。やっていることは慈善事情だが公平性には欠けている。そこが気に入らないんだろう?」
ヒューム「・・・はい。僕ばっかり助かるのは不公平です。助かるんだったら苦しんでいる人たちを全員助けてあげられませんか?」
スニークは直ぐに否定する。「不可能だ。」と。ヒュームは「何故ですか?」と返す。コーヒーを飲むとスニークは続けた。
スニーク「まずは難民がこの国に生まれた経緯だ。20年以上前に政府が外国人を労働者として確保する法案が国会で通った。それでこの国には様々な国の住民が一時的に増えた。最初のうちは良かった。日本の通貨は世界でも安心できるほど品質が良かったからな。だが、数年で破綻した。何故だと思う?」
ヒューム「食事が合わなかったとか・・・ですか?数年も離れていれば故郷の味が懐かしくなってしまうかもしれませんし。」
スニークは「全然違う。もっとシンプルだ。」と言いながらコーヒーを飲んだ。
スニーク「理由は簡単だ。ただの重労働を安い報酬で雇ったからだ。加えて雇用主に教育カリキュラムを丸投げした。先進国の労働体系を働きながら学べると言って引き込んでおいてやってることは祖国でもやった様な単純労働だけだ。それを何年もやらせたんだ。それでも日本円に価値がある内は我慢もしていた。が、ある時から日本円の価値が無くなって来たんだ。為替ってものは解るか?」
ヒューム「えーと、確か別の国のお金に換える時にお金が増えたり減ったりする仕組みですよね?メアリーさんの授業で知りました。」
スニーク「そうだ。だから日本で得た金の価値が高ければ祖国の家族を養える。単純な労働でもそこが満足させてやれれば納得させられただろう。だが・・・。」
ヒューム「徐々に日本のお金の価値が失われていったのですね?祖国の通貨に換金しても養えない可能性が出てきた。」
スニークは「そうだ。」と言い、コーヒーを口にする。
スニーク「単純労働させて、金も払わない。通貨の価値が落ちても賃金を向上させる様に経営者への説得は政府は行わない。その支援もしない。政治家は責任は負いたくないからない。いたずらに実現不可能な法律をただ押し付けて、工夫のしようも無い責任は全て経営者へ行った。無論、生き残った経営者も存在するがそれらは学習の余地の無い単純労働になる事を納得させて賃金を向上させた奴らだ。目の前の私腹を肥やす事に専念した企業は倒産した。その会社に従事していた奴らは失業して、海外から来た奴らは国にも帰れない。帰ったところで居場所は無い奴らも大勢いたからな。ビザが切れてもこの国のどこかに身を潜めた。何年も何年もな。ただ黙って潜めていた訳では無い。そして・・・産まれたのがそいつらの子孫・・・。」
ヒューム「国籍の無い子供たち・・・難民ですね?」
スニークは黙って頷く。そうして待ってろと言って立ち上がる。コーヒーを注ぎに行くらしい。少しずつだが・・・解って来た。スニークがモニターの前に座る。
スニーク「ヒューム。全てに納得しろと言わん。この世の中の基準をお前に納得させる事は少なくとも俺には不可能な事だ。だからこう考えろ。自分が【納得できないなら納得出来る世界を作ればいい】ってな。だから聞く。お前はどうしたい?」
ヒュームは少しの間だけ黙った。そして答えた。
ヒューム「スニークさん。僕はああいった人たちを助けてあげたいです。でも僕には力も知恵もありません。力と知恵があるスニークさんにとても敵わないです。それでもスニークさんに匹敵する能力を得たいです。力と知恵を獲得する為に何年と言う時間がかかるかもしれません。その努力をします。どうか僕を人々を助ける力を得られる程に育てて下さい。」
その時のヒュームの眼をスニークは最期の時まで忘れなかった。保護された時の怯えはこれっぽっちも無い。誰しもが避けようとする惨い戦いに身を投じる覚悟を決めた者だけが秘めれる確固たる意志を持った眼差し。スニークは笑って言った。
スニーク「OK、ヒューム。ディール(取引成立)だ!」
エピソード10ー4
11月3日の午前中。3日前からここにいる。僕は用意された汚れた服を着て、廃ビルの非常階段に腰を掛けている。場所は東京・秋葉原。かつてはこの国屈指の電気街と呼ばれたみたいだ。メアリーさんの授業の中で日本の近代史を勉強したけど昔は凄い街だった。その時の映像を見たけど、ハッキリ言って色々な物があり過ぎて・・・僕には良く解らなかった。そんな煌びやかな街が経った20年ちょっとでこんなになるなんて・・・。初めて自分の目で見る外の世界。今のここを言葉で表現するならば、【廃れ・寂れた】と言えばいいのかな?何故、僕が廃ビルの非常階段にいるかと言えば【国籍獲得】の為だ。シャワーは一週間浴びてない。頭を掻く手に冷たい感覚が走る。雨が降って来た。村にいた頃を少しだけ思い出すが、それよりこれから始まる行動について思考を巡らすことにする。計画が伝えられたのは1週間前だ。
ー1週間前ー
スニークさんとアル教授に呼び出された僕は会社の隔離部屋へ来ていた。そこで初めて金城さんという人と出会った。金城さんはとても柔らかい物腰で威圧感が全くない。それでいて物事を的確に冷静に判断できる人だと言う事もこの時に解った。後で、スニークさんが自衛隊にいた時の上官という立場だったと聞いてたくさんの部下を育成していた事実を聞いて納得した。机が部屋の真ん中にあって椅子がいくつかある。金城さんが皆に座るように指示を出す。僕、アル教授、スニークさんが座るのを見ると金城さんも座る。
金城「では、会議を始める。その前に挨拶をさせてもらいたい。ヒューム君、私は金城 丈二という。このワールドイーター社の東京本社支部の支部長を務めさせてもらっている。本来であればもっと早く君への挨拶はするべきだったろう。その点についてまず謝罪する。申し訳なかった。」
そう言って目を伏せて軽く頭を下げる金城さん。その態度に動揺を隠せなかった僕を他所にスニークさんが言う。
スニーク「支部長。そーんな事しなくっていいんだよ?見ろよ、泡食ってる。初対面の奴に頭を下げられても楽しい人間なんていないし、第一にこいつはそんな事を気にする様なめんんどくさいクレーマーじゃないぜ。うるせースポンサー共と同等に扱うのは失礼だぞ?」
妙な諭し方をするスニークさんに頭をあげた金城さんは呆れの視線を向ける。大体の事情は解っている。この状況が発生したのはスニークさんの責任にあるからだ。そこにアル教授が割って入る。
ドクトル「ヒューム君、今からここで話す事は絶対に外で話してはならん。許可出来る相手は限定される。せいぜい教育担当のメアリーぐらいだろう。他の誰かに話す必要が発生した場合は必ずここにいる3人に必ず相談してくれ。スニーク、聞き忘れていたがこの部屋はセキュリティは問題無いか?私は初めてくるからな。」
スニーク「安心してくれ。この部屋は構造上あらゆる機械類は持ち込み出来ない。持ち込んでも直ぐにわかっちまう様にドアに探知機を用意している。ネット回線は完全無効化・有線回路すら無い。音声は20cmのコンクリートとゲル化剤による複合で出来た壁で吸収される。窓は一見透明だがこれは自然の太陽光ではない。外から見たらただの壁だ。壁に付けられたセンサーで太陽光に近い光を窓から発生しさせているだけだ。まだまだ工夫はあるが全部説明するか?」
ドクトル「随分と自信があるようだな。だが、どんなセキュリティにも穴はある。完璧な防壁などこの世の中には存在しない。いずれ破られるだろう。」
スニーク「この部屋が教授のご友人のヘンリー博士の技術の賜物だとしてもか?」
アル教授は頷きながら即時言った。「それなら大丈夫だな。」と。
何やら不思議な雰囲気だが大丈夫らしい。逆に言えば、それ程に厳しい内容が伝えられると言う事は理解できた。まずは僕の現状の説明からだった。僕は今、この国においての立場が【不法滞在者】という事だ。スニークさんたちはその僕を保護目的に匿っている。国の力が及ばないのが事実ではあるが、基本として不法滞在者を勝手に保護していい名目はならない。一時的には許しは出ても何年と言う長期的な期間となるとやはり法律に引っかかる。難民や貧困層を保護する法律は論議されても成立する動きはまるでない。だから自分たちがそう言った人たちを助けるノウハウを作り出す。たくさんの人たちが助かる土壌が出来上がれば政府も自然と法律そのものも変えざるを得なくなる。変わらなければそれはそれで自分たちの活動が多くの人々から肯定される。その為の最初の一歩だと言う事だった。その後も仔細な説明は続いたが、概ね理解しなくてはならないのは今の範囲だ。
ー11月3日ー
雨の降り出した空を見上げながら計画を思い返していると、遠くから「ボーン」という音が鳴り響く。音がした方向に目を向けると大きい柱時計があって、12時を指している。2km先の大通り近くの公園で、スニークさんたちがボランティア活動で行う炊き出しが今から始まる。合流地点はそこだ。その活動が終了した時に、そこで何日か自社の施設で保護を行う事を周知する。その数は10人程度。その10人に紛れ込む形で入る。そこに入れなかったら僕はスニークさんたちの保護は受けられなくなる。元々いた世界にも帰れなくなる。何としてでも辿り着かなくてはならない。いきなり知らされる人たちにとっては不平等だろう。でも順番に助けていくしかないのも事実だ。納得できなくとも理解はしなくてはならない。僕は立ち上がると汚れたバックの中身を確認する。身分を証明できるものは一つも残していない。服のポケットの中も確認した。何も持っていない。これでいい。最後にビルの中のトイレにある割れた鏡で自分の姿を確認する。ボロボロの自分が映し出されれる。3か月前の僕だ。違いがあるとすれば3カ月少しの間に獲得したほんの少しだけ知識と経験、恵まれた生活によって得られた体力がある事だけだろう。鏡から離れてトイレの個室に3日間分の荷物を押し込むと扉を閉じて、ドアノブが回らない様に接着剤で加工を施した。これで僕のいた形跡は簡単にはわからない。こっちの世界では目立つ銀髪を隠す為の帽子を被ると、3日間寝床にした段ボールハウスを後目に廃ビルを出て、炊き出しが行われている公園まで向かい始めた。周りの人たちに目を向けると色々な人がいる。道路には車が走っているが中にいる人たちの服装は綺麗だ。いくつか店があるところもあるけれど、高級店はビルの最上階近いところにあって、一般の人が入れる店は下層の階にある。それでもビルの前にはガードマンが立っている。ホームレス、難民、貧困層を入れない為だ。スニークさんからは止められていたけど好奇心に負けてビルの裏側を一度だけ見に行った。捨てられた食材を家の無い人々が分け合って食べていた。その様子を見ていた僕を気に入らなかったのだろう。一人が近づいて来て「よそ者は出ていけ!」と言われた。その通りに直ぐに逃げた。そうして3日間の事を思い返しながら歩いていると、周りの人たちが僕を追い越す形で走り抜けていく。方向はスニークさんたちが炊き出しをしている公園だ。地元企業が温かい食事を提供しているのを知ったのだろう。様々な人々が走っていく。僕はペースを変えずに歩く。空腹では無いし、空腹を装って行列に並んでしまった事で保護活動が周知されたタイミングに合わせれないと元も子もない。静かに、目立たず黙って歩いた。30分少し歩いて公園へ辿り着いた。中は難民とホームレスでごった返している。配膳を金城さんが行っているし、グェンさん、アビーさんもいる。僕は公園入口のボロいベンチに腰かけて時間を待った。その間、様子を眺める。スニークさんたちも今回だけのボランティアで終わらすつもりは無いらしくかなり美味しく作っているらしい。まずはたくさんの人たちの不満を解消出来る存在だと知らせなくてはならない。でも、食事を受け取っている人たちにも幻滅はした。行列に並ぶほとんどが大人だった。恵まれない人々の中には子供たちがいる。子供はほどんどいない。食べ物に困っているのは子供たちなはずだ。ここでも力を持った大人が優先される。物理的な力がものをいうの世界だ。そしてここにいる必要が無い子供たちは親や周りから恵まれて保護されて生きている富裕層なのだと実感する。スニークさんはそんな大人も子供も関係なく助けようとしている。保護を始めるにしても力のある大人から保護を始めては意味が薄れてしまう。大人だけを助けてはならない。大人はここでも何とか生きていける。でも子供たちは明日の命がわからない。だから少なくとも今回は数を10人限定でだが子供たちの保護を優先する。スニークさんにとってもそれは辛い選択だったはずだ。そうしていると、炊き出しを配り終えた金城さんたちが撤収の準備をしている。食事を受け取った人々は好きな様に地面のあちこちに腰を下ろして食べ始めた。残飯ばかりの生活の中での久しぶりの温かい食事。夢中で食べているけれど、どこか寂しい感じを受ける。そうしていると公園の入り口にバスが停まる。中から職員が降りてきてこう言った。
重役3「私たちはワールドイーター社の者です。この公園にいらっしゃる人たちにお知らせいたします。10名に限りですが3カ月の間、我が社で保護を受けられるようする準備を整えております。」
突然の内容を理解できないだのだろう。食事を止めて職員に目を向ける。
重役3「ただし保護できるのは16歳未満の子供たち限定です。残念ですがそれ以上の年齢の方々は保護の対象外となります。今回の保護は体力が衰えている子供であることと、教育を受けていられない人を優先と考えています。」
驚きながら人々は顔を見合わせている。
重役3「先着順です。動揺されているかもしれませんが、どうか冷静になって並んでください。ただし他者へ暴力を振るった場合はその時点で我が社の保護の対象外とします。今回の保護の該当に当たる方ははこちらに準備した書類に名前を書いてバスへご乗車下さい。」
そう言うと公園はパニックに包まれた。大人たちがバスへ殺到する。「何故、自分たちが保護を受けられないのか?」「あんなガキどもよりも俺たちを保護しろ!」それを一人一人説得する。だが、事前の説明に納得がいかない人が説明をした社員へ乱暴に掴みかかった。でも、その人は次の瞬間に地面に組み伏せられた。やったのは・・・金城さんだ。痛がる相手の拘束を解いて、立ち上がる金城さんは暴行を働いた人に言った。
金城「不満があるのは解ります。ですが保護できる数に限りがありますし、事前にお伝えするとより大規模なパニックが起こる事も予見できました。事実として認められない貴方の様な存在がいます。気に入らなければ暴力を振るって解決をはかろうとする。その様な方は我が社は支援する対象として到底、認めません。今回は子供たちが優先ですが、私たちの活動が社会的に評価されれば今後は年齢層の高い方への保護活動を行う所存です。さて・・・貴方のお名前と所属するコミュニティを伺ってよろしいですか?保護を行う順番としては後回しにする必要もありますので。」
怒りと混乱の満ちた表情を浮かべる暴行犯。対して落ち着き払った金城さん。社会的立場でも肉体的な力でも知識の量でも、決して敵わない存在を目にした暴行犯は捨て台詞を吐いて公園を後にする。金城さんの堂々する態度に周囲のパニックは収まりつつある。自分たちが力で訴えれば保護はされなくなる。ここは不満を押し殺して黙っていれば良い。それどころか・・・。
難民1「おい、お前のとこの子供はいくつだ?」
難民2「え・・・?ああ、8歳だ。学校へは通ってない。」
難民1「じゃあ連れてこい!直ぐにだ!」
別の場所では、
ホームレス1「お前のところに引きこもってた子供がいただろう?連れてくれば助けてもらえるぞ?」
形だけと解りながらも、秩序だった行動を取り始めた。大人たちが立ち去った後に残された子供たちは僕を含めても7,8人だ。僕はゆっくりとベンチから立ち上がり金城さんに近づく。
ヒューム「ハジめまして。ボクのナマエはヒュームとイイます。ボクをホゴしてもらえますか?ザンネンですが、ボクはニホンゴでナマエをカケません。おネガイデキますか?」
そうして僕は一番最初にバスへ乗り込んだ。金城さんの指示の下で公園に残っていた子供たちの何人かが名乗りを上げてバスへ乗り込んだ。炊き出しに間に合わずにお腹を空かせていた路上にいた子供たちにアビーさんやグェンさんが話しかけている。保護者が居ない事を確認するとバスへ乗り込ませた。そうしたら丁度10人になった。炊き出し機材の撤収はとっくに終わっている。難民もホームレスたちも戻って来ていないが長居は無用なのだろう。パニックを避けるために即、発射するバス。こうして僕は一時的にとはいえ人道的観点から保護を受けられるようになる。安堵の息をついたが、それでもこの3日間の事は忘れないだろう。これだけ酷い生活があるのに保護を受けられない人々は一体何なのか・・・?その疑問の答えはこの時の僕の想像を超えるほどに根深く、日本全体を蝕む【病魔】であったと後で気づく事になる。