表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

エピソード9

こちらからまたヒューム陣営の話が始まります。

エピソード9ー1


僕がスニークさんに保護されてから3か月経った。その間に色々な事があった。隔離エリアから出る事が許可されて、一番最初にやらなければならない事はアル教授の検査の続きだった。CTスキャンだったり、MRIだったり、X線だったり、脳波だったり・・・。その他の検査もたくさんあった。嫌な検査もあった。特にMRI。あの独特の音が凄く苦手だった。でもX線の写真を見せられた時はとても驚いた。僕の全身の骨があんなにくっきりと映ったのだ。アル教授は「骨が細い、まだまだ治療が必要だな。強度の高い運動は当面は控えろ。」とか言ってたけど、体調は随分と良くなった。美味しい食べ物を取っていたせいだろうか?そのおかげか体力はかなり付いた感覚がある。アル教授は言ってたけど人間の身体能力は3か月以上の運動を継続して行わないと向上しない。僕の健康状態を一般のレベルまで回復する為にはこれから更に1年以上はかかるということだった。ただし、その間全く運動をしないのも問題だから許してもらってる範囲で運動はやってる。夕方になったら社内にある小型の運動部屋で500mlのペットボトルを両手に持ってダンベル体操をしてから、ウォーキングのマシンで30分ゆっくりと歩いている。たまにスニークさんが一緒にいる時は片手で10Kgはあるだろうダンベルを軽々と持ち上げていたりするから驚きだ。やらせてもらえないけどベンチプレスというマシンで150kg以上を持ち上げている。そういう人たちが健康だと言うなら僕は随分と不健康なんだろう。大人しくアル教授の言葉には黙って従っていることにする。



その他にもたくさんの事を学んだ。メアリーさんが毎日教えてくれる勉強だ。前にも思ったけど日本語はやっぱり難しい。ひらがなとカタカナは書けるようになったけど、漢字なんてサッパリ解らない。それでもメアリーさんは「勉強を初めて習う分にはなかなか出来ている。」って言っていたけど勉強する範囲は広すぎてイマイチつかめない。語学ばかりでもダメということで他の時間に【数字】だったり【社会情勢】の勉強もしている。でも内容がちんぷんかんぷんだ。この数字を組み合わせて【算数】というものを覚えなければならないし、それが終わったら【数学】と言う物を学ばなければならないらしい。でも学べる楽しさはある。解らない事が解った時にとても嬉しい感じがする。それが堪らなくなってまた勉強する。勉強を嫌がる人がいるって聞くけどどうして嫌がるのかが解らない。そんな毎日を送っていた。ある日のお昼過ぎにメアリーさんの勉強の復習をしていたらタブレットに通信が入った。表記には【スニーク】と出ている。僕はタブレットを操作して通信を取った。モニターにコーヒーカップを持つスニークさんが現れた。


スニーク「よう、ヒューム。どうだ調子は?」


ヒューム「えと・・・コンニチワ・・・です。スニークさん。タイチョウはマズマズです。ベンキョウはメアリーサンからオソワッテいます。スゴくマンゾクしてセイカツしています。」


そう言ってスニークさんが向こうでタブレットを操作する。タブレットの画面に【自動翻訳】と付く。


スニーク「まずまずだな。翻訳機無しでもそこまで話せる様になったか。やっぱりお前を連れて帰って来て正解だったぜ。なかなかいないもんだぞ?経った3か月でそこまで話せるようになるのは。発音も・・・まぁ悪くないんじゃないか?ふつーに通じてるぞ。」


ヒューム「はぁ・・・。これで普通に話せますね。ところで・・・お一ついいですか?」


スニーク「ん?どうした?」


ヒューム「ここでの暮らしは凄く嬉しいです。綺麗な部屋で美味しい食事をとれて勉強も出来て。向こうの世界から来て正解だったと思ってます。でも・・・。」


スニーク「何かあったか?言って見ろ。」


ヒューム「なんだか今の僕、恵まれ過ぎてる気がするんです。外の世界はテレビやネットのニュースである程度知れますけど、実際に見てみないと解らないことも多いと思います。テレビなんかでやってる番組って・・・何っていうかこう・・・一部の人だけを楽しませる様な感じがして。ああいう番組って僕は楽しめない感じがするんです。正直、あんまり好きじゃないです。僕なりに色々調べてみたんですけどこっちの世界って問題だらけなんですよね?戦争や貧困があって・・・。前の僕よりも酷い生活をしている人たちがたくさんいるのに・・・。そんな中であんなに笑っていられる様な気持ちが解りません・・・。」


スニークはモニター越しに何度か軽く頷く。


スニーク「そうだな・・・。だがそれは無理もない。お前は今まで文字通り命に関わる生活をしていたからな。ああ言った【娯楽】の様な物を受け入れる耐性が今のお前には無いんだろう。【娯楽】を充実させるよりも人々の生活の安全を保障する事が大事だって言いたいんだろ?」


ヒューム「はい。さっきも言いましたけど勉強は楽しいですし、ここでの暮らしに不満は無いです。でもやっぱりどこか納得出来ないところがあって・・・。スニークさん、どうして日本にホームレスや難民がいるんですか?政府には国民には最低限度の生活を保障する制度があるんですよね?だったらどうして・・・?」


そう聞かれてスニークは俯いてため息を付き少しの間、黙り込む。


スニーク「ああ言った人たちには事情はある。理由はいくつかあるが・・・その一つは【国への不信感】だろうな。」


ヒューム「不信感・・・ですか?」


スニーク「そうだ。少し長くなるがいいか?」


ヒュームは黙って頷く。スニークは話す前にコーヒーを一口飲んだ。


スニーク「ああ言った人たちだって元々は日本や祖国の為に働いていた時期もあった人たちが殆どだ。まぁ中には元々の産まれが富裕層で労働って行為をそもそもやった事が無くて突然トラブルに見舞われて住んでいる場所が無くなったって奴もいるだろうがそんな奴は極少数だ。話を戻すが昔はそこまで貧富の格差が無かったんだよ、この国は。俺が生まれるずっと前だが【高度経済成長期】とかって言われた時代があってな。日本全体が異常な好景気に包まれた状態だった。金が金を集めて、物が物を集めた時代だ。それが発展したのか、悪化したのかで意見が分かれるが更に進んで【バブル】って状態になっていた。それが【崩壊】して大勢失業者が生まれた。それ以降の日本はずっと衰退した状態だ。勿論、この衰退を止めようとした奴らもいた。変化の時代に適応するべく進んで最先端の学業を積んだ。本気で生まれた地域や国を立て直したいと思っただろう。が、大半が疎まれて終わった。」


ヒューム「疎まれる?どうしてですか・・・?国や生まれた地域を立て直そうとしていたんでしょう?」


スニーク「そうだ。どこの国でもそうだが、【既得権益】ってものがあってな。それ自体は悪くない。多くの人々の生活を支える上では頭の良い奴に、流通や通貨の流れと言ったものを任せるのは大いにありな考えだ。だが、既得権益ってのは常に進歩しなくてはならない。世界の情勢を冷静に鑑みて、それを自分たちの住む国や自治体に合わせてある程度は改良する。それが正しい既得権益のあり方だと俺は思っている。ここまではいいか?」


ヒューム「はい。要するに僕の村の長老の様な人たちがたくさんいてその人たちがこの国の状態を良くする仕事をしているんですよね?」


スニーク「そうだ。本来ならな・・・。だが現実には、自分たちの生活の安全を図る為に、現行の既得権益を変えない奴らも大勢いるって事なんだよ。」



ヒューム「・・・?意味が解りません。人々の生活を良くするのがその人たちの仕事なんですよ?こっちに来てから僕なりに勉強はしてます。メアリーさんからも聞きました。こっちの世界ってたくさんの国があって違った考えがあるんですよね?違った国の人たち同士がこう・・・何というか折り合いをつけて国をまとめ上げるのが大事なんではないですか?」


スニーク「そうだ。それが理想だろう。だが、現実は違うんだ。それはどこでも変わらない。お前のいた世界ですらだ。思い返してみろ。お前が住んでいる村はどうだった?大人たちの態度は?裕福な家の奴らは?長老は?村の作物が採れなくなってきても、理由を付けて問題を先送りにしているだけだったんじゃないか?」



スニークさんの言葉に思わず黙り込んでしまった。大人たちは農作業の合間に裕福な家の人たちの陰口ばかり言ってたし、長老はある年には「日照りが悪いから作物が育たない」といって翌年には「雨が降らないから痩せた作物しか育たない」と言っていた。それが3年続いて倉庫の保存食が無くなりかけても、裕福な家は毎日肉を食べてたし、長老は滋養の為だと言っては貴重な卵を日ごろから食べていた。そんな回想している様子が顔に出ていたのかスニークさんが声をかける。


スニーク「人々を管理するってのは言ってしまえばその人間が【優秀な証拠】だからな。自分たちが長年積み上げて来たものが、ある日突然現れた存在によって価値が無くなる。つまり自分は【優秀】じゃなくなる。【無用者】にされる。それが怖いんだろうな。優秀でいる一番楽な方法は能力ある人間が獲得してきた【新しい知識や価値観】を認めない事なんだろ。で、その知識や価値観は要らないと突き放しておいて自分たちでは明確な解決策を提示しない。それが原因で能力ある人間が地方から出ていき、その人間も都市である程度成功したら国の方針に不満を抱いて国から出ていく。そんな奴らが絶えんのさ。もうギリギリなんだよ、この国は。」


そう言って渋い顔をするスニークさんはコーヒーを口に運んだ。




エピソード9-2


スニークはアル教授に呼び出しを受けて、診察室を兼ねる研究室に訪れていた。スニークが入室すると教授はヒュームのカルテを手に待っていたようだ。


スニーク「で、結果はどうだったんだよ。ドクトル。」


ドクトル「実に面白いぞヒューム君は。実に興味深い。やはり生命力の高さは特出している部分があるな。あの子は今後是非とも私に調べさせてくれ。将来的にはかなり面白い研究材料になるぞ。」


スニーク「研究材料って・・・。まぁいい。あいつがどう凄いんだ?」


ドクトル「まず食物を消化についてだ。腸の長さを検査で測ってみたが見る限りは日本人の腸の長さに酷似している。これは白人や黒人といった俗にいう狩猟民族には見られない特徴だ。腸の長さが長いということはそれだけ栄養を吸収する能力が高いということにもなる。食事に碌にあり付けない状態でもギリギリ生命を保てていたのはこの様な部分もあるだろう。解剖してみなければわからないが小腸の絨毛にも違いはあるかもしれんな。」



スニーク「なるほど。で、他にはあるのか?」


ドクトル「もう一つは肝臓の代謝だ。肝臓が毒素を分解する能力があることは知っているだろう。現在は治療中という事で毒素を投与させて分解させる様な真似はしておらんが、傾向から推察するに将来的にはかなり強靭な肝臓を持てる様になるだろうな。どんな食物にも滋養になる部分もあれば毒素となる部分もある。どれだけバランスの良い食生活を送ってもどこかには副作用の様なものが発生する。その副作用をかなり軽減出来るということだ。」


スニーク「つまりは・・・今は肉体的には脆弱だったとしても、健康を取り戻して肉体的な訓練を施せば優れた身体能力を獲得出来る可能性があると?」


ドクトル「その通り。平たく言ってしまえば狩猟民族と農耕民族のいいとこどりの身体だ。ロシア人に似ていると前は判断したがそれとも違う。全く新しい人種だ。これは素晴らしい発見だぞ。よくやったな、スニーク。君は人類の医科学に多大な貢献をしたぞ。」


妙な褒められ方をされた。スニークは長めのため息をつく。


スニーク「それで教授はあいつをどうしたいんだ?身勝手に連れ帰った俺が言うのもなんだが・・・あいつを研究材料扱いするのであればそれは社長として許可は出来んぞ。それにその研究を進めるにはあいつの全面的な協力があって成り立つはずだ。」


ドクトル「勿論だとも。あの少年がどれだけ興味深い研究材料だったとしても、本人の協力を仰げない事や騙す様な形でこちらに与せとは言わん。将来のどこかで不信感を買って、研究内容ごと持ち逃げされたら堪ったものではない。しばらくはあの少年と私との相互の信頼を形成する行動を取る事にするぞ。」


スニーク「対人関係が築けなくて職場を転々としてきた教授の口から相互の信頼って言葉が出るとはなぁ・・・。」


ドクトル「私は私が認めた人間以外はどうでも良いと思っているだけだ。事情を話せばどこの誰とも分かり合えるなど思い上がりも甚だしい。それは人類の驕りに過ぎん。個人が独立してからコミュニティを作りその中でそれぞれの【主義】【思想】【宗教】を考え、他のコミュニティに押し付けずにそれに従って行動していれば良いだけではないのか?そうしたほうが世の中ずっと楽になると思うぞ。」


スニーク「あんた・・・本当にウチの会社以外だとやっていけないだろうな。」


ドクトル「そうか?別にそれはそれで構わん。金や権力など持つとその途端に無駄なストレスが溜まる。柔軟な思考が失われ、新しい技術革新は行われない。日本は何故衰退し続けたのだ?【真面目で礼儀正しい】。モラルが高く、人道に重きを置いた。それ故、かつてはどこへ行ってもその勤勉さは評価された。だがその【真面目で礼儀正しい】行為のどこに生産性がある?その中に柔軟な思考や新しい技術革新はあるか?」


スニーク「まぁ、その辺は否定しないが・・・。それでもウチの会社は基本的には雇用形態をそこまで束縛していないぞ。個人個人のパフォーマンスを発揮する為には要らない行為はしていない。出勤するときの服装は自由だし、成果に繋がる働き方すれば定時前に退社も許しているしな。社員・パート・アルバイトの4割は完全な在宅勤務だ。」


ドクトル「それが私がここに勤めている理由の一つだ。これだけ衰退した日本においてここはかなり良い環境だ。加えて【隣の世界】へ渡る【ターミナル技術】が世界に唯一ある事とそこから持ち込まれる新しい実験材料の確保だ。日々ここでこなしている医務業務はその次いでだ。それにだ・・・。」


スニーク「まだあるのか?」


ドクトル「資本主義の国に置いては【真面目さ】や【礼儀正しい】行為は生産性を遠ざけるだけだと思うぞ。肉体的にも精神的にも負担は可能な限り軽くする。これをやらない為に衰退したのだろう。もうとっくに無くなったが、この国は毎朝大勢が電車で通勤するなどという非効率極まりない行為を100年近く続けたからな。仕事をする前に疲れ果ててどうする?」


スニーク「満員電車の事か?それなら世界中にあったろう。この辺だとインドネシアあたりにもあったはずだが・・・。」


ドクトル「インフラのレベルでの話だ。インフラがかなり整っていた日本があの様な非効率極まりない手段を採用し続けた理由とはなんだ?具体的に調べた訳ではないがインドネシアは当時は交通の整備がかなり難しかったと聞く。車などは贅沢品だったろうしな。写真や動画でしか見たことはないが屋根や窓ガラスにしがみついて通勤していたみたいだな。ただ、好んでその様な真似をした訳では無かろう。交通手段が乏しかっただけではないか?今現在では向こうはタブレットやパソコン一つで仕事が成り立つ程発展している。現代に置いて出社しなければ成り立たない仕事は、私の様な医学など直接対人関係を形成しなければならない職業以外は・・・そう無いはずなんだがな。」


教授の歯に衣着せぬ物言いはいつもの事だ。しかし放っておくと永遠と話が終わらない。スニークは今後のヒュームの扱いについての相談を持ち掛けた。


スニーク「そうだな・・・ドクトル。実はなんだがヒュームの奴にストレスが生じ始めた。保護を受けている状況に矛盾を感じているようだな。」


ドクトル「矛盾?何かあったのか?」


スニーク「ああ、マスメディアに対する耐性が無いからだろう。世の中を悲観的に捉えがちな様子が見受けられる。この前にもバラエティ番組を楽しめないと言っていた。本人の体験してきた範疇から矛盾しない内容で返答はしておいたが・・・。現在は衣食住は保障されているとはいえ、それだけでは心理的なストレスは溜まる一方だろう。何等か手は無いか?」


その相談を受けてアル教授は腕を組み、しばらくの間思案する。20秒も経たないうちに答えを出した。


ドクトル「うむ・・・体調は安定しているからな。主治医として外出許可を出そう。」


スニーク「・・・いいのか?現実を教えるにも順序があるはずだ。」


ドクトル「現実を知りたがっているのだ。知らせてやれば良い。本人が欲しているのだ。最も興味がある事から遠ざけられるのは誰にとっても耐え難いストレスだろう。アビーやメアリーからは聞いているが勉学にはかなり熱心なのだ。だがその内容に矛盾があるなら勉学に勤しむ正当な理由があれば良い。自分だけが恵まれていると思うなら、その恵みを他者へ分け与える様な存在になれば良い。その方向性を知る為にも一度外に出してやれば良い。」


スニーク「簡単に言ってくれるな。こっちはその辺はかなり慎重に考えていたんだぞ。」


ドクトル「君がヒューム君の状態を常に知らせてくれていれば、彼に要らないストレスを与える事も無かっただろう。これはただの君の監督不行き届きだ。だが私は今しがた君から仕事を任されたのだ。任せられた仕事を責任を取ってやり遂げる。ここで研究を続けさせてくれる為であれば、君らはこの頭脳をどれだけ頼ってくれても一向に構わないのだぞ。」


スニーク「・・・わかった。その方向性で進める。その内容は支部長に相談しなくてはならない。外出の日程を組むのはその後だ。教授は今の範囲で認められる、外出の距離や時間などを大まかでいいから決めておいてくれ。」


ドクトル「いいだろう。ただし刺激が強すぎてもいかんからな。ショックを受けてふさぎ込む事が無いように注意してくれ。ところで・・・一ついいか?」


部屋から出ようとするスニークの後ろから教授は声をかける。


スニーク「どうしたんだ?」


ドクトル「ヒューム君、戸籍無いだろう。君の事だから何か考えがあるのだろうが、下手を打たれても私が糾弾されかねん。どうするつもりだ?」


スニークが答える。


スニーク「対策はある。実にシンプルだ。無いなら作る。それだけだ。」


そう言うとスニークは医務室から出て行った。アル教授はもう一度、ヒュームの健康状態を確認すべくカルテに目を通し始めた。



エピソード9-3


金城は執務室でスニークからの報告を聞いていた。先ほどのアル教授から聞いた内容とヒューム今後についてだ。スニークの独断専行は今に始まった事ではないが・・・。


金城「いや・・・お前、マジで言ってんのか?」


スニーク「マジだ。マジだよ。すっごいマジ。大体な、これ以外にヒュームの奴を社会に適応させる方法無いだろ?これしかないしこれ以外なら、向こうに帰ってもらった方がいいだろうな。」


金城は片手でこめかみを抑える。頭痛持ちでは無い。スニークから伝えられた突拍子もない方法とやらが実現するとならば、いつ原因不明の頭痛が起こるか、わかったものではない。ヒュームをこちらの社会へ適応させるプログラムは計画中と言う程度だ。それをこれ程に急に動かすとは思わなかったのだ。しかし、スニークの意見に利があるのも確かだ。続けてスニークが言う。


スニーク「なら聞くが支部長。あんたが俺の立場でこの報告を受けたのならどうするつもりだ?現状の保護という目的ならいいだろう。だが衣食住が保障されているだけの環境に押し込めておくのが正しいと言えるか?あいつは3か月前までは外で農作業をしていた少年だ。それがここにきてからは一度も外へは出れていない。毎日、決めれた食事を摂取して、メアリーからの勉強を教わって復習する。それが終わったら運動室で決められた範囲でのトレーニングを行う。それの繰り返しだ。あいつの立場になってみればわかるだろう。空いた時間で観るマスメディアの情報があいつにとってどれだけ不安でストレスがかかっているのかが。」


金城「それは・・・解らんでもないが・・・。」


スニーク「本来なら好奇心旺盛な年頃の少年が一つの場所から出れないのが現状だ。確かに俺の独断で連れ帰った。現行法では間違いなく違法だ。それは人命保護の名目の下での行為だ。だからこそ保護のする方法も選ばなければならないだろう?現状は良く言っても軟禁。悪ければ幽閉に近い状態だ。」


金城は深いため息をつく。スニークの考えは考えは最もだ。しかし、3か月前のアル教授とスニークからの報告を聞いてからヒュームの今後の方針を決めたばかりだ。その現状は会社の重役のみに知らせた。社長のいつも通りの独断専行の結果を聞きに来た程度の気持ちで会議室にやって来た重役たちが動揺を通り越して唖然としていた。勿論反対意見も出たが、ヒュームを保護する事でもたらされる将来的なメリットを説明すると何とかその場は収まった。社内で保護するだけと言う名目の下だったから納得出来たのだろう。それが突然主治医の外出許可が出たので街を観光するなどと言いしたら流石に重役たちもパニックを起こす。戸籍の無い少年を自社の社長が連れて歩く。警察などに職務質問などされてしまったらお終いだ。そんな態度を見かねてか、スニークが声をかける。


スニーク「安心しろよ。手はある。戸籍を作る手段もあるし、重役たちを納得させる方法も考えてある。それをあんただけに負担をかけるつもりは無い。反対に聞くがそのどちらも満たしてくれれればあんた自身は納得するんだろう?」


金城「それはそうだが・・・。一体、何をどうするつもりだ?」


スニーク「うーん・・・。まぁ、俺は人に誤解されるからな重役たちを直接説得するのはあんたに頼みたい。伝える内容は俺が考える。それをオブラートに包んで知らせてやってくれ。ヒュームの戸籍の方は問題ない。俺に任せろ。」


金城「重役たちの説得なら任せてもらってもいいが・・・本当にあるのか?戸籍を確保する方法などと。」


その言い方をする金城にスニークは笑う。


スニーク「言ったろ?戸籍を【作る】って。確保するなんて事は最初っから考えて無い。」


そうしてスニークはヒュームの戸籍を作り出す方法を説明しだした。そのシンプル過ぎる内容を聞いて金城は天井を仰ぐ。確かにその手を使えば・・・戸籍を作り出す事は可能だろう。それはもう法律違反など生半可な事では無くなる。スニークは勿論だが、自分も含めて関わった社員は全員逮捕は免れない。



金城「ほんっともう、お前に怖い物なんてないんだろうな・・・。お前ほど【なりふり構わず】という言葉が似合う奴は見たことが無い。」


スニーク「なりふりを構っていた結果がこの国の今だ。それに俺たちになりふり構う余裕は無い。どこだかの国だったか・・・言葉にあったろ?【危険を冒す者が勝利する】ってよ。これは必要な危険だ。昔は確かにこの国は安全だった。だが今はもうそうじゃない。安全である事が当たり前になったから不安や恐怖に対する耐性が無くなった。1%でも不安材料があると理由を付けて行動しなかった。日本の領土が次々と外国資本に飲み込まれた。そうして多くの企業が無くなった。だからここまで衰退したんだじゃないか?」


金城は天井を仰ぐのを止めて、デスクの一番上の引き出しを開けた。必要な物が・・・胃薬が無い。そう言えば一昨日あたりに切らしていた。その様子を見たスニークは「あーあ・・・。ご愁傷様。」といった態度を示す。引き出しを閉じながらため息交じりにスニークに言う。


金城「解った・・・。納得した訳では無いがやってみよう。重役たちの説得の場にはお前も居合わせてくれ。流石に私一人では荷が重い。」


スニーク「解ってるって。っていうか、むしろ俺一人でやらせたら重役全員が即日退社するだろうしな。あんたが上手い事、言いくるめてくれるのが大前提だ。大体、俺が説得の場に役に立つの?」


金城「お前は社長なのだぞ?確かにウチの会社は一般の世間以上に社風は新しいが、未だに古いタイプの考えを持つ奴らだって多い。重役たちにもそのタイプがいない訳では無い。社の方向性を決める重要な決断の場に社長が居るだけでも十分な効果は出るもんだ。」


スニーク「うーん、俺ってイマイチその辺の事情が解らないんだよな。お飾り社長もいいとこだぞ。古いタイプの奴らだって俺が今のポジションにいる事の方が不快に思う奴いるんじゃないか?」


金城「お前がそう言ったタイプに認められる必要はない。企業主は社長室で椅子に座って部下に指示だけ出してふんぞり返っている。そういうイメージから抜け出せない人たちがウチもいるんだ。徹底した現場主義者のお前が社の運営方針を決める際にその場に居る。それだけ重要な決断だと認識してもらえる事実が大切なんだよ。」


金城の言葉に対してもスニークはイマイチな反応だった。自分は社長である器ではないし、本来なら現場でずっと携わっていたい。支援しているスポンサーの説得は、金城に殆ど全部丸投げだ。実際に社長職に就いてからの最初の挨拶で盛大にやらかした。そこは前社長の金城が割って入る事で取り成す事が出来たが・・・。


スニーク「まぁ、その辺は元上官のあんたの手腕にお任せするさ。そういった心理戦はお手のものだろ?重役たちを説得するシナリオはこっちでも考えておく。それを共有して上手く加工して伝える様にする。ヒュームの戸籍の方は直ぐにでも始めておく。」


そう言ってスニークは金城の執務室から出ていく。金城は一旦思考を停止する。こういう時はリラックスしなくてはならない。が、本来の生真面目過ぎる性格故か執務室には娯楽の様な物は持ち込んでいない。そうして気づく。ヒュームの部屋には娯楽が無い事を。こちらが良いと思った物や文化を一方的に与えているだけだ。あの少年にとっての娯楽が何であるのかを知る必要があるだろうし、最高の娯楽が外出なのならばそれを認めてやらなくてはならない。今の報告を思い返す。スニークはそこまで考えているのだろうか?もう10年以上の付き合いがあるがイマイチ掴めない部分がある。だが間違えた判断を下すことは滅多に無い。スニークにはどこか他人には無い独特なセンスがある。それはとても言葉では表せない。ありていに言えば【第六感】だろうか?それとも【先見の明】か?わからないが信頼できる。だからこそ社長職に就かせた。金城自身にはその判断は間違っていないと思う。それでもこの状況は辛すぎるのは確かだ。金城はアル教授へのメール画面を開く。


メールの文面は・・・


金城「胃薬が無くなったのでいつも通りに処方してもらいたい。それと頭痛薬も処方してくれ。」


5分もしない内に返信が来た。


ドクトル「胃薬は出せるが、診察無しに頭痛薬は出せない。どこか悪いのか?」


金城はため息をつくとアル教授に業務後の診察予約を頼むメールを送った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ