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不穏な調査隊


 グレッグの話によれば、調査隊は領主の息子と神官、荷物運び担当のポーターという役割のメイドの他に護衛の騎士がやって来るらしい。

 調査隊の案内役としてグレッグが、傭兵としてメディが内部に潜り込んでいるから、調査隊の大まかな事情は把握している。


 数は全部で七人。

 なかなかの大所帯であるが、うち三人は非戦闘員だ。


『よいか、核を見つけるまで絶対に撤退しないからな!』

『ヴィクトール様、失礼ながら────』

『うるさいっ!!』


 〈遠隔視〉で魔宮の内部ならどこにいても手に取るように分かる私でも、その場に漂う不穏な雰囲気を感じ取れた。

 特に領主の息子だとかいうヴィクトールが物凄く横柄な態度なのだ。

 命令する時は基本叫んでいるし、護衛の騎士が何か言おうものなら睨みつけて地団駄を踏む。

 護衛の騎士だけでなく、冒険者のメディやグレッグにまで辛く当たるのはいかがなものだろうか。


『ヴィクトールおぼっちゃま、お戯れは程々に』

『それもそうだな。おい、何をグズグズしている! 早く進め!』


 メイドが近づいてニッコリと微笑めば、ヴィクトールは鼻の下を伸ばしてすぐに号令を発する。

 護衛の人たちも説得は諦めた様子で、メディを顎で使う。


『おい、女冒険者。さっさと門を開けろ』

『はい』


 こんな事が日常茶飯事なのか、メディは淡々と門の鍵に細い針金を差し込んでいじくり回して解錠する。


 ついに魔宮の内部へ進んできた彼らの姿を見つめながら、私はメディから受けた忠告を脳内で反復する。


『調査隊の中でも、領主の息子は要注意だね。アイツは筋金入りの大馬鹿野郎だ。まともな会話なんてしたがらないだろうね。ただ、父親に溺愛されているから、殺そうものなら騎士団総出で魔宮の破壊に励むだろうよ』


 元から誰一人として殺すつもりはないが、ヴィクトールには怪我を負わせるわけにはいかなくなった。

 あの我儘な性格からして、少しでも不愉快な思いをしたら逆恨みでもしてきそうだ。


 だから、狙うのは護衛の騎士たち。

 あとついでに彼が入れ込んでいるであろうメイド。

 すまないな、この魔宮に立ち入ったことを心の底から後悔してくれ。というか、そもそも彼らは不法侵入者だから慈悲はない。


 というわけで、早速、メディやグレッグと練りに練った計画を実行に移そう。


 門を潜って、扉をノックも無しに開ける無粋な騎士二人。

 そんな君たちには、扉の開閉をスイッチとして発動する【吸魔罠】がお出迎えだ。


『ぐっ!?』

『っ!? 危なかった……』


 残念、一人を取り逃してしまった!

 騎士ともなると動きが違うようで、鑑定で覗いた限りでも皆が〈回避〉のスキルを取得している。


 これが兄貴が良くゲームしながら叫ぶ『見てから回避、余裕でした』か。

 実際にやられると凄く腹が立つ。


 魔法陣に引っかかった方の騎士(A)くんは、少し赤く染まった頰を誤魔化すように掌で拭うと毅然とした態度で告げる。


『ふう、魔力を半分ほど吸われただけだ。念の為に、この魔法陣は破壊しておこう』


 そう言って、腰に下げていた短剣で魔法陣を傷つけた。

 すうっと光が消え、効力を失う魔法陣。


『これでもう安全です。さあ、どうぞ』


 にこやかに笑みを浮かべて一仕事した感じを出す騎士(A)くん。


 残念だったね。その魔法陣は未だに稼働中だよ。

 正確には、気付かれない程度の効力に落としただけ。

 少し傷をつけた程度で破壊できたと思い込むのは、彼が本職じゃないからだろう。


 メディやグレッグの誘導がなくとも、騎士たちは自ら罠に引っかかっていった。


『むっ、またもや魔法陣か……何も起きないな』

『念の為に神官に診てもらうか?』

『いや、それには及ばない。騎士たるもの、神官や流れ者の冒険者に縋るわけにはいかん』


 桃色の魔法陣を踏んだ騎士(A)くんは、軽率な判断を下す。

 病気と状態異常は甘く見てはいけないというのに、強がってズンズンと前に進む。

 ヴィクトールが命令していることもあるけれど、騎士というだけあって気位が高いようだ。

 冒険者を見下して、魔物と見れば率先して切り掛かっている。


 もし冒険者ギルドが腐敗しておらず、精鋭ばかりを集めた冒険者で固めていたらと思うとゾッとするよ。

 きっと今頃は第一階層の探索を終えるどころか、第二階層に繋がる隠し通路を見つけていたかもしれない。くわばらくわばら。


 私が肝を冷やす間にも、ポーターのメイドが〈収容〉スキルを使用して飲み物や食事を甲斐甲斐しくヴィクトールに渡す。


『うむ、さすがは我がメイド。奴隷市場で仕入れた甲斐があった』

『お褒めに預かり恐縮です』


 思わず舌打ちをしてしまった。

 奴隷の歴史について詳しいわけじゃないけど、それが気分の良くなるようなものじゃないことは知っている。

 私の中にあるヴィクトールに対する株が段々と下がっていく。


 そうこうしている間に、露払いを買って出た若手の護衛騎士(B)くんに変化が現れた。


『ふう……ふう……』


 魔力枯渇の兆しだ。

 剣を振るうにも、微量ながら魔力を消費して肉体を強化していることが災いした。


『おい、大丈夫か』

『あ、ああ。どうやら、魔法陣を踏んだ時に魔力を吸われた影響が出たらしい』


 騎士(B)くんは、懐から魔力ポーションを取り出し、それを一気に飲み干した。

 天晴れな飲みっぷり。

 魔力が回復したことで、少し青ざめていた顔に赤みが戻る。


『それにしても、古城の外観とは小洒落た魔宮じゃないか』


 ヴィクトールが城の廊下に置いてあった調度品の壺を手に取って、鼻を鳴らしながらじろじろと観察している。

 その手に触れた壺は当然のように〈魔法付与:淫紋〉がついている。

 警戒心が無さすぎやしないかな。


『この壺なぞ、南部の特産品ではないか。持って帰ろう』


 やめた方がいいと思うんだけど。


『では、収納しておきます』


 あ〜あ、鑑定もせずに収納しちゃったよ。

 これでメイドは一定時間に壺の効果に晒されることになるね。


『さすが、領主様はお目が高い』

『ああ、俺たちには逆立ちしたって真似できねぇな』


 私と同じく事情を知る眷属たちは憐れむものを見るような目で、メイドとヴィクトールを見る。

 側から見れば、上流階級の目利きに舌を巻いているように見えるだろう。

 実際はとんでもないほどに皮肉を飛ばしているのだけど。


『そうであろう! そうであろう!』


 機嫌を良くするヴィクトール。笑顔になる護衛騎士。微笑むメイドに有事に備える神官。

 実に平和な空間だ。






「調査隊って、そっちの意味で調査するのかあ……」


 私は調査隊の動向を監視していたが、段々と頭が痛くなってきた。

 というのも、彼らがかれこれ一時間近く居座って、アートウェイと呼ばれる廊下から動かない。

 ヴィクトールは壁に飾られた絵を眺めては、うんうんと唸っている。


『これは画商に売れば金貨二十枚は硬いな』

『さすがです、おぼっちゃま!』


 どうやら、ヴィクトールは芸術に目がないらしく、調度品を見つければ立ち止まって鑑賞し、メイドに収納させているのだ。

 彼の振る舞いはこの世界でも変わっているらしく、メディとグレッグは困惑した顔で見つめていた。

 一応、調度品にもうっすらと魔法陣を仕掛けてあるんだけどね。


 おかげでメイドに施された淫紋は……十二画。

 私が〈感度上昇〉でもさせようものなら、一瞬でショック死させられるほど快楽中枢を深くまで支配している。

 メイドは何も知らず、呑気に主人を称える言葉を口にしていた。


 調査隊の進展はかなりまったり。

 絡繰蜘蛛しか姿を見せていないから、かなり余裕ぶっているらしい。


「大丈夫なのかなあ」


 調査隊のレベルを鑑定してみることにした。

 高い順に並べると、ヴィクトールは12、騎士は10、神官は9、グレッグは8、メイドは6といった具合だ。

 どうやらヴィクトールは領主の息子というだけあって、親子代々、その高い魔力を受け継いだらしい。

 だからこそ、自分は特別だと心の底から信じている。


『弱い魔物しか出てこないな。冒険者どもが手こずっているからどんなものかと思えば、とんだ肩透かしだ!』


 ガハハ、と大声で下品に笑うヴィクトール。

 敢えてグレッグやメディに聞こえるようにしているのだろう。

 そういう振る舞いは悪戯に敵を増やして孤立するだけだからやめた方がいいと思うんだけどなあ……。


 さて、この際ヴィクトールは放っておくとして。


 そろそろ私の仕掛けた作戦が効力を発揮してくる頃合いだ。

 その証拠に、騎士二人組とメイドが目に見えて己の体調不良に首を傾げていた。

 特に騎士二人は前屈みになっている。

 幸いにも、騎士は安全を確保するという名目でヴィクトールたちから少し離れた場所にいるから、彼らの異変はヴィクトールたちにバレていない。


「よし、行け。盗人蜘蛛(シーフ・スパイダー)


 命名はグレッグ。

 荷物を盗み、ついでに魔力すら盗む非情に困った奴らだ。

 盗人蜘蛛はかさこそと動き、メディのスキル〈隠密〉や〈スリ〉を駆使して騎士たちから赤い液体が入った瓶を盗んだ。


「よくやったね! へえ、これが生命力ポーションか」


 嬉しそうに報告する盗人蜘蛛たちを褒め、受け取った物をしげしげと観察する。

 ついでに鑑定もしておいた。


▼▼▼▼▼▼▼▼

名称:生命力ポーション

効果:液体に触れた生物の生命力を回復させ、気絶状態から復帰させる

▲▲▲▲▲▲▲▲


「なるほど、これがライフ回復アイテムか」


 ついついゲームに似た表示形式をしているから、ゲーム的思考で考えてしまう。

 液体に触れた瞬間から回復作用が発揮されるとあるので、気絶した味方に振りかけて使用することを想定しているのだろう。


 グレッグから生命力ポーションの話は聞いていたけれど、真っ当な魔宮ならまず真っ先に削りたいと思う切り札(リソース)だ。


 兄貴も対人ゲームをしている時、よく口にしていた。

 『対人戦は切り札(リソース)を削ってからが本番。退路を断たれたプレイヤーはさながら手負の獣に勝るとも劣らない気迫を持つ』


 うむ、対人戦でよくボロ負けしては発狂していた兄貴らしからぬ名言だな。心に刻んでおこう。


「さて、こんな大切なポーションの価値を損なうと思うと心が苦しくなるけれど〈魔法付与:魔力霧散〉!」


 生命力ポーションに魔力霧散の効果を追加して、盗人蜘蛛に渡す。

 これまたそっと〈スリ〉で懐に戻せば、騎士たちは手にした切り札が損なわれていることに気づかない。

 いやはや、自分のことながらまったく恐ろしい魔宮だね。


『では、最奥の塔を登るとしよう!』


 どうやらヴィクトールがやっと重い腰を上げて調査隊の仕事に取り掛かるらしい。

 本人は調度品をその日のうちに持ち帰るつもりの様子だけど、そうはいかないんだよねえ。

 一応、それも冒険者(ボランティア)から貰った魔力で作った貴重な資源だからね。ほいほい渡すわけにはいかんのですよ。


「魔力吸収の魔法陣、起動」


 私が指を鳴らすと同時に、魔法陣が一切に起動した。

スキルはこれから基本的に〈〉で囲い、【】は特別な固有名詞に、『』はその場にいない人物の発言という形式で書きます。読みづらかったら教えてください。

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