姉御なメディ
ねちょねちょメディをお風呂に入れてさっぱりメディに変えた後、なんら健康に害のないお水と食べ物を与えて体力の回復を待った。
「……さっきは、すまなかったね。アンタ、アタシを助けようとしてくれたんだろ?」
「はい。あ、おかわりいりますか?」
「もらおう。トーフ入りで頼む」
メディは、私が用意した洋服一式を着て、思う存分くつろぎながら〈物質創造〉で作った味噌汁を啜っていた。
おっかなびっくり鑑定してから飲んでいた彼女だったが、「あったかいスープか」と納得してからはチビチビ飲んでいる。お気に入りは豆腐入りらしい。
「それで、アタシは晴れてアンタの眷属だ。アタシに何を望む? 冒険者の暗殺か? それとも新人冒険者の斡旋か?」
「誰も殺さないがモットーなので、暗殺は勘弁してください!」
私が叫ぶと、メディはキョトンとした顔でじっと見つめてきた。
「アンタ、どうやってこの魔宮を運営していくつもりなんだ? 冒険者を殺さないと魔力が手に入らないんだろ?」
「……あー、そう言う情報って冒険者の間にも流れてるんですね」
魔宮は、大地に揺蕩う魔素をかき集め、魔力に変換してこの空間を維持する。
核を守る為に魔力は必要不可欠なのだけど、自発的に入手するには魔力を持つ生き物を殺すのが手っ取り早いとされている。
まあ、魔力吸収に特化した私には関係のない話ですけど。
「誰も殺さずに、ひっそりとしょっぱい魔宮として生きていくつもりなんです」
「……するってぇと、この魔宮に冒険者が挑みたがらないってのは、アンタの差し金かい?」
「はい。世界一しょっぱい魔宮を目指してます」
メディが半目になって私を睨む。
実際問題『魔力を吸われるのが気持ちいい』なんて噂を信じた阿呆どもがこぞってやってきては貢いでくれるので大助かりだ。
それに、眷属になったグレッグやメディのスキルも多少は性能が劣るけれど使えるようになった。
まあ、戦うつもりはないので宝の持ち腐れなんですけどね。
「本当にそのつもりなんだね。そういうことなら、協力してやってもいい」
かなりの上から目線ではあったけど、メディは口角をあげてそう言ってくれた。
協力者は多いに越したことはない。
素早く頭の中で算盤を弾きながら、相談してみることにした。
「そう言ってくれると助かります。早速、相談したいことがありまして……」
私は冒険者ギルドが調査隊を組んでここに来ようとしている事や、誰一人怪我をさせずに撤退させたいとメディに伝える。
大まかな話を聞いたメディは、じっと考え込むと実際に魔宮の中を歩いてみたいと申し出てきた。
「たしかにこの魔宮はアンタの言う通り、冒険者にとって外れも良いところだ」
スタスタと歩き、罠をひょいひょいと避けるメディ。
私がお詫びに渡したスニーカーをえらく気に入ったようで、足取り軽く進んでいく。
「調査隊は魔宮で稼ぐんじゃなくて、調べに来るんだわ。だから、相応の痛手を負わせない限り、奴らは何度でも来る」
「相応の痛手……くっ、それは難しそうですね」
「一番手っ取り早いのは全滅なんだが、それ以外となると金銭的な損失か?」
メディの呟きに、私は無意識に俯いていた頭を上げる。
「金銭的損失、といいますと?」
「そりゃあ魔力ポーションを大量に消費させたり、備品を壊したり、物理的に進めなくしたりすれば、調査を断念するんじゃないか」
「────それだ!!」
一筋の光明。
私はメディの両手を握って、ぶんぶんと上下に激しく振りながら、今しがた思いついた魔宮のトラップを彼女に説明する。
私の説明を聞いていたメディはだんだんと悪どい笑みを浮かべた。
「アンタ、虫も殺せない顔してなかなかエゲツないことを考えるじゃないか」
「えへへへ、それほどでもないよお〜!」
二人でああでもない、こうでもないと相談しながら魔宮に改造を施していく。
そうして、出来上がったトラップをいくつか紹介しよう。
まずは魔法陣〈魔法付与:淫紋〉。
これはやけに鮮やかな桃色をした魔法陣で、上を通った生物に淫紋を付与する。グレッグに施したものと違って魔宮の外に出ると自動的に解呪されてしまう。
次に魔法陣〈魔法付与:魔力霧散〉。
これは水色の魔法陣だ。魔力吸収に似た効果を持ち、上を通過した生物の魔力が体外に流れ出る効果を及ぼす。といっても、魔力を三割から減らすことはできないし、魔力吸収の魔法陣を踏んでも気絶させることはできない。
最後は魔法陣〈魔法付与:ランダム〉だ。
魔宮全部を魔法陣として設置したもので、この魔宮に侵入したあらゆる生物や物品を無差別に選び、無差別に魔法を付与する。
手に持っていた食料が〈快感増加〉になっているかもしれないという恐怖を調査隊に与えるのだ。
「これなら調査隊も尻尾巻いて逃げるだろうよ!!」
「ありがとうメディさん! お礼にお洋服を綺麗にして返すね!」
かつてない強力な協力者メディに感謝し、〈物質創造〉で使った洗濯機で洗った洋服を魔物に運搬させる。
綺麗になった洋服を見た彼女は、手に取ってくんくんと匂いを嗅いだ。
「なんだい、これは。凄くいい匂いじゃないか!」
パアッと花が咲き綻ぶように、メディは笑顔になって服を広げる。
ノースリーブのシャツ、裾を絞れるタイプのズボンにポケットの多いリュック。
近接で戦う者に多い、典型的な冒険者の服装だ。
「ど、どこの石鹸を使ったんだ?」
「洗剤と柔軟剤だけど、欲しいですか?」
私の問いかけにメディはゴクリと唾を飲み込む。
どうやら、この世界では石鹸は流通していても選択肢は少ないらしい。
「いくらだい?」
「贈り物に対価を求めるなんてことはしませんよ」
「はん、なるほどね。見返りを提示して、従わせようって魂胆か」
私の企みを鼻で笑って、それからメディは私に握手を求めた。
ぐいっと引っ張られて、耳元で囁いてきた。
「アンタがアタシに語った通り、誰も殺すつもりがないなら手を貸す。だが、アタシを騙して誰かを殺すってんなら────その時は、アタシがアンタを殺すよ」
「……肝に銘じておきますね」
やはり〈眷属化〉で配下に加えたとしても、忠誠心までは強制できないようだ。
けれど、私が人を殺そうとしない限りは敵にならないと明言してくれた。
そして、ついにその日がやってきた。
冒険者ギルドによって結成された調査隊が私こと【魔吸魔宮】に姿を現した。