あんぽんたんな女斥候メディ
調査隊に潜り込んだグレッグからの情報漏洩によれば、彼らがやってくるのは四日後。
それまでに魔宮の改築を済ませておきたいのだが……。
一つ、深刻な問題が起きた。
元使用人部屋もとい、倉庫と化したその場所に人影がいる。
私に監視されているとも知らず、扉を解錠した人影は物音一つ立てずに部屋の中へ入っていく。
その姿をスキルで視認した私は、盛大にため息を吐いた。
「あのさあ……」
単独で活動している冒険者の一人、恐らくは女の斥候がやってきたのだ。
まさか、少し目を離した隙によりによって倉庫に忍び込むとは思っていなかった。
「畜生! なんだってそこに忍び込んだ!?」
ふらりとやってくる類の冒険者だと思って、完全に油断していた。
時間稼ぎの為に魔物を先行させつつ、彼女のレベルとスキルを鑑定で確認。
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名称:メディ・レイノーラ
レベル:16
所有スキル:〈隠匿術〉〈スリ〉〈短剣術〉〈解鍵〉〈罠看破〉〈観察〉〈ジャイアントキリング〉
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チラリと横目で確認しただけでも、とんでもないスキルを持っていることがわかる。
というかレベル16ってなんだ。グレッグでも8、私でも昨日になってやっと10になったばかりなんだぞ。
明らかに一般人じゃないし、ここにいるべき人材じゃないんですけど!!
「スキルについてもツッコミたいけど、今はまずメディをあの倉庫から遠ざけないと!」
隠し通路を抜け、倉庫へと急ぐ。足止め用に向かわせた魔物が一瞬で倒され、私の努力虚しく彼女はいとも簡単に物色を始めた。
「え、なにこの液体……めっちゃヌルヌルする……」
扉の向こうからメディの戸惑った声が聞こえてきた。
「何のために使うの?」とか「これがお宝?」とかそんな呟きもあわせて聞こえてきた。
やめてくれ、その純真無垢な問いかけは私の心を傷つけているんだ。
「はいはい、その部屋は立ち入り禁止ですよ! 早く部屋の外に出てください!」
倉庫の扉を開いて、両手を叩いて叫ぶ。
クローゼットの中を漁っていたメディが短剣を抜いて、鋭く私を睨みつける。
「なんだい、アンタ。ここは私が先に見つけた場所だよ」
「いえ、あの、そこは危険なのでこちらへ……いやちょっと待ってください、なんで下がるんですか!?」
私の善意から来る忠告に反して、じりじりと下がって淫夢寝具との距離が近くなるメディ。
人の気配を察知して活性化した淫夢寝具がメディの背中越しに見えた。
私の頰を冷や汗が伝う。
「メディさん、とにかくこちらへ。そこは罠が……だから何で下がるの!?」
「アタシの名前を知ってるなんて、アンタ何者なんだい?」
「えっ、あっ……!?」
「怪しいね。〈鑑定〉……なるほど、人間に良く似せた魔物か」
ついうっかり名前を呼んでしまったせいで警戒されてしまったらしい。
どうやって先程のミスを挽回しようか考えている間に〈鑑定〉を行使され、あっという間に正体を見抜かれてしまった。
グレッグやルークが使わなかったから油断していた。
「ふん、よほどこの部屋に立ち入ってほしくなかったみたいだね。ってことは、お宝は間違いなくこの部屋にある」
「ないよ。あるのは人に見せられないグッズだけだよ」
「そう言うのをお宝っていうのさ。まずは、手始めにアンタを仕留めてやる!」
メディはそう言って、背中に背負っていた弓を取り出し、矢を番えて更に下がった。
「あっ」
メディが矢を放つのと、彼女の身体に触手が絡みつくのはほぼ同時だった。
矢が私の首筋を掠め、微かな痛みが走る。
その傷も、魔宮の魔物ならば数時間で完治してしまうのだけど。
今は、私のことよりもメディだ。
「ひっ、なんだこれっ!?」
一瞬で粘液まみれになったメディは、四肢を触手に拘束されていた。
「今すぐ助け────」
「来るんじゃねぇ、化け物がッ!」
グレッグに負けず劣らず迫力のある怒号を飛ばす。
私が思わず足を止めた隙に、メディは毛布の中へと引き摺り込まれた。
三日。
それは、メディがこの魔宮に踏み入れてから経過した日数だ。
まずは一日目。
【淫夢寝具】に指示を出して、強制的に非活性化させようとした。
私の魔力の動きを感知した彼女がまた矢を射って失敗に終わった。
続く二日目。
とにかく触手をメディから引き剥がそうと伸ばした手に短剣を突きつけられ、これもまた失敗に終わった。
食料も水も「毒を盛るつもりだろう」と跳ね除けられた。
そして、最後となる三日目。
私の説得に耳を貸すこともなく、メディは掠れた声で「ぶっ殺してやる」と叫ぶので大人しくなるまで待つことにした。
メディは凄い。
魔力枯渇で十回ほど気絶しても、私への罵詈雑言と脅迫をやめなかった。
二日で堕ちたグレッグとはえらい違いである。
「はぁーっ……はぁーっ……クソッ、なんだこのトラップは……」
目を覚ましてもなお、私を睨む。その心意気や天晴れ。
しかし、私はメディを助けたいだけなのだ。
「あの、そろそろ救出していいですか?」
もう短剣で斬りつけられるのも、矢で攻撃されるのも勘弁なので、彼女の攻撃が届かないぐらい遠くから声を掛ける。
帰ってきたのは怒号だった。
「ああ、そう。助けて欲しくなったら呼んでね」
暇なので調査隊を撃退する為の魔物を作ったり、罠を考案すること数十分。
勝手にスキル〈眷属化〉が発動した。
顔をあげてメディの方を見る。
「うっ……うっ……なんで、アタシがこんな目に……!!」
私の眷属になったことで対象から外れたメディが、自力で淫夢寝具から脱出していた。
ねっちょねっちょな粘液まみれになったことで、服がぴっちりと身体に張り付いている。意外とナイスバディだった。
黒髪に気の強そうな猫目をしている。今は涙目になっているけど。
「えっと、風呂場あるけど使う?」
「……うん」
流石に気の毒になったので、ねちょねちょメディをお風呂場に連れて行くことにした。
あとついでに風呂場にあった〈快感上昇〉効果の石鹸を除去しておくようにシュナウザーに命令しておいた。危ない危ない。