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絶対に冒険者の心を折るという強い決意


 荒くれ者のグレッグを仲間に引き入れたその日の夜。

 私は侵入者の気配を察知して、スキル〈遠隔視〉で早速、侵入者を探ることにした。


「こんな時間に誰だ? なんだ、グレッグか」


 無精髭を生やした黒髪の粗暴な外見をした大男の姿を見た私は、第二区画から外に出て、彼の応対をする。


「やあ、お早い帰還だったね」


 隠し通路を案内して、彼との会話の為だけに設けた簡易応接室へ通す。

 テーブルと椅子を設置しただけだから、もしここがバレても損失は少ない。

 魔力が有り余っているから、こんな無駄なことも出来ちゃうのだ。変態冒険者たちには感謝してもしきれんね。

 ガチ勢冒険者と迷惑冒険者は帰ってくれ。


「これが頼まれていたものだ」


 どさどさと彼がテーブルに置いたのは羊皮紙の山。試しに一番上の物を手に取って、さっと目を通す。


『冒険者名:ルーク(17) 素行:良好 髪色:橙色

 戦闘スタイル:近接(剣) 申告スキル:刺突、突進、回避』


 他の羊皮紙にも中身は違えど、大まかな情報が書いてあった。

 どうやらこの世界には個人情報保護法はまだ制定されていないらしい。怖いね。


「ほおほお、これは冒険者ギルドにあるはずの申請書じゃないか」

「手に入れるのに苦労したぜ。だから報酬を寄越せ」

「……まあ、いいでしょう。シュナウザー!」


 大声で我が魔物の名前を呼べば、そそくさとシュナウザーが魔物のパーツを運んできた。


「まあ、これで元手は回収できるか。確かに受け取ったぜ」


 パーツをリュックに詰め込み、紐で結びつけるグレッグを眺めながら、私は考えを巡らせる。


 今し方、彼から受け取った申請書というものは、冒険者が寄り合いたるギルドに加入する時に職員が記入するものだ。

 ギルド内で厳重に保管しているはずのそれを、どうやって彼は手に入れたのか。元手ということは、職員に賄賂を払ったのか?

 とすれば、ギルド内では不正が横行しやすい環境の可能性が高い。

 事実、一ヶ月近くグレッグが好き勝手ここで暴れても、お咎めもなかったようだし……。


「それで、この【魔吸魔宮】についての噂だが、良い噂と悪い噂どちらから聞きたい?」

「良い噂からお願い」

「巷じゃあ『腕慣らしに最適』だの『魔術師殺し』だのちっと有名になってるぜ」


 想像以上に好印象らしい。

 そりゃ死者がいなければなめられるわな。


 魔術師殺しは、罠のせいか。

 魔術師は、強力な魔術で敵を一掃できるけど、魔力が切れたら剣士以下の働きしかできない。

 魔宮(わたし)とすこぶる相性が悪いのだ。


「んじゃあ、次は悪い噂だ。ギルドが【魔吸魔宮】の調査隊を組むらしい。近々、遠方から実力者を集めるそうだ」

「ちっ、そろそろとは思っていたけど、もうか」


 思わず舌打ちが飛び出す。

 魔宮の調査はまずい。大人数だから撤退させるとなると、かなり大掛かりな罠を設置して、万が一、それらを突破した時のことも考えないといけない。

 ひぃ〜、懸念事項が増える増える。


「グレッグさんはその調査隊に潜り込めるかい?」

「この魔宮について多少、情報を流していいなら潜り込めるぜ」

「なるほど。なら、新種の魔物が出たと言えばいいよ」


 〈物質創造〉でこれから着手するつもりだった第一区画の大まかな間取りを描いた羊皮紙の地図と魔物のパーツをテーブルの空いたところに置く。

 冒険者の情報を纏めた書類はシュナウザーに別の場所へ運ばせた。


「名前は?」

「特に決めてない」


 そういや、私はシュナウザーの他に魔物たちに名前を決めていないのだ。

 どうやら冒険者の間では、勝手に生まれてくる普通の蜘蛛型機械のことを【絡繰蜘蛛(オートマタスパイダー)】なんて洒落た名前で呼んでいるらしい。


「能力はどんなものなんだ?」

「接触した相手から魔力を吸い取り、ついでに荷物を奪うよ」

「クソ邪悪じゃねえか。よくもまあ、こんな嫌がらせばっか思いつくな」


 冒険者を追い返す為なら、殺人と暴行以外の手段は遠慮なく使う。それが私だ。


「これだけの実績がありゃあ、調査隊に潜り込めるぜ。で、俺に何をさせたいんだ?」

「死者が出ない程度に足を引っ張って欲しい」

「……はあ? まあ、いいけどよ。具体的に何をさせるつもりなんだよ」

「誰が魔力ポーションをどれぐらい持っているのか、調査隊が撤退するラインだとか、そういうのが知りたいんだ。まあ、工作員って言えば分かりやすいかな」


 前世でゲームしていた時は、不殺プレイなんて縛りを自らに課していたけれど今回は重みが違う。

 詰みになったら、やり直しだとかリセットは一切できない。

 誰一人殺さないように手加減しつつ、全力で撃退する。


 使える駒は何でも使わないと。例えそれが不確定要素を孕んでいてもね。


「マキュー、一晩ここで明かしてもいいか?」

「構わないよ。なら、ベッドも作ろう」


 さっと手を挙げて、また物質創造を使った。

 完成したのは、やけに粘液を分泌する妖しげな寝台だった。

 毛布もマットレスも枕もぐっちょぐちょ、しかも得体の知れないナニカがシーツの下を蠢いている。

 鑑定してみたら〈快感倍増〉の魔法が付与されていた。

 名称は【淫夢寝具】。知りたくなかった。


 そっと見なかったことにして、今度はちゃんと意識して普通の、何の変哲もない木製のシングルベッドを作る。

 一応、鑑定もして変な魔法が付与されていないことも確かめた。


「失敬。こっちが本命だ」

「なあ、今のって────」

「こっちが、本命だよ。分かったね?」


 魔物たちに指示して淫夢寝具が運ばれていくのを、チラチラとグレッグは横目で追っていたが見なかったことにする。

 ついでに、何か言いかけたのも強引に封殺する。

 やめろ、私の顔をじっと見るな。そして「あ、やっぱりあの噂は本当だったのか」とか意味深なことを呟くな。


「夜が明けたら帰ってよねっ!」


 それだけ言い残して、居心地が悪くなったので退散。

 じっとしているのも落ち着かないので、魔宮の構造を弄ろうと思う。


 【魔吸魔宮】の外観は、大雑把に言えば古城だ。


 なんでも、はるか昔に森の湖畔に城を一夜で建てた魔術師がいたそうな。

 人嫌いかつ人望がなかったせいで、孤独死しても誰にも気付かれず。長い年月が過ぎても、防衛の為の自動人形が守るから誰も近寄れず。

 そうして、魔術師の残した莫大な魔力が収束して、私という魔宮が生まれた。


 以上が、私が魔宮として転生した次の日に得た情報である。

 異変を察知した冒険者たちがそんな事を口にしながら調査しているのを盗み聞きして知った。


 さて、話を魔宮の構造に戻そう。

 城本来の構造の他に、地下道と呼ばれるものがある。

 その地下道は秘密の通路を通り抜けないと辿り着けないので、私は冒険者が闊歩する地上部分を【第一区画】、地下施設を【第二区画】と考えて分けている。

 第二区画は私の領域で、滅多なことでもないと第一区画には姿を現さないようにしている。


「お、作業はほとんど終わってるね」


 さて、冒険者が訪れる第一区画だが、長年の雨風に曝された影響か崩壊が酷い。

 城壁はほとんど残っているが、肝心の城がボロボロなのだ。

 逐一、魔力を使って材質を魔宮の物に変えながら、巧妙な魔術師の残留思念を手繰り寄せて再建している。

 ようやくその再建が終わりそうなので、これからやっと罠と魔物の設置以外のことができそうだ。


「お疲れ様、【建築蜘蛛(ビルドスパイダー)】たち」


 私が即席でつけた名前でも、知能がある彼らは前脚を振って返事をする。

 魔術師が設計した自動人形がベースになっているからか、知性が高い。

 そんな彼らは、私が自動で生成した建材で魔宮に空いていた穴を塞いでくれた優秀な作業員である。


「よし、本格的に弄りますか!」


 魔物たちが撤退した事を確認した私は、〈物質創造〉で間違って作ってしまったアイテムを次々と空いた場所に設置する。

 たとえば、【淫夢寝具】なんかは元使用人部屋に置いておいた。

 ここなら誰かやってきても、こんな妖しげで危険なベッドに寝っ転がることはないだろう。そんなやつはあんぽんたんか間抜けぐらいだ。


「この【エッチな気分になるランプ】は……これもここでいっか。超特濃ローションは……これもここかな。薄型装着ゴムも、ここしかないかな」


 建材を作る過程で出来た不良品をこの部屋に押し込む。

 第二区画に置いておくと、夜な夜な『ネチョネチョ』と粘液が泡立つ音が響いて怖いのだ。


「む、もう箪笥が満杯になっちゃった。しょうがない、隣の部屋にも……」


 至って普通に見えるアンティーク調の家具も、一度でも鑑定をすればその異常性が分かる。

 収納した物品に〈快楽耐性:低下〉の状態異常を引き起こす魔法を付与するな。


「……よし、この部屋には外から鍵をかけておこう。間違って入ったら危険だしね」


 そうやって内装を充実させていたら、禍々しい部屋が完成してしまった。

 念の為に鍵を掛け、ついでに鎖でぐるぐる巻きにして南京錠もつけておこう。


 これで邪魔な物は片付けた。

 あとは内装に紛れ込ませるように罠を設置して、さらに撤退が楽になるように一方通行の転送陣を各地に配置。


「調査隊が来るまでに試験運転して、難易度を調整して、新種の魔物なんかも設置しなきゃ」


 絶対に冒険者の心を折るという強い決意のもと、私は強く拳を握り締めながら改築と試行錯誤を繰り返すのだった。

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