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荒くれ冒険者グレッグを堕とそう


 殺人・暴行はNGな私の重い腰をあげさせた張本人。

 それが現在進行形で拘束具に囚われている大男グレッグである。


 この男は、冒険者の間では少し名のしれた男なのだ。

 実力があり、魔法も使える、最低最悪な冒険者として。

 私がこの魔宮内で確認している行動だけでも、魔物の横取りや他の冒険者への擦りつけ、いちゃもんから妨害行為までかなり際どいことを一ヶ月近く繰り返している。

 さすがの私も、堪忍袋の緒が切れた。


 もし私が魔物をけしかけていなかったら、彼はきっとルークを宣言通りに殺していただろう。

 そうなれば、この魔宮で初めての死者として扱われ、悪者になるのは私だ。


『魔宮内で起きたことは、冒険者の自己責任』


 言い換えれば、相当に怪しくない限りは魔宮が咎められるのだ。

 死者が出たところがどう扱われるかなんて、火を見るより明らかだ。

 こんな危険な魔宮はさっさと攻略するべきだと冒険者の寄合のトップが判断して、強い冒険者をけしかけてくるに決まっている。

 そうなったら一巻の終わりだ。

 つまり、この男はルークを殺すことで遠回しに私を殺そうとしたのだ。許さねえ……!


 そんな男を野放しにしたら、また同じようなことが起きるのは明白だし、次も阻止できるか分からない。

 だから、いっそのこと徹底的にお仕置きしてやろうと思ったのだ。


 隠し通路を越えた先、安全地帯もないほど罠を設置した大広間を通った所に設置した第二区画────別名【お仕置き部屋】にグレッグは拘束されていた。

 拘束具に込められた魔法の影響もあって、大股を開いて壁に鎖で繋がれている。

 マジで誰得な光景なんだ、これ。


「ん、んぐっ!?」


 どうやらグレッグが目を覚ましたらしい。

 目を白黒させ、視線を泳がせて素早く周囲を観察している。

 すぐに拘束されていることに気づいて、激しく暴れた。


 拘束具がガチャガチャと激しく鳴るけれど、誰も彼を助けに駆けつけることはない。

 なにせ、ここは第二区画。

 隠し通路を経由しないと辿り着けない場所で、叫んだとしても誰かに聞き取られる心配はない。


「おはよう。魔宮の中で目を覚ました感じはどうかな」

「んんんんんーっ!! んーっ! んーっ!」


 おお、凄い暴れっぷりだ。

 拘束に特化した一室なのに、迫力のある叫び声だ。

 突破することはないとわかっていても、思わず肩が跳ねてしまう。

 これではまともに会話に応じてくれないだろう。


「さて、グレッグさん。私は怒っているんです」


 私が彼の名前を呼んだ瞬間、暴れていた彼がピタリと動きを止めた。

 探るような視線を私に向ける。


「この魔宮の中で、よくもまあ好きに振る舞ってくれましたね」


 思い出すだけで沸々と怒りが込み上げる。

 特に『間違って殺しちまっても魔宮の所為にすりゃ問題ない』と仲間に話していたことが一番ムカつく。

 コイツ一匹をどうこうしたところで、他のやつが湧いてくるということも。


 そんな私の怒りなど梅雨知らず、グレッグは頭を後ろで腕を組み、ガニ股で拘束された彼は果敢にも私を睨む。


「さあ、どうしてくれようか」


 殺しはしない。逆に言えば、もう二度とこんなことができないように徹底的にお仕置きさせなくては。

 しかし、女にああだこうだ言われて引き下がるような性格はしていないだろう。

 ああ、そういえばこういう時に使えるスキルを習得したばっかりだったな。

 うん、使ってみよう。


「〈魔法付与〉術式指定〈淫紋〉……まずは一画」


 グレッグの下腹部に掌を与えて、スキルを発動。

 服の下からぼんやりと桃色が妖しげに透けた。

 シャツを捲ると、臍の下に小指ほどの小さなハートマークが浮かんでいる。


「んんーっ! んんーっ!」


 さて、ここからはギャグボールを外してグレッグの様子を見よう。


「てめぇ、こんなことしてタダで済むと思うなっ!」


 唾を吐きながら叫ぶグレッグ。

 魔宮の中で好き勝手に暴れ周り、天稟持ちのルークに殴りかかった気概は、拘束した程度で挫けるものではないらしい。

 それなら上々。淫紋について色んな実験ができる。


 淫紋は対象の体に刻印を刻みつけることで、快楽中枢を支配下に置くスキル……らしい。

 対象を屈服させることで、眷属化が使えるようになるとかなんとか。

 魔宮としての私が知り得ているのはこれぐらいで、実際はどうやればいいのかさっぱり分からない。


「〈感度上昇〉」


 試しに快楽を与えてみた。

 ピクリとグレッグの腹筋が蠢く。どうやら、何か変化があったらしい。


「どうかな?」

「あ? テメェ、さっきから何してやがる?」


 む、違和感はあるけど隠せるぐらい弱々しいものらしい。

 これは想定内だ。淫紋というスキルは重ねて使用することで真価を発揮するものであるから。

 ならばやることは一つ。グレッグの心が挫けるまで続ける。


「〈魔法付与〉術式指定〈淫紋〉」


 もう一度、指先でハートマークを押しながらスキルを使う。

 淫紋は画角を増やし、ハートマークの下に一対の線なようなものがぼうっと浮かび上がり、これまた妖しげに明滅した。


「……ぅぐ、はあっ、はあっ」


 気丈に睨んでいたグレッグだったが、徐々に目が潤み始める。

 快楽中枢を支配する淫紋は、面積を増やせば増やすほど快楽中枢を深く支配し、与えられる快楽が増す。

 今は三画。それがどれぐらいの快楽なのか、私には想像もできないので実際にグレッグで試す。


「〈感度上昇〉」

「ひっ、ぐうっ、ふーっ……ふーっ……」

「なるほど、画数が増えれば快感も増すのね。〈感度上昇〉」

「ひぎぃっ!?」


 おおよそ人には聞かせられない声を漏らしながら身悶えするグレッグ。

 こうなっては乱暴者も型なしである。


「ん? どうしたのシュナウザー」


 淫紋の性能チェックをしていると、傍らに控えていたシュナウザーが私の服の裾を引っ張る。


「……まさか、任せろと言ってるの?」


 答えるように前脚を動かして、ワサワサと動かす。その動きは物凄く不健全だから即刻やめてほしいんだけどなあ……。


「じゃあ、お願いしようかな」

「は? おい、やめろ何を勝手に決めてやがる!!」


 私がそう言うと、シュナウザーがじりじりとグレッグに躙り寄る。

 身の危険(というかこの場合は貞操かな?)を感じて焦ったグレッグが叫び、首を激しく振りながら暴れ回る。

 しかし、拘束具の戒めから逃れることはできなかった。


「やめろっ、やめろっ、来るなっ! おいっ、お前、この鎖を解────ひぃっ!?」


 シュナウザーの前腕を押し当てられた瞬間、グレッグは引き攣った悲鳴をあげた。





 それからしばらくして。


「もう、許してくれ……っ!」


 無精髭を涎が流れ落ちる。

 囚われた直後の気丈な振る舞いは何処へやら、四肢を拘束された彼は大粒の涙をポロポロと溢しながら私に許しを乞う。

 その姿は実に哀れだった。


 しかし、私のスキル〈眷属化〉を使用しても発動しない。

 彼の心は挫けていない。

 つまる所、この男の今にも消えそうな声も涙も全て演技ということになる。


 私を騙そうとするとは狡猾なやつだ。

 危うく涙に絆されて許すところだった。

 こうなったら徹底的に、堕ちる所まで堕とすしかない。


「シュナウザー、やれ」


 私の命令に、魔物は忠実に応える。

 かさかさと動いて、気絶しない程度に魔力を吸い取り、存分に彼から吸い取った魔力を使って〈快感倍増〉を使う。

 敏感になり過ぎた身体にその刺激は強過ぎたらしく、すぐにグレッグの化けの皮は剥がれ、耳も塞ぎたくなるような罵詈雑言を唾液と共に吐き散らす。


「これは屈服させるのに時間が掛かりそうだね」


 物質創造で椅子を作り、グレッグが衰弱死しない程度に水と食料を用意しながら、彼が屈服する時を待った。





 グレッグは頑張ったと思う。

 ただ、時間が味方をしたのは、彼ではなくて私だった。


 彼を拘束して既に二日が経過し、今の時刻は夕暮れ過ぎ。

 魔宮内に冒険者がいなくなったことを確認して、私はグレッグに意識を戻す。


 淫紋で常に快楽を与えられ、シュナウザーの献身的なマッサージに咽び泣いている。

 それが演技ではないことは、ここ数時間の彼の振る舞いを見て私は確信している。


「〈物質創造〉で作った水と食料にまさか精力剤と似た魔法が付与されていたなんてね」


 グレッグに水を与え、食べ物を口に運んでいるうちに彼の様子はどんどん変わっていき、今ではとろんとした目でぼんやりと私を見ている。

 その腹には五画の淫紋が刻まれていた。


「そろそろ頃合いかな。〈魔法付与〉術式指定〈眷属化〉」


 ようやく眷属化のスキルが発動した。

 黒色の魔力が首輪になって、グレッグの筋肉で覆われた首を飾り立てる。

 首輪付きのおっさんか。うーん、複雑。

 腐女子な友達がここにいたらすごく喜んでスケッチしていたと思う。元気にしてるかな、あの子。

 って感傷に浸ってる場合じゃない。


「反省した?」

「はーっ……はーっ……はいぃ……もうしません……」


 息も絶え絶えなグレッグの様子を見て、大丈夫そうだと判断した私はお話をすることにした。

 精も根も尽き果てたようで、大人しく地面に座り込んでいる。

 これでやっと会話できそうだ。


 ああ、でも油断はしない。

 この身体を切り捨てられても私は死なないけれど、逃げられたら面倒なことになる。

 シュナウザーは待機させておこう。


「じゃあ、これからの事について話そうか」


 私の提案に、グレッグは静かに頷いた。


 屈服したグレッグに普通の水と食料を与えて、平静さを取り戻してから私は会話を試みた。

 上下関係を叩き込む為にも、私は椅子に座って足を組んだまま。

 グレッグはガニ股で足を広げ、腕を壁に固定したポーズだ。


「じゃあ、まずは自己紹介をしてもらおうか」


 魔宮である私の眷属になった証として、隷属の首輪を嵌められたグレッグは、屈辱に顔を歪めながら口を開く。


「俺の名前はグレッグ。今年で23の冒険者だ」

「実力はどのくらいなのかな?」

「Dランクだ」

「へえ、Dランクか。なあ、お前、私を馬鹿にしてるの?」


 手を叩くと、私の意志を汲み取ったシュナウザーがスキルを発動させる。

 情けない悲鳴をあげながら、グレッグはのけぞった。


「冒険者は通常、Fランクからスタート。依頼を受注し、一定の基準を満たすことで次のランクに昇格する。スキルの種類と数、もしくは実績によって考慮され、飛び級でランクが上がる」


 さらさらと私が冒険者のルールを語ると、グレッグは観念したようにため息を吐いた。


「くっ……Cランクだ……クソッ、なんで俺がこんな目に……」


 屈服してからというものの、グレッグは事あるごとに目に涙を浮かべる。本性は泣き虫なのだろうか。どうでもいいけど。


「正直に答えてくれてありがとう。さて、グレッグ。話の本題に入ろうか。まどろっこしいのは苦手だから、単刀直入に言うよ。君、私と手を組まないかい?」

「あ? 俺に何をさせるつもりだ、テメェ」

「この魔宮にとって利益となるようなことだよ。ああ、安心してくれ。君を戦わせるつもりはないし、危険なこともさせない」


 グレッグは歯を食いしばりながら私を睨む。

 屈服したとは言っても、忠誠心が芽生えたわけじゃない。


「冒険者ギルドの動向、他の冒険者についての情報や噂話が知りたいんだ。あとはここでの身勝手な振る舞いを控えてもらうぐらいかな」

「……テメェ、ここの【ダンジョンマスター】か」


 ダンジョンマスター。

 一部の知性ある魔物が魔宮の管理者として振る舞う姿を見た冒険者たちが付けた名称だ。

 転じて、群を抜いて強い魔物や特定の場所で待機している魔物にも使用され、その時は守護者だとか言われたりもする。

 実際は魔宮ごとに違うんだけどね。


「私が何かは知らない方がいいでしょ、お互いのためにもね」

「ちっ、何が出来立ての魔宮だ。クソが」

「それで、私の話に乗るの? 乗らないの?」


 私の問いかけに飛びつくことはなく、グレッグはギリギリと歯を食いしばりながら考える。

 涙目になってるから迫力ゼロ。


「条件がある」

「ほお、この状況で提示するのね。いいよ、聞こうか」

「持ってきた情報は、魔物の素材と交換しろ。金がなきゃ話にならん」

「なるほど。君は魔物の素材が楽に手に入る。私は情報が手に入る。おまけに、君は私がどんな情報を求めているのか知ろうとしている、と」


 粗暴な見た目に反して、グレッグは強かな一面も持ち合わせているらしい。

 眷属化の影響を受けていても、どんなに不利な状況でも、私に対して有利になれる為の手札を探している。


 ん〜、ここは下手に取り決めを増やすより、メリットを提示した方が彼は靡くはずだ。


「いいよ。こちらで情報の質や種類に応じて報酬を用意しよう。他に要求は?」

「テメェの名前は、なんだ?」

「私は────」


 名前を名乗ろうとすると、喉が引き攣る。

 どうも前世に名乗っていた名前は好きじゃない。

 というか、良い思い出が一つもない。

 この際だ、捨ててしまおう。


「────ここが【魔吸魔宮】であることにあやかって、マキューとでも名乗ろうかな」

「マキューか。マキュー、マキュー……」


 私の名前を口の中で転がしたグレッグは、何故かゴクリと唾を飲み込む。


「テメェの要求は理解した。どうせ俺の命はテメェが握ってんだ、下手に逆らうような馬鹿なことはしねぇ。ムカつくが、テメェに従うぜ……クソが……」

「そりゃよかった。これで取引成立だ。まあ、この魔宮の中で暴れなければ、他所で何をしていても私は関与しないよ。それじゃあ、おやすみ」


 シュナウザーに命令して、グレッグを気絶させる。

 拘束を外して魔宮の出入り口まで運ばせて、ついでに武器防具も返しておこう。

 勝手に発生する魔物を使ってDPをグレッグに与えて、彼が魔宮から出て行ったことを確認してから私は深く息を吐いた。


 〈眷属化〉

 読んだ字の如く、対象を配下に加えるスキル。

 眷属になったグレッグと私には薄いパスが出来ている。

 だから、お互いに何処で何をしているのかぼんやりと分かるのだが、思考や心までは読み取れない。


 私の配下になったグレッグは、私を裏切ることは出来ない。

 しかし、やり方を変えればどうとでもなる。

 例えば、魔宮の危険性を冒険者に吹聴する。強力な冒険者をけしかける。

 軽く考えただけでもたくさん思い浮かぶ。


「メリットがあるうちは、敵対するようなことはないと思うけど……」


 餌に目が眩んで心から尻尾を振ってくれるほど堕ちてくれることを願うばかりだ。


 はてさて、グレッグの存在がどう転ぶか。

 私は裏切られた時の為に〈魔物創造〉を使って、魔宮を警護する魔物の種類を増やすことにした。

 新しく誕生した魔物を目にして、またもや深いため息を吐く。

 今度は頭部についたノズルから媚薬を噴射するタイプだった。


「う〜ん、人に見せられねぇなこりゃ」


 考え過ぎで痛む頭を抱える私の周囲を問題児二匹がかさかさと動き回った。

この作品が前触れもなく消えたら、その時は作者が綱渡りから落ちたんだなとせせら笑ってください

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