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どすけべ路線で行くしかないのか……?


「マジでコイツら何しに来てるんだよ」


 今日もまた一人、冒険者がふらりとやってきては自ら吸魔罠を踏んで数秒間じっとその場に留まっている。

 ついに気になった私は、その冒険者とコンタクトを取ってみることにした。

 というわけで、件の冒険者がいる階層にやってきた。


「お、いたいた」


 今日も彼は魔法陣の上で荒く呼吸を繰り返している。

 歳は、見た感じは十代後半っぽいから生前の私と同じぐらい。

 落ち着いた頃合いを見計らって話しかける。


「やあ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今、いいかな?」


 冒険者の青年は、私の声に酷く驚いた様子で身体を強張らせた。


 あれ、おかしいな。

 ここに来る前に【鏡通路】で容姿を確認した。

 前世と同じ顔立ちに細い体をしているから、他人に警戒心を抱かせるような姿形はしていないはずなんだけど、物陰から出てきたのがいけなかった?


「あんた、いつからそこにいた?」


 腰に下げた剣に手を伸ばすのが見えて、私は慌てて両手をぶんぶん振りながら弁解する。

 この体を作るのに、大体五人分の魔力が必要になる。

 痛覚はあるから、斬られたり殴られたりすると当たり前のように痛いのだ。


「ついさっき! 人の気配がしたから!!」

「む……。そうか。すまない、野盗の類かと思った」


 彼は息を吐くと警戒を緩めた。


 なるほど、野盗か。

 そういえば、冒険者たちにとって魔物の次に脅威なのが、魔物の素材や手柄の横取りを狙う野盗なのだと新人冒険者たちが話していた。

 なら、不用意に青年に近づくのは良くないだろう。


「俺はルーク。冒険者だ」

「そうなんだ。よろしくね、ルークさん」


 握手できる距離にいないため、片手を挙げるだけに留める。


「それで、聞きたいことっていうのは?」


 ルークにそう問いかけられて、私は本来の目的を思い出した。


「そうそう。どうやら【吸魔罠】を意図的に踏むやつがいるらしくて、どうしてそんなことをするのか気になってしょうがないんだ」


 この世界には魔力がある。

 大気中に漂う【魔素】を濃縮することで魔力になり、この魔力というのがとても便利なもので魔法として超常現象を起こしたり、身体を強化したりできるのだ。


 失った魔力を回復するには、体力と同じく時間経過を待つか、あるいは市場にはなかなか出回らないという魔力ポーションを摂取する必要がある。


 冒険者にとって貴重な魔力を、罠でみすみす失うのはデメリットのはず。

 事実、この魔宮を訪れた多くの冒険者たちは、魔力不足に歯噛みしなら撤退しているのだ。

 

「……あ? なんでそんなことを俺に聞く?」


 ルークは橙色の眉毛を釣り上げて、私を睨む。

 そんなにおかしい質問だったのだろうか。

 よく考えたら、出会っていきなりするような質問じゃないな。畜生、TPOをいつも弁えないから私は失敗するんだ。

 ええい、ここは嘘も方便。それっぽい話で乗り切ろう。


「実はついさっき、組んだばかりの人とここに来たんだけど、いきなり自分から【吸魔罠】を踏んだんだ。魔力が切れたから撤退しようって言われて、ついカッとなってね」

「あぁ、そりゃあ災難だったな」


 ルークは私の嘘を信じたようで、納得した様子を見せた。


「噂じゃあ、魔力を吸われるのが気持ちいいなんて噂があるらしいぜ。大方、あんたの連れもその噂を信じたんだろう」

「えっ、何その噂!?」


 魔力を吸われるのが気持ちいい!?

 そんな信じがたい噂が蔓延っていたなんて!!


「マジでえ? 信じらんない……」

「仲間を選ぶ時はもっと慎重にするんだな」

「次はそうするよ。教えてくれてありがとう」

「おう、どういたしまして」


 聞きたいことは聞けたので、その場でルークと別れて出口に向かうフリをしつつ、彼の視界から離れる。



 ルークの話を頭の中でまとめながら、これからについて考える。

 

「じゃあ、これまで自分から罠を踏んでいた連中は、罠から得られる快楽目当てだったってことか。というか、罠を踏んでいたルークも……」


 いや、これ以上このことについて考えるのはよそう。


 隠し通路を抜けて核がある最奥の部屋に戻り、私は魔宮の現状が確認できるモニターに魔力を流す。


▼▼▼▼▼▼▼▼

ダンジョン名:【魔吸魔宮】

レベル:5

DP(ダンジョンポイント):1000/1500


所有スキル:〈遠隔視〉〈魔物創造〉〈魔力吸収〉〈鑑定〉〈魔法付与〉〈物質生成〉


主な罠:【吸魔罠】

主な魔物:非生物型

▲▲▲▲▲▲▲▲


 表示されたモニターの文字を見ながら、改めて魔宮(ダンジョン)のことを整理することにした。

 さながらゲームのような文字列だが、ちゃんと意味がある。


 まずはレベル。

 これは魔力を貯蓄できる上限を示していて、今の魔宮(わたし)は1500までの魔力を貯蓄できることを現している。


 魔力を数値化したものがダンジョンポイント、略してDP。

 DPを消費することで罠や魔物を魔宮に設置できるようになるのだ。


 スキルはこれまで何度か使ってきたこともある代物だ。

 遠隔視は侵入者を監視するのに役立つし、この身体は魔物創造のスキルで作ったものだ。

 所有しているスキルによって、魔物や罠は大きく左右される。


 この世界の根幹に関わる神々の一柱【数秘神】フォーミュラの恩恵によって、私は魔宮をゲーム画面のような形式で管理できる。


「……っ!」


 神々のことについて考えると、骨の髄が凍るような感触に襲われる。

 本能が、自分より上位のものに対して怯えているのだ。


 冒険者の中にも、偶に見ているだけで背筋がぞわぞわする人がいる。試しにスキルの鑑定を使ってみた結果、その人のレベルは私よりも上。

 先ほどの恐怖は、その時に味わったものより遥かに強い。


「なるほど、神々は私たち底辺を彷徨っている存在よりも遥か高みにいらっしゃる……と。レベルをあげるには魔力がいる。魔力さえあれば、魔宮はより複雑にして攻略されづらくなる」


 幸か不幸か、魔力は冒険者たちが勝手に貢いでくれるので困ることはない。



 ごめん、嘘ついた。

 困る。実はめちゃくちゃ困るのだ。


「〈物質創造〉……はあ、あのさあ、なにこれ」


 スキルを使って衣服を作った私は、辟易としながら赤い三角形の布を指で摘む。

 いわゆるTバックと呼ばれる極小面積を誇る下着だ。


 それもこれも、『侵入者の概念や思考に依存する』という魔宮の特性のせいだ。

 例えば、冒険者がこの魔宮は人を殺す罠に満ちていると認識しながら魔宮に侵入すると、魔宮は緩やかにその認識に従い始めるのだ。


 私の持っているスキルが、その影響を強く受け始めている。

 例えば、【吸魔罠】の設置コストが100から90に下がっていたり、物質生成で作った衣服が段々と露出度が上昇したりしている。

 何も考えず、ふわっとしたイメージで使おうものなら卑猥な下着になるのだ。

 この調子だと、魔物創造も近いうちにとんでもないことになりそう。もしかして、もうなっている……?


「いや、まだ間に合うはず……〈魔物創造〉」


 そうして、私が作り上げた魔物は────


 魔宮の中に勝手に発生する他の魔物と同じく蜘蛛に似た形をした機械だった。

 〈鑑定〉した結果、スキルに魔力吸収の他に〈快感増強〉というものがある。


 ────どう見ても不健全です。

 本当にありがとうございました、畜生。


「ははっ! よぉし、こうなったらやけじゃ! この魔宮はこれからどすけべ路線で行くぞ!!」


 どうせ私は魔宮だからな!!

 この際、人間としてのプライドとか見栄とか全部ポイッ!!

 とか、我ながらアホなことを一人で叫んでいたら、魔宮の核から声が響いた。

 その声を聞いた瞬間、魔宮そのものが恐怖で小さく震える。


『承認。これより魔宮の進化系統を固定』


 それはまるで関節を鳴らすような感じだった。

 すこん、と何かをずらされて嵌められたような、不思議な感覚に襲われる。


「ああ、くそ、早速しくじった。まさか、魔神が監視していたなんて」


 先ほどの感覚は、神々に対して抱いていた恐れそのもの。

 すぐに魔神の気配が薄れて、震えていた魔宮全体も今では落ち着いている。


 普段は干渉してこないはずなのに、迂闊な発言のせいで注意を引きつけてしまったらしい。

 これからはなるべく神々の関心を買わないようにしないと。

 そう自分を戒めながら、何が起きたのかまたモニターを開いて確認した。


「どすけべ路線で行くしかないのか……?」


 新たに獲得したスキル〈淫紋〉と〈眷属化〉を目にした私は、一人静かに己の運命を悟り、絶望したのだった。

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