ウワサの魔吸魔宮
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人里離れた古城の外観をした魔宮の入り口に、一人の男が立つ。
腰に下げた剣と身軽さを重視した革鎧から、その男が巷で噂の剣士ルークであることは誰の目にも明らかであった。
「ここが、噂の……」
ごくり、とルークが生唾を飲む。
彼の脳裏を過ぎるのは、酒の席で聞こえて来た下らない猥談。
『知ってるか? 魔力を吸われるのって、スゲー気持ちが良いらしいぜ』
その時は馬鹿なことを、と鼻で笑った。
記憶の彼方に葬り去るはずの猥談を、ルークがこの時になって思い出したのは、その魔宮の評判を聞いた時だった。
曰く、狂ったように魔力を吸い取る罠が設置してあるらしい。
曰く、無駄に入り組んでいて、攻略できる見通しもないそうな。
曰く、これまで一人も死者がいないという。
ルークは最強を目指していた。
最強を目指すには、兎にも角にも金がいる。
武器防具、剣の指南を仰ぐにも。必然的に財布の紐を固くしなくてはならず……ゆえにルークは、エッチなお店に通う費用を切り詰めるしかなかった。
ルークは剣の腕に覚えがあった。
魔導士でもなかったから、魔力が少し減ったとしても痛くはない。
だから、ルークはその魔宮に訪れていた────その罠の為に。
【魔吸魔宮】
彗星の如く現れた噂の魔宮。その城門は、さながら捕食者の顎門のようにガパリと開いて、静かにルークを待ち構えている。
スウッと息を吸ったルークは、意を決して足を踏み入れた。
◇◆◇◆
異世界に魔宮として転生して一ヶ月。
魔宮である私は、とある問題に頭を悩ませていた。
その問題について語るより先に、【魔宮】について私が知り得たことを整理しよう。
まず、ここは異世界である。
生前、私が愛読していたファンタジー小説のように剣と魔法が支配する世界なのだ。
だから、この世界について語るには【神々】【魔法】といった超常的な存在が絡んでくるのだが、ここでは割愛しよう。
とにかく、物理法則以外の、とんでもない理が普遍的に実在する。
その最たる例が、魔宮。
無限に魔物を生み出し、人を誘い込んでは捕らえる魔の領域。
普通ならば、誰も近づこうとは思わない。けれども、とある御伽噺が人々を危険極まりない其処へ駆り立てる。
『魔宮には、魔法が宿った特別な武器防具が手に入る』
『魔物を倒す事で、その魔力を取り込むことができる』
『魔宮の最奥にある核を手に入れたものは、不老となれる』
恐ろしきは人の際限なき欲望か。
金銀財宝を目当てに人は今日も魔宮へ挑む……。
なんて迷惑な話!!
魔宮の核を持ち出されたら、魔宮は崩壊するし私の自我は消える。
転生して、人間じゃない上にすぐに死ぬとかそれどんな鬼畜スタートだよ!!
必然的に、私は生きていく為に魔宮を攻略しようとする探検家や冒険者たちをどうにかしないといけないわけで。
魔宮として第二の人生(?)を歩むことになった私は、ここで盛大に頭を抱えた。
前世の私は、そりゃ異世界に転生して好き勝手に生きたいとは思ったけれど、人を殺したり傷つけたりなんてしたくない。
だから、私は無い頭を懸命に絞った。
どうすれば帰ってくれるか。
考えに考えまくった結果、生前に兄貴がゲームをプレイしている時に交わしたやり取りを思い出した。
『だめだわ、このダンジョン無駄に演出が長い癖にドロップも経験値もしょっぱい』
『え? 途中まで進んだのに撤退しちゃうの?』
『ああ、効率が悪いからな』
ーーこれだ!
探検家や冒険者である彼らは、ここが稼げる魔宮かどうか口にしながら魔物と戦っている。
つまり、兄貴が攻略を諦めたように、この魔宮にやって来る人間どもの心をへし折ればいいのだ。
そう閃いた私は、魔宮の罠に手を加えた。
初期に設定されるものは、落とし穴の底に剣山という危険極まりないもの。
ぶっちゃけ、この罠は魔宮的には旨味が少ない。死体の処理は手作業だし、放置したら匂いでバレる。
なので、ぜんぶ吸魔罠にシフトさせた。
地面に描いた魔法陣の上に乗った生き物から魔力を奪うというもの。
これ単体は危険度が低く、拘束力もない。
まさにこの為にあるかのような罠だ!!(違います)
魔力が枯渇すると生き物は気絶する。
魔力を回復させるには時間経過を待つか、高価なポーションを飲む必要がある。
コスト&パフォーマンス的に考えると絶対に引っかかりたく無い罠を引っ提げて魔宮の改造は終了。
こうして世界一しょっぱいダンジョンが完成したのだが……。
「ど、どうして自ら罠に引っ掛かるの……!?」
魔宮に備わっているスキルの一つ〈遠隔視〉で監視しているとも知らずに、今日もまた一人、単独で活動している冒険者が罠に自ら飛び込んだ。
呻き声をあげながら、片膝をついて蹲る冒険者。
その頰は薄らと上気していて、身を捩っては暫く魔法陣の上に留まっている。
荒い息を吐いてから、ようやくその冒険者は立ち上がって罠から脱出し、魔宮の外へふらふらと出て行く。
こんな奇行を、この冒険者は三日に一回のペースで繰り返している。
彼だけじゃない。
他の探検家だとか冒険者たちも、なのだ。
何故か危険な魔宮に一人でやって来て、物影に間違って設置しちゃった罠を踏んで帰る。
一番人気は、出入り口に最も近いやつだ。
私としては、この吸魔罠を踏んでくれるおかげで魔力が溜まりに溜まりまくって罠を大量に設置できて嬉しいんだけど、いかんせん不気味だ。
あまりのしょっぱさに誰も寄り付かない魔宮を目指していたはずなのに、毎日誰かしら来ている。
そう、これが私が抱えている問題なのだ。
客足が、途絶えない。
何故だ。どうしてなんだ。
閑古鳥が鳴いているお店に行けよ。
ここに来るなって。
毎日、誰かしら来ていてヒヤヒヤするんだよ。
また引きこもりになりたい。
「ああ、コンビニになんか行かなければ、あのまま引きこもれ続けたのになぁ……」
私は、魔宮の奥深くの部屋でため息を吐いた。