4の4 特別な集会
半年に一度ほど、寺の本堂に十人くらいの客人が集まり、特別な集会が催される。
俺は住職に指示された通りに、仏壇の前にスクリーンを張って映写機を用意する。夕刻前には寿司店から鯛の刺身や蒲鉾が届き、やがておっさんたちが集まり酒盛りが始まる。
俺の出番はそこまでだ。後片付けは明朝でいいから、自分の部屋に戻って本堂には決して顔を出すなと住職からきつく言い渡される。
ようやく今日の仕事から解放されたかと安堵して、台所で飯を食って部屋に戻る。
ところが、何度目の集会だったか覚えていないが夜中にトイレに立った時、男しかいないはずの本堂から女の声が聞こえてきた。
その時は気にもしないで部屋に戻ったが、その事が妙に気になって脳裏にこびりついて離れないから、次の集会でこっそり部屋を抜け出して本堂を覗き見た。
薄暗がりの本堂には男が五人いて、仏壇の前のスクリーンに映り出された映像を凝視していた。スクリーンの映像を見て驚いた。なんと、本堂での集会とは恋愛映画の観賞会だったのだ。
呆れて部屋に戻ろうとした時、入口の引き戸が開いておばさんたちが入って来た。そしてスクリーンの前で一列に正座すると男たちが手を差し伸べて、意気投合して酒盛りの始まりだ。
この寺の住職は、密かに本堂を待合がわりにしていやがったんだ。女性は檀家衆の奥様方で、時には住職の女房も参加していた。
それでも、そこまでならまだ許せる。
― 憧れの天使 ―
夕食を済ませた夕間暮れ、禿げと白髪の爺さんが二人で寺にやって来た。
俺は言われた通りに本堂へ案内して、ビールと刺身を卓に供してお酌をしていた。そこに住職がやって来て、部屋に戻って本堂には決して顔を出すなと言い渡された。
俺はピンときたけど、いつもと違って二人の爺さんだけで何が始まるんだろうと気になって、部屋から戻ってこっそり本堂の様子を盗み見た。
住職は仏壇に向かい、瞑目してお経を唱えており、二人の爺さんは黙って啜るようにビールを嗜んでいた。すると、スーッと入口の引き戸がゆっくりと開いて、一人の若い女性が現れた。
誰だろうかと女性の顔を見つめ、じっと表情を見極めているうちにハッとして心臓が止まった。
それはまぎれもない、天使のような笑顔が眩しくて、幼い頃から憧れていた同級生の真理ちゃんではないか。父親を亡くして母の稼ぎだけでは生活が厳しくて、中学を卒業して大阪へ働きに出たと聞いていた。
いつの日か故郷に舞い戻り、バーやキャバクラに勤めて母と弟を養っているという話を後で知った。真理ちゃんが働くキャバクラでは、好色で金払いの良い住職は上客だったのだ。
引き戸をピタリと閉めた真理ちゃんは、二人の爺さんの前に進み出てビールを注ぐ。二杯目を注ごうとしたらコップを手の平でふさがれた。
それが合図であるかのように真理ちゃんは、卓を後方にずらすとサッと腰を落とした。
二人の爺さんは彼女の手を握り両頬に手を添えると、感無量に目を閉じて頬を寄せた。二人の爺さんが老いらくの欲望を満たしている間、住職は静かにお経を唱え続けていた。
二人の爺さんが本堂から出て行った後に、住職は待ちかねていたかのように法衣を脱ぎ捨てた。その刹那、俺は頭に血が上って背筋に電流が走った。
中学校の卒業式の日に真理ちゃんは、俺を見て微笑んでくれた気がした。可憐な瞳はハイビスカスの輝きだった。薄紅の頬は清楚なコスモスの花弁だった。
甘酸っぱい蜜をひそめた花のつぼみが、薄汚い曼殊沙華の毒血に穢される。俺の中では絶対不変の希望の天使が、邪悪な悪魔に穢される。
怒りに震えて住職を撲殺してやりたいと思ったけど、その時は堪忍袋が必死で俺を抑え込んだ。だけど怒りは煮えたぎり、胸の内でくすぶり続けていた。