プロローグ
登場人物の時代背景が昭和であることをご理解ください。 監獄の目的が明かされるまで、ゆっくりお楽しみください。作者が狂っているのか正論なのか、最終章でご判断ください。それでは……。
女郎蜘蛛さえ息をひそめる乱れ雲の夜でした。
男は酔いつぶれて古布団の上に、高いびきでぽっかり口を開いておりました。口の中にゴキブリの死骸を放り込み、包丁の刃先を入れて力いっぱい突き刺しました。絶対に生き返らないように、体重を腕にあずけて突き刺しました。
噴き上げる血潮の色が、カーテンの隙間からもれる月の光に照らされて、赤かったのか青かったのか覚えていません。まだ九歳の小娘だった私には、顔に飛び散る返り血の、どす黒いぬめりの火照りが血の色でした。
涙が頬に溢れて零れ落ちたけど、悔しさなのか、愚かさなのか、分かりません。胸の鼓動を抑えて耳をすませば、閉じ込められた鈍色の空洞から鉛の呼気が溶け出してゆく。
人殺しだとか、悪いことをしたとか、微塵も思わなかった。凶暴な毒虫が一匹くたばっただけ。この日が私の旅立ちだった。
生まれてきたいと考えたわけではないのに、人はこの世に生まれ出てくる。一生分の不幸を背負わされて、不公平の烙印を押されて生まれてくる。苦しみという宿命に、ほろ苦い涙を添えて生かされる。
悪い事をしたら地獄に落ちるぞと、知らない大人にたしなめられた。この世はすでに地獄なのに、これからどんな地獄に落ちるというのでしょうか。