#056――テロリスト11
馬渕は、未だにタンクの上にいた。
彼の動体視力であれば、街灯の下で動いている影汰を正確に目で追える。
だからこそ、頭を抱えていた。事態は急激に動き始めている。
影汰が先に戦闘を開始してしまった為に、恐らく取引は中止になってしまうだろう。
取引が行われる前の全体を映した写真はあるが、証拠としては薄い。
馬渕は影汰について、いざという時でも理性が働くタイプだと認識していたが、今回の件で認識を改めていた。影汰が動き出してしまった原因が、「研究所」にあることは馬渕も理解している。同情の余地はあるが、それでもミスはミスだ。
「長官、影汰が先に動き出しちまった。交戦するしかない状況だ。」
『何があったの?』――阿久津は少しだけ早口だ。焦っているからだろう。
「ネズミが撃ち殺されそうになったのを守った。多分ネズミの出自が原因だろうな。」
『そう…伝えるべきじゃなかったかもね。私のミスでもあるわ。』
彼女の声は、少しだけ暗い。責任を感じているのは、声色から明らかだ。
「今は反省よりも、どうするべきかを考えよう。まだどうにかなるか?」
『そうね…子供たちが入ったコンテナを撮影できれば、何とかなるかも。』
既に全体を映した写真があるので、それと合わせれば証拠として使用できる可能性がある。もっとも、取引最中の写真よりは、遥かに証拠として劣るが。
「それってつまり、このまま突き進めってことか?」
『…そうしましょう。取り合えず衛星写真を見る限り、十分に制圧できるはずよ。でも危険だと思ったら、直ぐに撤退の判断をよろしく。』
「ま、これなら確かに何とかなりそうだがな。」
馬渕はタンクの上から、動き出した豪財会の手下たちを観察していた。
彼らの動きは訓練されたものではあるものの、その質はそこまで高くはない。
おそらく警護の重きは、同伴しているヒーローたちに置かれているのだろう。
だとすればヒーローさえどうにかできれば、この場を制圧するのは難しくない。
今も影汰の周囲にいる者たちは、影汰が覚醒者だと解ると動揺しているようだった。
「さて、それじゃ俺も戦闘に参加するとするか。」
馬渕がタンクから飛び上がると、大きな音を立てながら、タンクはまるで水風船のようにひしゃげて破裂してしまった。
その瞬間、敵は皆一様に、ひしゃげたタンクへと注目した。
影汰は突然聞こえた爆発音の方向から、それが馬渕によるものだと瞬時に理解した。
だからこそ敵に生まれた刹那的隙を、冷静に狙うことが出来た。
晦冥を瞬時に十メートル以内にいる敵へと伸ばす、その数丁度5人。
細く棒状となった闇は、それぞれの敵の丁度鳩尾部分に深く突き刺さった。
一瞬にして5人が戦闘不能になると、それを目撃した他の敵が、一斉に影汰へと銃を向ける。この時には、待機していたヒーローたちも同時に動き出していた。
但し、ヒーローたちが影汰に辿り着く前に、彼らの目前に小石が投石された。
その威力は投げられた石の規模には見合っておらず、地面に貼られたアスファルトをいとも簡単に貫き、更には大量の砂煙を巻き上げた。
ヒーローたちの視界は、ものの見事に塞がれてしまっていた。
それでも最後に影汰が居た位置であれば、彼らの記憶の中にある。
一瞬の躊躇もなく、敵は一斉に銃を乱射した。
凄まじい発砲音が、あたりに響き渡る。敵の手にある自動小銃は、全てフルオートであり、その連射 音が地響きを起こしているようだった。
銃声が止むと、マズルフラッシュの先に広がる景色に、全員が刮目した。
それを目にした瞬間、敵は全員、息を飲んだ。
影汰へと到達する前に、無念にも地面へと落下した弾丸たちが、まるで絨毯のように地面に広がっている。その光景だけで、圧倒的力量差を敵に理解させてしまう。
相手が行動を止めた瞬間、その時を狙っていた馬渕が戦場へと特攻した。
彼は影汰の目前で銃を構えていた敵の後ろを、全力疾走で駆け抜けたのだ。
一筋の風かと見まがうほどのその速度で、通り過ぎるのと同時に敵の後頭部を殴打していった。絶妙な手加減により、敵は意識を失い、その場に崩れ落ちた。
三十人の敵が制圧されるまでにかかった時間は、わずか五分程度だった。
その光景を目撃してしまったスペインマフィアは、直ぐに船に乗り込んで撤退を開始してしまっている。
彼らの数人を捕らえて捕虜にしてしまえば、まともな証拠になるはずだが、それは今倒れている彼らにも言えることだ。
わざわざ追ってまで捕らえようとはしなかった。




