#055――テロリスト10
白くて細長いそれは、大人のおつまみ「チーカマ」だった。
馬渕は意外にも軽食を挟む傾向にあり、それはどんな時でも適用される。重要な任務の時でも、こうして好みのお菓子を持ち歩いているのだ。
「僕の根源で、それを使ってネズミを誘導します。」
「だがどうする?俺たちはカメラで撮影した画像でしか奴らを見れない。上手く誘導するのは、かなり難しいぞ?」
「…恐らくこの広範囲の認識疎外にも、決められた範囲があるはずです。だからあのネズミを所持している男も、その周囲の連中も、不用意に移動できないはずです。つまり、あの男以外の敵の居場所が解れば、何とかなるはずです。」
『…取引まで時間がないわ。やるなら今しかない。でも危険だと思ったらすぐに撤退してちょうだい。あなた達の替わりはいないわ。』
「――了解。」――影汰はそういうと、馬渕の方に視線を預けた。
その視線には、信頼が込められていた。この局面を、二人なら乗り越えることが出来るという、影汰の根拠のない自信が核心にある。
「くそっ、わかったよ。その代わり、俺の指示で直ぐに撤退しろよ?」
馬渕は頭を数度豪快にかきむしると、影汰の方に視線を返した。
少しだけバツが悪そうだが、影汰のことを信じていなければ、できない選択だろう。
「もちろんです。」
再度カメラで全体を撮影すると、馬渕はそれを観察する。
「よし、早速開始するぞ。そうだな…この配置なら、まずはあの倉庫の屋根に行け。お前の根源なら、空中から屋根まで移動できるはず。こいつら、配置的にも高所の警戒が甘いから、そこまで危険なく移動できるはずだ。」
馬渕が指さしたのは、青い屋根の倉庫だった。
頷くと、なんの疑いもなく影汰は行動を開始した。
晦冥を使用し、素早く宙を移動する。闇に紛れつつ、敵の警戒から免れながら。
「馬渕さん、到着しました。」――影汰は、直ぐに報告した。
馬渕は根源により視力を強化することもできるが、強化された視力で見えるようになるのは、より遠くのものだけだ。暗所までは見えない。
『了解…俺の予測だと、まだ届きそうもない感じだな。そのまま右側に降りろ。』
青い屋根の倉庫から、晦冥を使ってゆっくりと降りる。晦冥は音を消すためだ。
『そこからなら晦冥が届くはずだ。最終確認に撮影するから、少し待て。』
馬渕は再度カメラを構え、先ほどまで男がいた位置を撮影した。
『…よし、いい感じだ。倉庫の正面口から見て、二時の方向に晦冥を伸ばせ。そうだな、そこからなら
限界まで伸ばしても大丈夫だ。もちろんチーカマも添えてな。』
「了解。」――なんか料理の名前みたいだなと、影汰は思った。
指示通りに晦冥にチーカマを持たせ、ゆっくりと伸ばしていく。
やがて限界地点まで伸ばすも、道中何かに当たったかのような感覚はなかった。
――そして、それは起きた。
限界まで伸ばしてすぐに、認識疎外が消えたのだ。
まるで、濃霧が突然消え去ったかのように、唐突に二人の視界は開けた。
影汰は晦冥により、非常に夜目が効く。その為、直ぐに晦冥にネズミが寄ってきていることに気づいた。上手く晦冥を動かし、そのままネズミを誘導する。
しかし、敵も自分からネズミが離れたことに気づいてしまった。
「んあっ!?急にどうしたってんだ!?」――男は数歩前に出て、ネズミを止めようとした。もちろんネズミなので、素早く動き回っている。簡単には捕らえられなかった。
「何やってやがる!?」――仲間の不手際に、周囲の敵も気づき始めてしまった。
「根源が暴発する前に、直ぐにネズミを撃ち殺せ!」――仲間の怒号が飛び交う。
この言葉を聞いて、影汰は阿久津の話を思い出した。
覚醒獣は、安定性が低いために採用されなかったという――あの話を。
先ほどまでネズミを所持していた男が、即座に拳銃を取り出す。
ネズミと男の距離はおよそ五メートル程度。素早く動くネズミを撃ち抜けるとは、とても思えない。
それに、たかだかネズミ一匹ここで殺されようとも、認識疎外がなくなり影汰にとっては好都合であるはず。
しかし、それでも彼の脳裏には、ネズミの出自が思い浮かんでいた。
研究所で生まれたという――その出自が。
自分と同郷であるネズミに、影汰は同情してしまっていた。
そして――
「…皆、ごめん。」――影汰は晦冥により、ネズミを包み込んでしまった。
最善の未来よりも、ネズミ一匹を選んだのだ。
それは彼の優しさでもあり、甘さでもあった。
ズガンッという音と共に、拳銃から放たれた弾丸は、晦冥により無事弾かれた。
突如地面に生まれたその闇の球体に、男は首を傾げる。
何事かと近づこうとするも、それを周りの仲間たちが止めた。
「動くな!それは恐らく…根源だ。」――察しの良い一人が、影汰の存在に感づく。
三人が集まり、それからゆっくりと闇へと近づいた。
――そして、突然空から、それは飛来した。
男たちの背後に、一人の少年がほとんど音もなく舞い降りる。
彼らは、その存在に気付くことなく、依然目前にある闇の球体を眺めていた。
瞬間、それは起きた。彼らの目前の闇から、突如棒状の闇が伸びる。
それらは正確に人体の急所である三人の喉を突いた。潰れるか潰れないかの絶妙な手加減で実行されたそれは、数秒間だけ三人から声を奪った。
突然喉に生じた痛みに驚き、三人は反射的に喉を抑えようと手を動かす。
だがしかし、それはあくまでも声を奪う為の陽動であり、本命は背後にいる行使者に会ったのだ。彼は即座に闇を手に纏わせ、三人の後頭部へと振るった。
的確に急所を狙ったその一撃は、いとも簡単に男たちから意識を奪ってしまった。
これらは、たった一秒間に起きた出来事である。
書き続けてます。
投稿してないだけです。
ごめんなさい。




