#054――テロリスト9
「…かなりでかいな。」――馬渕が小言を漏らす。
一目見て影汰も同様の印象を受けたが、それは船のサイズのことだ。
人身貿易とはいっても、数人を小舟に乗せて――という情景を想像していた為に、港につけている船のサイズに驚いていた。
外観は完全に貿易船であり、いくつものコンテナを乗せている。
仮に大きな船を使用する場合、数人を小舟に乗せてからその船に合流するのがセオリーであるはずだが、今回の人身貿易はそれでは賄えない規模なのかもしれない。
もちろん優秀な根源にかまけて、油断している可能性もあるにはあるが、豪財会がこれまで繁栄を続けてこれたのも、知力のおかげであるはず。
敵の油断という可能性は、限りなく低い。
船の周りには、スーツを着た者達がいる。
しかし、カメラの小さなモニターでは、流石に国籍までは判断できない。
事前に碇が調べたところによると、今回の貿易相手国はスペインである。
但し、今日現場に来ている者たちは、スペインの「マフィア」だ。
国と直接の繋がりがあるマフィアらしく、彼らは運び屋を務めている。
万が一取引が露出した場合、カニが足を自切するように、彼らを切り離すのだろう。
マフィアの裏取引として処理をすれば、なんの違和感もない。
船から更に離れた場所には、取引相手である日本人が幾人かいる。総勢は三十人程度であり、影汰一人でも、または馬渕一人でも御しきれるだろう。
もちろん覚醒者が紛れている可能性もあるので、一概には言い切れないが。
精神操作系の覚醒者が、どちら側の人間かは分からない。
二人は少しでも情報を逃さない為に、真剣に観察を続けていた。
そんな中で最も目立つのは、ヒーロー達だった。研究所の時のように、彼らも数人来ているようだ。
裏取引への加担は、明らかな犯罪だが金に目が眩んでいるのだろう。
『今調べてみたけれど、ヒーローはシロね。この場にいる三人全員が根源を公開しているけれど、どれも精神操作系じゃないわ。』
ヒーローたちは、全員候補から外れてしまった。
もちろん三人いることに関しては警戒すべきことだが、今は放置するしかない。
すると影汰が、突然口を開いた。
「…これ、見てください。ここです。」――影汰が画像の一部をズームした。
馬渕もその場所に焦点を当てる。
「…うん?こいつの何がどうしたんだ?」
影汰が指し示す場所には、特に不思議な箇所はない。
強いて言うのなら、その場所には一人だけ男が立っている。
「そう、その男です。小さくて非常に解り辛いと思いますが、胸ポケットをよく見てみて下さい。」
――影汰が画像をもう少しだけズームする。
馬渕は余りに小さなそれを見るために、目を細めて焦点を絞った。
「これは…白いネズミか?胸ポケットにネズミ?確かに違和感はあるが…まさかこいつが覚醒者だとか言い出さないよな?」
馬渕は明らかに苦い顔になってしまった。焦れば二人が死ぬことになる。
間違った相手を襲撃してしまえば、無駄なリスクを背負ってしまう。
「一説には、ルートの感染拡大を補助したのが、ネズミだと言われています。」
「…は?」――馬渕の表情は、明らかに芳しくない。
何を言ってんだ、この馬鹿は――という心理状況がよく表情に現れていた。
「いや、つまりですね。そもそも覚醒者が人間だけだと考えることに、違和感があるのかもってことですよ。それによく考えて下さい。あの白くて小さなネズミを、この場所に連れてくるメリットは、明らかにないでしょ。」――影汰は困り顔でそう言った。
「ネズミが…覚醒者。…若いだけあって、発想が柔軟だな。次に期待してるぞ。」
馬渕は頭を数度横に振ると、再度一眼レフの小さなモニターを眺め始めてしまった。
『カズ、頭から否定するのは、まだ早いわ。その男の周り、何か違和感がない?』
「んあ?」――突然入った阿久津からの無線に、馬渕は驚いていた。
それでも直ぐに、先ほど影汰がズームした箇所へモニターを動かした。
「…銃か。」――一度冷静になると、馬渕は直ぐにそれに気づいた。
男の周囲にいる者たちは、サブマシンガンを携帯しているというのに、男は銃を携帯している様子がない。但し、それは手に持っていないというだけで、馬渕はこのネズミを連れた男が、服の下にハンドガンを所持していることに気づいていた。
周りに比べ、明らかに銃の質が悪い。恐らく彼は、戦闘目的で銃を持っているのではなく、ある種の保険のようなものだろう。戦闘が始まれば、逃げることを優先するはずだ。
「あいつの目的がそもそもネズミの警護なら――だから軽装備なのか。確かにそう考えると、説得力が増すな。」――馬渕は顎に手を当て、男を観察し続けている。
『ダメ押しの情報が今入ったところよ。碇君の調査によると、影汰君が過去に所属していたような研究所に、覚醒者のネズミの情報があったわ。人間よりも比較的安価に作れるから注目されているみたいだけれど、何でも安定性に欠けるから、戦力としては期待されていないみたい。呼称は――覚醒獣、そのままね。』
「いよいよビンゴかよ。でもどうするんだ?あんなちっこいの…流石にどうすることも出来ないぞ?」
――どうしようもない現状に、馬渕が少しだけ苛立ちをみせる。
「そうですね。ネズミである…という点を利用することは出来るのかも。」
『影汰君の言う通りね。動物が安定しないというのは、つまりはそういうことよ。ネズミは知能が低いから、簡単に陽動できそうね。』
「…どういうことだ?」――馬渕が首を傾げる。
「つまり、馬渕さんが活躍するということです。アレ、今日も持ってますよね?」
影汰の表情から、馬渕は彼が何を考えているかを察した。
「…おいおい、それは…まずいな。」
影汰は馬渕の方へと、右手を開いて伸ばした。彼をそれを見つめると、数舜間を開けてから、ようやく影汰の手に「アレ」を乗せた。




