#053――テロリスト8
丁度一週間後、影汰と馬渕は新磯子町まで来ていた。
周辺地域は元々工場地域だった為、その名残がある。
もちろん今は夜遅く、街灯が道を照らすだけで、周囲は薄暗い。
元々ここ新磯子町は、非常に人口が少なく、その総数は公開されていない。更にこの新磯子町にあった工場内で、ルートのクラスターが発生。その後も感染者数が拡大し続けた為に、現在はこの一帯に工場、または会社を構えていた企業は撤退してしまっていた。
当時ほとんどの港は、既に大企業の工場や漁港で埋まっていた為、それらが撤退した好機を逃さず、豪財会はこの土地を狙ったのだろう。碇は、そうした港に常に情報の網を張り、調べていたのだ。今回の作戦も、その成果によるところが大きい。
『こちら阿久津。通信状態は?』
馬渕と影汰は、無線を携帯している。
イヤホンタイプで常に耳につけられる、非常に小型化された高級品だ。
「良好だ。」――馬渕が答えた。
『了解。現時刻は二十三時三十分。予定通りであれば、そろそろ港に動きがあっても可笑しくないと思うけど、現状報告をよろしく。』
「…残念ながら、現状なんの動きもない。特に違和感があるのは、船すらこの場所に到着していないってことだな。」――馬渕は周辺を確認し、阿久津に伝えた。
二人が今待機しているのは、とある工場跡地の、その屋上である。
円柱状のタンクが撤退後も残されており、その上に待機していた。影汰の晦冥で闇を霧散させれば、周囲に溶け込める為、二人を見つけるのは困難である。
『――そう、おかしいわね。今碇君に衛星写真を確認させるわ。そのまま待機して。』
「了解。」――馬渕は最低限の会話を終え、視線を前方に戻す。
影汰も同様に観察を続けているが、一向に変化はない。
「可笑しいですね。…そもそも情報が違うとか?」
「あぁ、可能性は…いや、待てよ。これは…ガソリンの匂いがするな。」
馬渕の表情が、一瞬にして険しいものに変わる。即座に周囲を見回すも、未だに変化は一切ない。すると丁度そのタイミングで、無線が入った。
『もしもし、お待たせ。衛星写真と状況報告が食い違ってるわね。写真で見ると、既に船は到着しているみたいよ。』
「こっちもガソリンの匂いにようやく気付いたところだ。こいつはまさか。」
『そのまさか…ね。認識疎外が出来る覚醒者がいる可能性が高いわ。まあ隠蔽もせずに堂々と取引するわけないか。』――阿久津が馬渕よりも先に結論を出した。
「精神操作系の覚醒者か…かなり厄介だな。それも一定範囲丸ごと精神操作するともなると、それこそかなり強力な覚醒者だ。どうする?」
『そうねぇ。範囲干渉ができる覚醒者は、根源の幅が狭いとよく聞くわ。恐らく出来ることは認識疎外だけだと思うから、衛星写真から位置を割り出せないか試してみる。』
「了解…取引が始まる時間も近い、至急頼む。」
馬渕が急かすのも無理はない。
取引が行われるまで、残り三十分もない。取引が行われる予定時刻は、二十四時だ。
数分経った後、直ぐに阿久津からの無線が入った。
『…駄目ね。流石に衛星写真からじゃ、誰が覚醒者かまでは解らない。…それに、衛星画像の次の更新は、丁度一時間後になるみたい。待っていたら、取引が終わっちゃうわ。』
「まずいな。何か手はないのか?」――馬渕に多少、焦燥の色が現れ始める。
すると冷静に、阿久津が別案を提案した。
『方向を指示するから、現地で直接撮影してもらって、その画像から割出すしかない。携帯は逆探知されるから、預けておいた送信機でこちらに画像を共有して。』
完全に上からの画像である衛星画像よりも精度は下がるが。
それでもできる限りの努力をするしかない。
「了解した。」――馬渕は持ってきたカバンから、一眼レフを取り出した。
フラッシュは使用できないが、夜間でも少ない光を取り入れることのできる、非常に高価な品である為、撮影には支障ない。
「準備完了。指示を頼む。」――馬渕は静かにカメラを構えた。
『了解。今あなた達のいるタンクと、一番近くの海側にある倉庫を直線で結んだ先の位置の海付近よ。そこを撮影してみて。』
「…あの青い屋根の倉庫か?」
『間違いないわ。』
馬渕は直ぐに撮影を開始した。およそ十枚ほどの画像を撮影した後、カメラからマイクロSDカード
を取り出し、それを影汰に預ける。
影汰は旧式の無線機に近い形をした送信機に、馬渕から預かったSDカードを挿入し、画像を阿久津に共有した。
その後、SDカードを馬渕へ返し、一眼レフのモニターで現状を確認する。
認識疎外されているのはあくまで二人の脳であり、機械により投影された画像にまでは根源は影響できない。
その為、撮影された画像からならば、二人も状況を確認することが出来る。




