#052――テロリスト7
二人は本部から離れ、通学路を進んでいた。
それは間違いなく当たり前の日常であり、二人が渇望していたものだった。
だがそんな当たり前の中で、花音の表情は、唐突に真剣なものに変わる。
「お兄ちゃん、また危険な場所に行くんでしょ?」
「えっと…うん、そうだね。」――影汰はあえて誤魔化さず、正直に答えた。
「はぁ…待ってる身にもなって欲しいよ。私…本当は不安なんだよ?」
花音はそういうと、地面の小石をつま先で蹴飛ばした。
小石はころころと転がり、直ぐに止まってしまった。
「…ごめん。でも、どうしても必要なことなんだ。」
「…うん…そうだよね。」――花音は寂しそうに答える。
一度家族を失った二人にだからこそわかる、苦しい場所を現実がつつく。
「私ね、勉強もきっと他の子たちよりは出来ないし、運動だってほとんどやってこなかったから、学校に行っても、きっと何も自慢できることなんてないんだ。」
「…何を言ってるんだよ。そんなこと、あるわけがないじゃないか。」
影汰にとって花音は、自慢の妹である。
仮に彼女がいじめられることになれば、容赦なく自分の力を行使する気でいた。
「うふふ、ありがとう。でもね、そんな私でも、ちゃんと自慢できることが、一つだけあるんだ。」
――何故か花音は、少しだけ嬉しそうにそういった。
花音の自慢できるところなど、影汰からすればいくらでもある。
「優しい所?それとも実は料理が出来るところ?まさか可愛い所か?いや、待てよ、さては最近、背が少しだけ伸びたこととか?」――影汰は、思いつく限りを列挙した。
すると花音は少しだけ目を見開いて、影汰の方を見た。
どうも正解を言い当てたようだと、影汰は確信した。しかし――…
「あはは、お兄ちゃん、きしょーい。」――満面の笑みで、花音はそう言った。
影汰の精神は、一撃でズタボロになってしまった。
その瞬間から、車が高速で走る道路が魅力的に見えたほどだ。
そんな傷心の影汰に、花音は優しく声をかけた。
「全部違うよ。正解はね…」
花音は勿体ぶると、影汰よりも少しだけ前に出て、振り返った。
「最高のお兄ちゃんがいること…だよ!」
黒くて綺麗な髪の毛が風に揺られる。
彼女は顔にかかった幾本かを、右手で耳にかけようとする。
朝陽を存分に浴びる彼女の笑顔は、どこか影汰にすら眩しく感じた。
「だからね…約束して。必ず無事に、帰ってくるって。」
――その表情には、いつの間にか不安の色が現れていた。
「うん、約束するよ。(…必ず僕が…)」――影汰の言葉は、後半から小さくなった。
「うん!絶対に約束だからね!」――花音は、小さな後半には気付かず、笑顔で答えた。
影汰は自身の拳を、力強く握りしめていた。
――必ず僕が、花音が笑顔でいられる未来を創るよ。
そんな言葉が、今日この瞬間の花音の笑顔と共に、影汰の胸に刻まれた。
◇◇◇
影汰と馬渕は、再度会議室に呼び出されていた。
今日は碇も、また蓮見すらもいない。阿久津だけが、静かに席に座っている。
二人もまた、彼女から少しだけ離れた席に座った。
「よく来てくれたわね。わかっていると思うけど、例の人身貿易まで、残り一週間を切ったわ。先日の会議では解決しなかったことについて、それぞれ案を聞かせてくれない?」
先日の会議で解決しなかったこととは、シャイニングについてである。
シャイニングと豪財界は、深い繋がりがある可能性が高い。
人身貿易を襲撃すれば、また戦うことになるだろう。
しかし、戦闘面においては馬渕と影汰の二人に任せるしかなく、先日の会議の主題は、人身貿易に関することだけだった為、具体的な対策を練れていなかった。
「…前回の会議以降、ずっと考えていたんですが…。」
影汰が話始めると、二人の視線が彼に集まった。
「光と闇は表裏一体っていいますよね?だからシャイニングが僕にとって天敵であるように、シャイニングにとっても僕が天敵だと思うんです。」――影汰は、慎重に話す。
二人は関心を持ったようで、続きを促すように、頷きを返事とした。
「だから僕の攻撃が通用しないってことは、ないはずなんです。そこで、先日僕は高威力の攻撃を編み出しました。ただ、それは必中と呼ぶにはあまりにも頼りないので、ほんの少しだけ相手の隙が必要になります。」――影汰は、ちらりと馬渕を見た。
しかし、馬渕の反応は余り芳しくない。好戦的な彼には、珍しいことだった。
阿久津も影汰と同じ印象を受けたのか、馬渕を疑問気に見ている。
「いや、戦うだけならいいんだが、隙を作るってのと戦うってのは、また違くてな。影汰は見ていたから知っていると思うが、シャイニングは全力の俺よりも速く動ける。そんな相手から隙を生み出すってのは、めちゃくちゃ難しいんだ。」
流石の馬渕でも、少しだけ苦い顔をしている。
「まぁ決死の覚悟があれば、何とかならんこともないが…少数精鋭を謳っておいて、最初からギャンブルってのもな。」
馬渕が珍しくつらつらと正論を並べるので、二人は少しだけ驚いていた。
そんな二人の表情から感情を察したのか、馬渕はどこか悲しそうだ。
「取りあえず、最終手段としてはありだと思う。だがな、もう少し安パイな方法はないかか探らないか?」――最終的には、馬渕はしっかりと提案までする始末だ。
「隙を作る…ねぇ。う~ん…今回の取引場所は、新磯子町…だったわよね?」
「間違いないです。碇さんの情報によると、今は工場が数個あるだけで、廃墟地区ってわけじゃないですけど、取りあえず人は、ほとんど住んでいないはずですね。」
影汰が持ち前の記憶力を発揮し、改めて情報を並べなおした。
「それなら囮作戦と行きましょうか。私の根源に関しては、まだ彼らには伝わっていないはずだから、それを利用しましょう。」 ――阿久津がニヤリと笑った。何か名案があるようだ。
二人は一瞬の隙を生み出す為のその作戦を阿久津から聞き、驚愕する。
「もっとも、最悪の場合の話だけどね。…出来ればシャイニングとは交戦したくない。でも豪財会と彼に繋がりがあるのなら、最悪の場合は想定しておかなくちゃね。」
阿久津の表情は余り芳しくない。
恐らく彼女も、シャイニングを最大限警戒しているからだろう。
それはこの場にいる三人共に、共通して言えることだった。




