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#だから僕は、ダークヒーローになった  作者: 木兎太郎
【第一部 #だから僕は】
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#004――実験2


 ――福部は、女性の研究員を見た。


「藤堂君、いつも通り頼んだよ。」

 ――福部の表情は、突然無表情に戻った。

「はい、分かりました。」

 ――そのせいで、藤堂は少しだけ表情が引きつってしまった。


 彼女は椅子から立ち上がると、扉を開け影汰のいる部屋へと向かった。

 四肢を拘束している革ベルトを外し、少年に肩を貸して起こす。

 少年は藤堂に、力なくその身を預けてきた。

 まるで大きな人形を支えているかのように思えるほど、彼の体には力がない。

 それほどまでに、影汰は追い詰められていたのだ。肉体的苦痛に、足腰を抜かすほど。


 弱り切っている影汰を、藤堂はとある部屋に連れて行った。

 彼女が向かったのは、この研究所の最重要施設の内一つ、治癒室だった。

 彼女は影汰を抱きかかえ、治癒室の扉を開いた。

 カーテンに囲われたベッド、事務用に思える机、どこか既視感のあるその内装は、まさしく学校の保健室に近い。


 そして、そこにいたのは、まだ少女と呼んでも差支えのない子供だった。

 短めの黒髪をボブヘアーにまとめ、その瞳は少しだけ大人びている。

 医者のような白衣に身を包んでいる。


「今日もお願い。」――藤堂は、少女に声をかけた。

「はい。」――少女は非常に短く返事をした。


 藤堂が影汰をベッドに寝かせると、そこに少女が椅子を寄せる。

 そして、弱り切った影汰の胸に、そっと手を乗せた。

 手元が一瞬輝くと、影汰の苦しそうな表情が、少しずつ落ち着き始める。


「ご苦労様。」――藤堂は、なるべく明るく少女に声をかけた。

「いえ、仕事ですから。」――少女は、端的にそう答えるだけだった。


 居心地の悪い時間が少しだけ流れ、藤堂は席を外すことを選択した。

 この研究所の子供たちは、全員被検体だ。

 悪く言えば――「被害者」でもある。

 だからこそこうして、白衣を着た研究員たちに良い感情を抱いている者はいない。


 藤堂が部屋から出ると、少女と影汰だけが室内にいる状況になった。

 少女が少年の容体を確認しようと、彼の方を見る。

 すると彼は、力なく倒れていた先ほどまでとは違い――ベッドに横たわった状態はそのままだが――いつの間にか瞳を開け、天井を見上げていた。

 その瞳は無機質で、どこか他の子どもたちとは違う。


 少年がこの場所に来たのは、初めてではない。しかし、こうしてはっきりと目を開けているのは、今までにはなかったことだった。

 もしかすると、この研究所で行われている非道な実験に、来てたったの2週間程度で――この部屋へ来るようになったタイミングから、少年の入所時期は推測できる――対応し始めているのかもしれない。


 少年のそんな態度は、この味気ない研究所で、少女の好奇心をくすぐった。

 なにせそんな子供は、今までに一人たりともいなかったのだから。

 少女は何の気まぐれか、普段はしないようなことをする気になった。

 とはいっても、何もそこまで大それたことではないが。ただ単に、声をかけるだけだ。


「大丈夫?」――少しだけ遠慮がちに、少女は声をかけた。

「…君のおかげで。」――淡々と、業務連絡のように少年は答えた。


 少しだけ間が空いたが、返事が返ってきただけでも、少女からすれば意外だった。


「あなた、名前は?」――少女は更に気まぐれを続行した。

「…4530430168118だよ。」――影汰はまた淡々と答える。

「ぷっ…あははははははは…そう、たまには気まぐれで聞いてみるものね。」


 影汰は、随分大人びた話し方をする少女だと思った。

 どこか自分に似ているような、達観している座った瞳。

 彼女に、少しだけ親近感が沸いたことは確かだった。


「何かおかしな返答だったかな?」――だからこそ、影汰も質問を返した。

「えぇ、おかしいわよ。みんなここでは、元の自分であろうとするのに、あなたは商品であることに努めているのね。普通、本名を答えると思うわ。」

「あぁ…なるほど。確かにそうだね。でも本名は――もう意味をなさないよ。」

「…残念ながら、その通りね。」


 影汰はそう考えていたから、あえて彼女に名前を聞くようなことはしなかった。

 きっと名前を聞いてしまえば、自分と同じように、あの頃を懐かしく思うはずだから。

 当たり前に家族がいた、あの頃を。

 もっとも、影汰の家族に温もりはなかったが。


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