#043――救出作戦4
既に碇から研究所の内部構造は聞いているので、迷うことなく先へと進む。
やがて五分もすれば、目的の部屋へと辿り着いた。
扉は既に開いており、中には馬渕がいるはず。
「来たか?」
中から馬渕の声が聞こえる。つまり、中の安全は確保されているのだろう。
影汰はそのまま治癒室へと入った。構造は影汰のいた研究室と同じであり、その光景にどこか懐かしさを覚えた。
「…大丈夫か?」――馬渕は心配そうに影汰へと声をかけた。
影汰の表情は、どこか辛そうだった。
「いや…すみません。来てくれそうですか?」
――影汰は話を逸らし、本題に戻した。
「芳しくないな。どうも彼女は、一緒に来たくないらしい。」
影汰は馬渕から視線を外し、治癒師の少女見た。青い髪をショートボブにまとめた、非常に綺麗な少女、それが影汰の感じた第一印象だった。
「…私は…救われる価値なんてないから。」
――少しだけ俯き、彼女はそう言った。
どこか聞いたことのあるその発言は、影汰に懐かしさを覚えた。
影汰は、治癒師の少女に最初にかける言葉を、既に決めていた。
「…名前は?」
――出来るだけ表情が優しくなるよう気を付け、影汰は彼女に質問した。
「…4902775042727…です。」――彼女はそう答えた。
「ハハハ、そうだよね。…そうだな、僕の名前は黒音 影汰っていうんだ。だから、もう一度だけ聞かせ欲しい。君の本当の名前を。」
「私の…名前は…。」――彼女は涙を流しながら、口ごもる。
ここに来る前の光景を、懐かしく思ったからだろう。更に影汰は、言葉を紡いだ。
「…辛かったよね。ここにいて、誰かを治すってことは、傷つけることと同じで。傷ついて戻ってくる子供たちを治療する度に、苦しめているんじゃないかって。だから自分には救われる価値なんてないって、そう思ってるんだろ?」
少女は流す涙を、更に増やした。その表情は崩れ、今は俯いてしまっている。
「そう、だから…私は……。」
「――だから君は、救われるべきなんだ。」――彼女が何か言い終わる前に、影汰が断言した。彼の瞳は自信に満ち溢れており、その視線が少女の心を少しずつ動かし始める。
「僕にも別の名前があって…僕のもう一つの名前は、4530430168118。君たちに救われてきた一人なんだ。だから僕なら断言できる。君は彼らはを苦しめて来たんじゃない。救ってきたんだ。」
影汰は少女の視線を、真正面から受け止めた。一瞬たりとも、彼女から視線を逸らすことはない。
「…私は…救われても…いいんですか?」
「君に後必要なのは、差し伸べられた手を、握る勇気だけだ。」
そうして影汰は、少女へと手を差し出した。
彼女は恐る恐る影汰の方へと手を伸ばす。その指先は、微かに震えていた。
――そして、やがて影汰の手を、強く握り返した。
「…ありがとうございます。」――影汰は馬渕へと視線を変えた。
「安心しろ。彼女は俺が必ず連れ帰る。だから、行ってこい。」
少女は二人の会話の意図が理解できず、小首をかしげた。
「先へ行っていて。直ぐに後から追いかけるから。」
影汰は少女にそう告げると、真上へ右手を上げた。そこから闇が放出され、屋上まで貫通する空洞が、一瞬にして出来上がってしまった。
馬渕は少女を抱き上げると、根源を発動し、影汰の作った大穴を飛び上がった。そのまま屋上まで到達すると、影汰に視線を合わせる。お互いに頷くと、馬渕はやがてこの場所から離れて行ってしまった。
「ここからは僕のエゴだ。」
影汰はそこから更に、研究所の奥へと進んでいく。
彼が向かったのは、被験者たちの収容所だった。
晦冥を用いて、彼らを隔離する扉を全て一斉に破壊する。
突然壊れた扉を、被験者たちは茫然と眺めた。
そして影汰は、彼らに声をかける。
「僕に出来るのはここまでだ。後は君たちで決めるといい。外に出て自由に生きるもよしこの場所で永遠に囚われるもよし。ただ、もしもこの研究所で世界が嫌いになって、悪事を働くするのなら、その時は僕たちは敵対する立場だ。」
扉から出てきた一人の被験者が、影汰に語りかけた。
「お前は…一体?」
――その視線に敵意はないが、どこか恐れるような表情だった。
「――ダークヒーロー。」――影汰はそこまで告げると、もう一度真上に根源を発動し、屋上まで続く大穴を開けた。
そのまま晦冥で、真上へと飛び上がる。
被験者たちの視線の先には、闇の微粒子だけが残った。




