#038――学園1
影汰がダークヒーローを趣味にしてから、月日が過ぎ、やがて一年が経過した。
彼は今年で十六歳になる。
そんな年の春、時に時間というものは、急激に加速するものである。
あくる日の朝、一階の食堂に影汰と花音、それに阿久津と馬渕が偶然揃う機会があったのだ。食堂にある大きな机を四人が囲んでいる。
目前に並ぶ食事を口に運びながら、阿久津が唐突に口を開いた。
「そういえば影汰君、今年で十六歳になるわよね。」
――彼女は、ちらりと影汰を見た。
まるで唐突にそれを思い出したかのような、自然な話口調だった。
「あぁ…確かにそうですね。もうそんなに経ちますか。」
自分がパラダイム零に所属してから二年が経過したという事実に、影汰自身も驚いていた。得てして流れる時というものは、誰かに言われるまでは実感し辛いものだ。
「なら学校に行きなさい。もちろん花音ちゃんもね。」
――提案ではなく、それは明確に命令だった。
そして、阿久津の提案と共に、何故か馬渕もにんまりと笑っている。
「――?」――唐突な命令に、影汰は眼を見開きつつ阿久津を見返した。
隣に座る花音もそれは同じだ。一度商品にまで落ちた自分たちが、そんな当たり前のことが出来るわけがないと、勝手に考えていたからこそだ。
「もちろんただの生徒としてじゃなく、潜入任務も兼ねてだけどね。」
阿久津はそう言いつつも、影汰に向けてウインクをした。それが意味するところを理解できないほど、影汰は愚かではない。つまり、気を使われたのだ。
「ありがとう…ございます。」
残念ながら影汰は、研究所時代に学校教育の範囲は学習し終えている。
しかし、花音はそうではない。
小学校終盤以降の知識は、何も得ていないのだ。
彼女に教育が必要であることは明らかだった。
その場が学校であるのなら、それこそ望ましい場所である。
「私…学校に行けるんだ。」――花音が非常に小さな声で、嬉しそうに呟いた。
非常に小さな声ではあったが、この場にいる者たちは全員只者ではない。
その小さな囁きですら、全員の耳に届いていた。机を囲む花音以外の三人は、ほっこりした表情になり、彼女を眺めていた。
花音の発言から、とりあえず学校へ行くことは確定として、影汰は阿久津の発言から気になる箇所を抽出することにした。
「ちなみに「潜入」…っていうと?」
「簡単に説明すると、入学してもらう学園の理事長が、豪財会のメンバーなのよ。」
「ッ!?」――言葉にならない驚きが、二人を襲った。
「もちろん学校で直接何かして来いってことはないけど、一応動向を監視して欲しいのよね。例えば彼らに都合のいい教育が行われていないか…とか。」
――教育は洗脳である。
そんなパワーフレーズを、影汰もどこかで聞いたことがあった。
一見必要な学習に思えても、ある思想が介入していたりする場合、学習する子供たちはその事実に気づくことはない。
最も自然に対象を洗脳する方法とは、学校という環境を用意したうえでの教育である。
それは違えようのない真実であり、影汰も深く理解していた。
「ま、とりあえずは楽しんできなさい。あなた達が手放してしまった普通の日常を。」
阿久津は神妙な顔つきになった二人に、明るく声をかけた。この二人は(特に花音は)心底真面目であり、言葉を額面通りに受け取りすぎるきらいがある。
確かに目的はあるが、阿久津はこの二人に人生を楽しんでほしかった。もちろんどこかの誰かに提案されたからという要因もあるにはあるが。
革命だけにとらわれ、犠牲心の上に全てを築きあげても、そこに残るのは虚しさだけである。革命の後に何をなすかも、重要なのだ。
彼女はとある経験から、その事実を熟知していた。
「でも…そもそも学園に入学することは可能なんですか?」
影汰の場合、高等学校へ入学。
花音の場合、中学校へ編入することになるはずだ。
もちろん二人ともそれに向けた学習などはしていない為、普通に考えれば入学――花音の場合は編入――することすら困難であるはず。
しかし、この問いかけに阿久津は笑顔で即答した。
「ねぇ、ご存知?この世界の大体の事柄は、経済崩壊と豪財会のおかげで、お金で解決できるようになったのよ。」
つまり、バリバリの裏口入学だということだ。
流石にこの回答には、兄妹も苦笑いで返すしかなかった。
余談ではあるが、二人は現在パラダイム零の資金によって生活している。
豪鬼での依頼を受けることもほとんどなく――極稀にマスターから直接依頼されることがあり、その場合は請け負っている――修行に明け暮れる日々だ。
「でも…花音に今から足りない分の勉強を教えるのは…。」
影汰は何か妙案がないか、二人の方を見た。
花音は現状小学生高学年程度の学力しかない。本当に基礎の基礎しか、知識がない。
その為、仮に編入できたとしても、授業についていけない可能性が高い。
「それなら問題ないわよ。彼女には、ある程度私から勉強を教えておいたから。」
何も聞かされていなかったので、影汰は目を見開いて驚いた。
そして次に、花音の方を見て真偽を確認した。
するとこの類稀なる美少女は、頷くことを返事とした。
確かに影汰は日夜修行に明け暮れており、同じ屋根の下に暮らしていても、花音と一緒にいる時間はそこまで多くはなかった。
まさか空いた時間に勉強をしているとは、影汰も考えてすらいなかったのだ。
「花音…なんて出来る子なんだ。」
――影汰は感動し、涙をふく素振りをしている。
「や、やめてよお兄ちゃん。」
――そんな彼の言葉に、花音もまんざらではなさそうだ。
「はいはい、禁断のイチャコラは止めて、早速要点を伝えるわよ。」
問題の全てが解決し、阿久津が話を本題へ戻した。
それから兄妹は、彼女から入学にあたり必要な情報を聞き入れた。
更に数日後、事は想像以上に順調に運び、二人は無事に入学することとなった。




