#030――修行4
少しだけ憂鬱な気分ではあるのの、影汰は本部まで辿り着いた。
暫くは修行の日々が続くらしい。それに修行内容がかなりハードだ。
彼が憂鬱な気分になるのも、ある意味仕方のないことなのかもしれない。
とりあえず中へと入る為に、インターホンを操作する。
マンションなどの入り口によくあるナンバー式のインターホンが設置されており、とある番号通りに押すと、阿久津のいる長官室へと繋がる仕組みだ。
「915684…だったはず。それにしてもこの番号、一体何を表しているんだ?語呂合わせでもないし、覚えにくいんだよな。一体何なんだろうか。」
ピーン・ポーン、という聞き馴染みのある音が鳴った。
すると、直ぐに阿久津が出た。
『スリーサイズよ、私の。』
「え?」――少しだけ高い、素っ頓狂な声が影汰から漏れ出した。
『だから、インターホンの番号は、私のスリーサイズだと言っているのよ。』
非常に淡々と、乙女のトップシークレットを阿久津は公開した。世間話よりも気軽に話すので、影汰は照れることすら出来なかった。ある意味、脳は揺さぶられたが。
影汰が動揺から静止している間に、阿久津は更に影汰を動揺させる情報を付け足した。
『どうぞ、入って――後ろの妹さんも良ければ一緒に。』
「は?」――あまりに唐突な発言だった為、影汰の表情には人間味がない。
花音は家にいるはずだ――そう思いつつも、影汰はゆっくりと振り返った。
するとそこには阿久津の話通り、妹の姿があった。
どうやって阿久津が花音の存在に気づいたのかは不明だが、恐らく監視カメラでも設置されているのだろう。
「ご、ごめんね。」
――花音は気まずそうな表情で、影汰にぺこりと頭を下げた。
「花音…そうか、来ちゃったか。」
一瞬叱りつけようかとも思いはしたが、直ぐにそのアイデアは却下された。
花音は、基本的に頭がいい。理由もなくこうして付いて来るような子供ではないのだ。
恐らくついてきた理由は、影汰自身にある。彼の表情などからその疲れや憂鬱な心をしっかりと感じ取ったのだ。そして、それが影汰には理解できた。
責められるべきは、弱さを見せてしまった影汰自身だ。
パラダイム零の件は、花音には隠しておくべきではあったが、もうそれは叶わない。
それに、何が正解かは影汰にも解らなかった。
今の自分は、残念ながらテロリストであり、何かに妹を巻き込む可能性もある。
そうした場合、それが起きてからパラダイム零に協力を要請するのでは遅い。
いっそのこと、常に近くにいてもらえれば、影汰が守ることも出来るはず。
阿久津と馬渕はテロリストではあるが、悪人ではない。
間違いなく花音を守ることを快諾してくれるだろう。
彼女を守るという目的を達成するには、隠すことは最善ではないのかもしれない。
そんな迷いが、影汰の中にはあった。
「…来る?」――影汰は少しだけ遠慮がちに、花音へと選択権を投げた。
「う、うん!」――花音は朝と同じ笑みで、影汰に答えた。
二人は中へ入ると、談話フロアへと向かった。
するとそこには、既に阿久津と馬渕の二人が待ち構えている。
あえてソファには座らずに、花音の方を物珍しそうに眺めていた。
阿久津は腕を組みながら、馬渕は顎を右手で撫でながら。
「一度画像では見たことがあったけど、とんでもない美少女ね。」
阿久津が率直な感想を影汰へと告げる。あまりにも直線的な表現だった為、花音は照れて俯いてしまった。
「すげぇな。正直年齢的に対象外だが、もう少し経てば…。」
そこに馬渕が追い打ちをかける。それもゲスい方面で。一応影汰は馬渕を全力で睨みつけたが、どこ吹く風という反応だった。
馬渕の言ったことに関しては、花音は理解できなかったらしく、少しだけ首を傾げ、影汰の方へと視線を向けた。
「いや、馬渕さんは…。」――影汰がどう誤魔化そうかと考えていると。
「単純に、あなたが奇麗だって褒めているだけよ。」
影汰の戸惑いを察した阿久津が、言葉から余計な部分を省き、芯だけを花音に伝えた。
阿久津から咎めるような視線を向けられると、流石の馬渕も苦笑いで誤魔化した。
「さて、それじゃ二人に提案があるから、ソファに座って貰ってもいいかしら?」
そうして場を仕切りなおした阿久津は、二人をソファへと手招きした。
談話室にあるソファに、全員が座った。影汰と花音だけは、隣に座っている。阿久津は二人の正面に、馬渕は右側に位置どった。
全員が座ると、直ぐに阿久津は話し始めた。
「単刀直入に言うと、二人でここに住まない?」
「……。」――影汰は予感できていたので、あえて無言で返した。
もちろん無視したかった訳ではなく、考える時間が欲しかったのだ。
花音に関しては、この場所が何かも知らないので、唐突な提案に驚いている。
それでも彼女は、ある一点だけを、阿久津へと確認した。




