#029――修行3
談話フロアから場所を変え、現在影汰は本部の地下に来ていた。
どうも上物だけが本部の全てではないようだ。
根は深く、地下にまで続いていたのだ。
地下室を観察すれば、無数の傷が見える。それは明らかに何らかの戦闘が行われた後であり、ここがそうした目的で使用されているのが解る。
つまり、闘技場、はたまた道場、表現は幾らかあるが、戦闘施設である。
「俺たちは普段…って言っても戦闘員は俺しかいないが、ここで修業している。」
ちなみに影汰の役職は、馬渕と同じ「戦闘員」だ。
「なるほど、通りで傷跡が沢山あるわけですね。」
「一応半年に一度メンテナンスしてるが、まあ素人の技術じゃこれが限界だ。」
影汰は壁に近づき、傷跡に触れた。打撃痕、裂傷痕、とにかくいろいろな痕跡が残っているが、中でも影汰は注目したのは、銃痕だった。
この場所には、明らかに銃が使用された形成があるのだ。
馬渕も影汰が銃痕を観察していることに気が付いた。
「あぁそれか。ま、見ての通りだ。俺たちのこれからやるべきことを考えると、当然近代兵器への対策は必須なわけだ。だからまあ、見ての通りだな。銃は使ってる。」
「でも戦闘員は馬渕さん一人ですよね。普段はどうやって?」
銃を撃つ役がいなければ、対策なんてできないはずだと、影汰は推察していた。
「当然の疑問だな。ま、これを見てくれ。」――馬渕は、壁面の一部に触れた。
すると馬渕が触れた壁面の、縦横三十センチくらいの範囲が回転した。忍者屋敷などのアトラクションによくある回転扉だ。
そこには、タブレットのようなモニターが設置されている。
馬渕がそれを数回操作すると、壁面の一部が、両開きの扉のように開いた。
中には拳銃が複数設置されており、銃口は全て室内に向けられている。
「更にタブレットを操作すれば、銃が発砲を開始するわけだ。」
彼はいかにも簡単そうに影汰へと説明しているが、それは尋常ならざることだった。
事実影汰は驚愕しており、会話への応答を怠ったほどだ。
影汰も例の研究所で、拳銃に対する対策を行ったことがあった。
まず当然のことではあるが、弾丸を見て躱すことは不可能である。見るのは、あくまで拳銃を構える人間の方であり、その挙動から弾丸の発射タイミングを推測、さらに向きから軌道を読み取り、対応するのがベストだ。
だがこの場所では、もちろん拳銃を構える者などいない。
つまり、分析の観点が発射寸前の銃しかないのだ。
仮に軌道を読み取れたとしても、発射のタイミングは推測不可能。
もしも自身に置き換えるのであれば、選択肢はとにかく動き回る程度しかない。
拳銃の軌道上から逃げ回り、その間に敵を打破するべきだ。
答え合わせをする為に、影汰は馬渕へと質問をした。
「身体能力強化で、とにかく動き回って弾丸の軌道上から外れれば、確かに何とか躱せそうですね?」――その言葉には、疑問符がついてしまっていた。
影汰自身、これから馬渕が発言する内容を、ある程度察していたのかもしれな
い。
「何言ってんだ馬鹿。普通に見て躱せばいいだろ。弾丸よりも早く動く覚醒者なんて沢山いるんだぞ。まずは弾丸くらい目視できなくちゃ、これから大変だぞ。」
「…。」
――返ってきた回答はもっとも恐れていた内容であり、影汰は沈黙した。
「なんてな、流石に冗談だ。俺は身体能力強化で弾丸すら目視可能だが、他人にまでそれを強要するつもりはないさ。それにお前の為に、ある程度対策を考えてある。ま、それもおいおい説明するさ。」
――馬渕は笑顔に戻り、影汰の方を見た。
流石の影汰も動揺していたが、その笑顔のおかげでホッと一息つくことが出来た。
「さて、それじゃ今日のメニューを発表するぞ。」
更に明るく、朗らかに今日の天気の話でもするかのように、馬渕が話を続ける。
「これから一日中、俺と実践だ。死なない程度に手加減してやるが、半殺しくらいは覚悟した方がいいかもな。」
影汰の心に舞い降りた安心感は、速攻でどこかに飛び去ってしまった。次に舞い降りたのは地獄の悪魔という、まさしく天国と地獄を一瞬で味わったことになる。
「ははは…大変な日々になりそうですね。」
「そりゃそうだ。俺たちは、世界を変えようとしてるんだからな。」
この一分後、影汰はまさしく地獄を経験することになる。
例えるならば、馬渕の拳の形が、脳に刻まれたほどである。
翌朝、影汰は無事に自宅で目を覚ました。
馬渕にしごかれ、疲労困憊であることに違いはないが、それも未来のためだ。
今日もこれからパラダイム零の本部へと向かい、修行を行うことになる。
無機質な研究所での日々よりも幾分かましだが、大変なのには変わりない。
影汰の表情には、多少疲れが出ていた。
そして、その小さな違和感を――花音は見逃さなかったのだ。
「それじゃ花音、行ってくるよ。」
――影汰はなるべく笑顔を取り繕い、花音を見た。
「うん、行ってらっしゃい。」
――花音もそれは同じく、満面の笑みを影汰に向けた。
どこからどう見ても、どこにでもいる兄弟の仲睦まじい挨拶ではあるが、妹の脳裏にはとある欲望が渦巻いていた。
兄についていきたい――という、非常に単純な欲求である。
本当は、ここから動くべきではない。花音もそれを十二分に理解している。
しかし、あの兄の表情である。普段から滅多に表情を出さない兄が、多少なりとも疲労の色を見せたのだ。――何かがおかしい。
自身の責務は明確に理解している。ただそれを、心配の念が押さえつけた。
「本当はダメだって解っているけど…でも我慢できないよ。」
兄が家を出てから数秒後、花音も部屋を出た。
思春期の子供が恋愛に盲目であるように、花音もまた兄に盲目である。




