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#だから僕は、ダークヒーローになった  作者: 木兎太郎
【第一部 #だから僕は】
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#024――組織3


「ただいま。」

「お帰り、お兄ちゃん。」


 広い家ではないので、花音の声がよく聞こえた。

 その声を聴いて、ふと安心する。

 リビングまで向かい――とはいえ、この賃貸にはリビングと寝室しかないが――花音の座るソファの隣に影汰も座った。

 すると花音は兄の方を向き、直ぐにその様子の変化に気がついた。


「どうしたの?今日はやけに疲れてるね。」

 ――心配そうな顔で、彼女は尋ねた。

「いや、…何でもない。」

 ――表情に出ていたか――と、影汰は少しだけ後悔した。

 

 すぐに思考と表情を切り替え、影汰は彼女に一番聞きたかったことを聞いた。


「ところで花音、何かやりたいことはある?」

「え?急にどうしたの?」――少し驚いた様子で、花音は影汰を見返した。


 しかし、影汰の表情が想像よりも真剣だった為、何を答えるべきかと考える。


「まあでも、今は夕飯を食べること…かな。」


 ――導き出した結論は、最も単純な欲求だった。

 確かに影汰が帰宅する頃には、外は真っ暗だった。時計を見れば、時刻は二十二時を指している。花音が腹を空かしているのも、無理はない。

 机を見れば既に夕飯が並べられており、影汰はそんなことにすら気づかなかった。

 花音は、影汰が帰ってくるのをわざわざ待っていたのだ。


「あぁ、ごめん。でもそうじゃなくてさ。もっと未来の話だよ。例えば十年後だとか。」

「…十年後…か。う~ん、難しいな。でもきっと普通の人なら、例えば恋愛して、結婚して、子供を産んで…とか。」


 花音は一般像を陳列していく。そして、それが全て実現困難であることを、言いながらも彼女は気づいていた。

 本当は苦しいはずだというのに、それを表情には出さない。

 一度イメージしたそれらを全て脳内から追い出し、影汰へと視線を戻した。


「でも私は、お兄ちゃんがいればいいかな。十年後も、こうして隣に。」

「…花音。」――影汰も彼女の方を見返した。

「だって、私にとってはお兄ちゃんが、世界で一番大切な人だから。」


 感極まって、影汰は思わず涙を流しそうになった。それでも態度をほとんど崩さなかったのは、兄としての教示だろう。なるべく花音には、弱い姿を見せたくなかったのだ。

 冷静を取り繕ったからこそ、影汰は花音の表情を観察することが出来た。

 確かに彼女は本心からそう言っているとは思うが、それが全てではないだろう。

 その瞳には、少しだけ迷いが見えた。

 その瞬間、影汰は結論を出した。――ただ、それを妹に伝えることはない。


「僕も、花音が一番大切だよ。」


 彼女にかけた言葉は、それだけだった。

 何をするべきかは、その胸にだけ刻まれていたから。


◇◇◇


 翌日の夜、影汰は早速豪鬼へと向かった。

 豪鬼についてみると、いつもと少しだけ違う雰囲気を醸し出していた。

 居酒屋も兼ねているというのに、外に一切の音が漏れ出していない。

 普段の豪鬼からすれば、珍しいことだった。


 少しだけ違和感を覚えつつも、彼は豪鬼の扉を開け、中へと入った。

 そして、音が聞こえなかった原因を、直ぐに思い知ることになった。


「なるほど…な。」――影汰は店内に広がる景色を、ただ眺めた。

「いらっしゃい。今日は私たちの貸し切りにしてあるの。」


 呆然とする影汰に、阿久津がカウンター席から小さく手を振ってきた。

 そんな彼女の素振りを見て、影汰は小さくため息をついた。


 もちろん阿久津は、一人でこの場所に来たわけではないようで、通常席には馬渕が座っている。但し、彼の目前のいくつかのグラスを見るに、既にいくらか嗜んでいるようだ。

 一見無警戒にも思えるが、影汰程度なら仮に酔っぱらっていても、どうにもでもできるという自信からなのかもしれない。

 阿久津が自身の隣にある席を引き、影汰へと目配せをした。

 特に逆らう意味もないので、影汰は素直にその席に座る。


「あら、随分素直なのね。少しだけ意外だったわ。期待してもいいのかしら。」


 そういった彼女の表情は、自信に満ち溢れていた。

 その表情はまるで、既に答えを知っているかのようだった。


「早速本題――というのも味気ないから、まずは少しだけ話しましょうか。」


 阿久津は、カウンターを数回人差し指で叩いた。するとマスターは小さく頷き、影汰の前にワイングラスを一つだけ置いた。


「…これは?」――影汰は中身を見て、率直な疑問を尋ねた。

「茶碗蒸しだ。」――マスターは、堂々とそう答えてみせた。


 予想できたその回答に、影汰は再度小さくため息をついた。どうやったらワイングラスで茶碗蒸しが作れるのか、だとかそういう点にではなく、圧倒的に独特なセンスを持つこのマスターに対してのため息だ。

 普通この場面で、ワイングラスに入った茶わん蒸しを出すだろうか。


 それでもこの茶わん蒸しが阿久津の前に出されれば、少しだけオシャレに見えるのが、なんともこの世界の不平等さを表していた。

 彼女は、なかなかスプーンをつけない影汰を疑問気に眺めると、自分は早速茶わん蒸しを一口食べた。


「あら、おいしい。腕を上げたわね、マスター。」

「そいつはどうも。」――マスターは一瞬で上機嫌になった。


 二人のやり取りを見て、影汰はとある結論に辿り着いた。


「なるほど。この繋がりがあったから、僕を特定できた訳ですね。」

「確かにその手段については、説明していなかったわね。いい線いってるけど、それだけじゃないの。あなたがこのギルドに所属した時にマスターから受け取ったマスク。それを作っているのが私なのよ。」


 阿久津の説明を聞いて、影汰はマスクを製作する際に、マスターからいくつか質問をされていたことを思い出していた。

 決定的な情報を与えたつもりもなかったが、ある程度状況を知っていれば、自分に辿り着けるほどの情報ではあったのかもしれない。

 例えば年齢や性別だけでも、影汰が破壊した研究所で行われていることを知っていれば大きなヒントになるだろう。


「それにマスターにだけは、自分の状況を話したでしょ?」

「えぇ、まあ。」――影汰は糾弾の視線を、マスターへと向けた。


 彼は気まずそうに、自分の頭をポリポリとかいている。


「わりぃな。阿久津さんには恩があってな。それに、彼女なら悪いようにはしないという確信もあったんだ。」

「…はぁ、いいですよ。次からは、不用意に情報漏洩しないでくださいね。」


 少しだけマスターには幻滅したが、確かに影汰にとって最悪の出会いではなかった。

 但しそれは、これからの結果次第ではあるが。


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