#022――組織1
薄暗いどこかの部屋の中、一人の少年が拘束されていた。
コンクリ張りの壁面、アルミ製の背の高い棚、そこには本が数冊と、いくつかのインテリアが飾られている。更には大きな机が一つと、体面に向き合うようにソファが二つ。
その奥には、執務用の机が設けられており、いわゆる社長椅子がセットで設置されている。少年が拘束されている椅子は、その執務用の机の前に、社長椅子と向き合うように設置されていた。それは簡素なパイプ椅子である。
少年は、黒髪を少しだけ長めに伸ばしており、どこか中性的な容姿をしている。真下へ俯いており、どうやら意識がないようだ。
少年の周囲には、男女が一人ずつ、男性はソファに、女性は社長椅子に座っている。
女性の方は、薄く青みがかった白髪をしており、非常に整った容姿をしている。背も高く、彼女が表参道を歩いていれば、モデルだと勘違いする者がいても可笑しくはない。服装は、軍事用の制服に袖を通しており、この場所とは噛み合わない。
彼女は何らかの書類に目を通しつつ、少年の目覚めを待っているようだ。
男の方は黒髪短髪の、まるで主人公のような容姿をしている。
彼に関しては、夢中でスマホをいじっており、仕事らしいことはしていない。
やがて、少年の指がピクリと動いた。
体面に座る女性は、直ぐにそれに気づき、少年へと視線を向ける。
(…ここは…どこだ?)
――影汰はようやく意識を覚醒させ、ゆっくりと目を開けた。
そのままコンクリ張りの床を観察し、見覚えのない場所だと理解する。
「目を覚ましたようね。」――女性が、影汰に声をかけた。
その声はやけに艶やかで、女性的な美しい響きを内包していた。
影汰は顔を上げ、女性の方へと視線を合わせる。すると彼女は、少しだけ笑った。
「警戒する必要はないわ。あなたを害する気はないから。」
「…なら、これは何のために?」
影汰は拘束された右手を動かし、ガシャリという音をあえて鳴らした。
すると女性は、ゆっくりと首を左右に振りながら、拘束の理由を答えた。
「あなたが私達に害を与える可能性はあるでしょ?とはいえそれも、あなたが本気を出せば脱出できる程度の拘束だけれど。」
確かにこの程度の拘束であれば、根源を発動すれば難なく脱出できそうではある。
それでも影汰が脱出を試みないのには、明確な理由がある。
目前の女性以外に、背後からもう一人、何者かの気配を感じ取っていた。
振り向けるほどの遊びはないが、その人物を推測するくらいはできる。
恐らく影汰をこの場所に連れてきた張本人だろう。
彼がいるならば、この場所から逃げ出そうとも直ぐに追いつかれてしまうだろう。
あがけばあがくほどに、自分の立場を危うくするだけだと、影汰は結論付けた。
「とりあえず、話を聞いてから考えます。」
――そうして影汰は、お茶を濁した。
「それならまず、自己紹介でもしましょうか。私の名前は、阿久津 陽よ。気軽に阿久津さんとでも呼んでね。」
――阿久津は、何故か笑顔だ。
影汰を拘束しているとは思えないほどに、彼女は軽快に明るく自己紹介を終えた。
「それから、あなたを捕らえた人なんだけど――」
「俺は馬渕 和俊だ。愛称は、カズさん。」
影汰の座る椅子の後ろ側からも声が聞こえた。彼女たちは無警戒に、影汰に情報を開示していく。影汰の警戒心を、解きほぐそうとしているのだろう。
本当に僕に対して敵意はないのか――と影汰は感じつつあった。
「あなたの名前は既に調べてあるの。黒音影汰君ね。」
「――隠すのは無理そうですね。その通りです。」
「ちなみに、あなたが今まで何をしていたのかも知っているわ。もちろん、人体実験の被害者であることも――ね。」
――阿久津は、影汰の過去にある確信を突いた。
彼女は自信に満ちた表情をしており、誤魔化せそうにない。
「そうですか。――どう知ったのか聞いても?」
――取りあえず影汰は、質問した。
「えぇ、もちろん。まず大前提に、とある目的があって、私はカズに、あなたが所属していた研究所に向かってもらったの。そこで彼は、情報を二つだけ持ち帰ってきた。一つ目は、研究所が崩壊していたこと。二つ目は、誰かがその跡地に墓を作っていたこと。」
阿久津はここまで話すと、机に置かれたコップに口をつけた。
室内には、ほのかに甘い香りが広がっている為、恐らくは紅茶だろう。
「それから私達は、研究所を壊した人物に興味を持った。」
「…そうだったんですね。」
――情報特定の経路は不明だが、影汰は頷くだけに留めた。
なにか強力な情報網があるのだろうと、想定したからだ。
「ちなみに、黒音君は今の自分の状況を知ってる?例えば、追手が来ない理由とか。」
「…いいえ、知りません。確かにそこには、以前から疑問を感じていました。」
ふと影汰は、当然の疑問へと視点を戻した。影汰はあくまでも、研究所から脱走している状況下であり、決して放置されていい状況ではない。だがしかし、彼に対する追手は今も来ていない。その理由に関しては、影汰自身以前から気になっていたのだ。




