#018――便利屋
「それじゃ花音、行ってくるよ。」
――影汰が花音の方へと振り返る。
「うん、行ってらっしゃい。」
――すると花音もそれに答え、笑顔で影汰を見送った。
例のマンションから影汰が花音を救ってから、さらに半年が経過していた。
現在二人は、葛西に不動産を紹介してもらい、簡素な賃貸を借りている。
二階建ての小奇麗なアパートの、奥まった角の部屋だ。
影汰も花音も未成年かつ個人情報が抹消されてしまっている。その為、支払いなどの現状二人が行うことが困難である処理は、葛西が請け負っていた。
葛西は、影汰たちが成人するまでの全ての生活資金を負担しようとしたが――人身売買された経験のある子供に責任を感じている為――影汰は、それを断った。
経済崩壊の折、未成年の経済活動は、十三歳から許可されるようになった。
但し、未成年の得る報酬は、とても安い。
普通に働いている限り、未成年だけで生活を成立させることは困難だ。
そんな背景もありつつ、影汰が選んだ職業は便利屋だった。それも、どちらかというと裏家業に近い便利屋だ。必要に応じて暴力も行使する。但し、殺人を許容しているわけではないので、グレーゾーンというところだろう。
そうした危険性を含んでいるからこそ、より高い報酬が期待できた。
妹と自分、さらには家賃まで賄うためには、仕方のないことだった。
今日も影汰は、颯爽と働きに出た。
場所は銀座の地下、とある飲み屋だ。バーと表現しても、過言ではないほどにシックで落ち着いた雰囲気を醸し出している。但し、ここの店主が、この店を飲み屋だと言い張っているのだ。確かに店の雰囲気とは違い、店主だけは豪快な男だった。
この場所は、影汰と同様の職業を営む者たちから、「ギルド」と呼ばれている。
いわゆるファンタジーの世界観に存在する、例のアレだ。
そもそも便利屋というシステム上、依頼主がいて、受注する者がいるという背景がある為、よくゲームなどで存在する空想上のギルドが持つシステムと酷似していた。
経済崩壊後、こうしたあまり表立っていない地下にある飲み屋は、そうした仲介人としての役割も兼ねることにより、その商売を成立させているのだ。
影汰が所属しているギルドは――「豪鬼」という名前である。とあるゲームのキャラクターが由来だ。
早速影汰は、カウンター席に座った。
その動きに連動して、影汰の目前に店主が移動してくる。
「いらっしゃい。何飲む?」――背の高い店主が、影汰を見下ろした。
非常にガタイがよく、筋肉質であり、最も近い体格でいえば、プロレスラーのようなイメージだ。金髪オールバックの、頬に大きな傷。
誰が見ても、一目でその筋の人間を連想しそうなルックスをしている。
もちろん裏家業ということもあり、そうした界隈との繋がりも少なからずあるが、店主自体はその筋の人間ではない。
「相変わらずのヤクザ顔だ…。」――小声でぼそりと、影汰はコメントした。
「おい!聞こえてるぞ。てか、目の前にいるのによく言えたな。」
咎めていはいるが、店主は何故か笑顔だ。
「菅原さん、僕は未成年なので、お酒は飲めませんよ。」
店主の名前は、菅原 宗次である。
身寄りのない子供たちに仕事を与えたりと、この界隈の重鎮だというのに、必要以上の人情を持ち合わせた男だ。その為、彼を慕ってここ「豪鬼」に来る者たちは多い。
「たはは。お前こんな商売してるのに、そんな細かい所が潔癖なのか。相変わらず変わった野郎だな。」
――菅原は豪快に笑っている。よほどツボに入ったようだ。
もちろん影汰も菅原のことは嫌いではない。但し、こうしたダルがらみモードに入ってしまうと、彼は厄介な人物へと様変わりするのだ。
このまま彼のペースに巻き込まれれば、暫くは解放されないだろう。
影汰は、話を本題へと戻すことを選択した。
「今日は、依頼を受けに来たんです。何か丁度よさげなのはありませんか?」
「あぁ依頼ね。――そういえば、お前に指名依頼が来てたな。」
「指名依頼ですか?」――影汰は首を傾げながら、菅原にそのまま聞き返した。
指名依頼とは、特定のギルドに名前を登録している個人に対して、その個人を指名して依頼を発注するシステムのことである。
通常の場合は、ここ豪鬼に送られてくるいくつかの依頼が常備されており、菅原がその依頼を受けるに足りる人物だと判断すれば、そこで初めて受注可能になる。
「そうだ。ま、お前の名前も徐々に有名になってきたってことだな。」
「そう…ですかね。それならいいんですけど。」
この界隈で、たった半年の実績で認められることはまずない。便利屋という仕事につくにあたり、危機管理の為、影汰もそれくらいの知識は身に着けていた。
指名依頼は、通常の依頼をリストから受けるよりも、遥かに高給だ。
だからこそ、実績のない半年間働いているだけの若者に、依頼が来るとは思えない。
もっとも、研究所での経験もある為、他の便利屋と比較すると優秀であることは否めないが、それでもこの指名依頼には違和感があった。
「なんだ?あんまいい顔してねぇな。」
――菅原は影汰の表情を見て、首を傾げた。
「いや、少しだけ考え事をしていただけです。もちろん受けますよ。」
「そうか、ならよかった。こういうのは一度でも断ると、後に続かねぇからな。」
「なるほど、今後の為にも…ですね。」
「その通り、実績は結局のところ、積み重ねだ。」
菅原は影汰にそう告げると、何度も繰り返しうなづいた。




