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#だから僕は、ダークヒーローになった  作者: 木兎太郎
【第一部 #だから僕は】
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#017――妹3


「さ、こっちへおいで。」

 ――とある男が、目前に立つ少女へと声をかけた。

「はい、かしこまりました。」

 ――そう答えた少女の瞳は、少しだけ潤んでいる。


 彼女は現在、十二歳である。

 そんな幼い少女が、男の前でネグリジェに袖を通し、緊張で少しだけ震えていた。

 場所は寝室であり、これから何が行われるのか、想像するのは難しくはない。


「買い取って一週間、君が俺に出した条件通り時間を与えたんだ。待ちわびた分、それなりに楽しませて貰うよ。」


 男はまだ若く、どことなく軽率な態度が目に映る。

 若くして社長という地位に立ち、天狗になっているのは否めない。

 それでも少女には、男に逆らう権利がない。

 人身売買された子供にも、ある程度の権利は認められているが、それは表ルートで取引された場合の話だ。


 裏ルートで取引された子供は、ほとんどの場合個人情報が抹消されており、人権の及ばない状態にある。その為、非常に高額な取引を要求される――個人情報を抹消するための金額も含まれる為――だからこそ、商品を買った者が、その商品に対して得る権利は莫大だ。買い取った子供を物のように扱おうとも、誰も咎めることはない。例え、未成年に手を出そうとも。


「大丈夫、初めてだろうから、ある程度は優しくするさ。…ある程度はね。」


 男は少女に向かって、にんまりと笑った。その笑顔のあまりの不気味さに、少女の表情は、ただただ引きつるだけだった。

 もう諦めるしかない――そう考えた瞬間、少女の瞳からついに涙が流れだした。


「あぁ…泣いてしまったね。」――男は何故か、満面の笑みを浮かべている。


 それが少女の恐怖心を、さらに煽り立てた。

 そして男は、少女の二の腕を掴み、強引に自身の側へと引き寄せた。


「キャッ!?」


 男と少女は真正面かつ近距離で、お互いの顔を見ることになった。


「本当に、お前みたいな奴は惨めで最高だよ。…それが興奮するんだけどね。お前らみたいな金のない連中を、こうして奴隷のように扱う瞬間は、何度経験してもたまらないくらいの興奮があるよ。特に、お前みたいに抵抗心がまだ残っていると、なおいい。」

「…ッ。」――少女にできることは、顔を悔しそうに歪めることくらいだった。


 ただ、それも男を喜ばせるだけだが。

 やがて男は、引き寄せた少女を半ば強引に、真っ白なベッドへと押し倒した。

 そのまま少女の両手をベッドに固定し、顔をゆっくりと近づけていく。


「…お兄ちゃん…助けて。」

 ――少女が助けを求めたのは、両親ではなく兄だった。


 その言葉だけで、少女にとっての兄が、どれほど重要な人物だったのか理解できる。 


「ぷッ!?お兄ちゃんって…あの!?君より先に売られて、消息すら不明な、もう一人の惨めなガキのことか?」


 一度上半身を持ち上げ、目元を右手で隠し、男は高笑いを始めた。


「あっはっはっはっは!!!ダメだ!笑い過ぎて死んじゃうよ!」


 男に尊厳すら傷つけられ、少女は大量に涙を流した。涙は少女の頬を津たり、ベッドに染みを作る。――それを見た男は、また満足げにほほ笑んだ。

 やがて男の笑いが収まると、仕切り直しだと言わんばかりに、再度ゆっくりと少女へと顔を近づけ始める。

 二人の唇が触れる寸前まで接近すると

 ――その瞬間は、唐突に訪れた。


「花音に触れるな。」


 瞬間、男の体は背後へと吹き飛ばされた。勢いが全く減衰することなく、男は背中から壁へと衝突。肺にため込んだ空気を、一気に全て失った。


「かはッ!!!???」


 男は何が起きたか理解できず、咽ながらもなんとか周囲を確認した。だがそれはあまりにも目立っており、直ぐに男の目についた。


「…お前は一体…誰なんだ?」


 そこには、見覚えすらない少年が立っていた。

 黒いパーカーにシンプルなジーンズ、やけに簡素で特徴のない服装をしている。容姿は整ってはいるが、髪形などに一切気を使っておらず、宝の持ち腐れに感じられる。

 男には、もちろん誰かを招いた覚えもなく、彼が侵入者であることは明らかだった。


 遡ること数秒前、影汰が部屋まで辿り着くと、既に男は花音の上に跨っていた。

 それを見た瞬間、頭に血が上り、影汰は根源を容赦なく行使した。

 闇は瞬間的に何かを掴む手のような形になり、男を後ろから掴んだ。そして、そのまま男を思い切り引っ張ったのだ。


 影汰自身、怒りから手加減を怠った自覚はあったが、まさか男があそこまで吹き飛ぶとは思ってもいなかった。どうも根源による作用は、彼の肉体が及ぼす作用よりも、大幅に強化されているらしい。

 こうして人に直接行使したことはなかったので、影汰も驚いていた。

 しかし、そうした動揺を表面に出すことなく、影汰は男からの質問に、素直に答えた。


「僕は黒音影汰。黒音花音の、実の兄だ。」

「ば、馬鹿な。お前はどっかに売り飛ばされたんじゃ!?確かお前の両親が、そう言っていたはずだぞ!?」――男は狼狽している。

「なるほど、両親と話したのか。でもあの人たちは、あくまで僕を売却しただけ。僕が、あの後どうなったかは知らないはずだよ。」


 狼狽する男に、影汰は淡々と事実を羅列する。その態度は、非常に冷ややかではあるものの、表情の節々に怒りが覗いている。


「それにしても…妹に何をしようとしていたんだ?お前。」


 瞬間、影汰の表情がさらに冷徹なものへと変わる。

 その表情は、あたかも殺人を許容しているかのような、ある種の恐ろしさがあった。

 男も裏取引による人身売買の経験者であり、そうした目をしたものは何人も見たことがあった。しかし、影汰のその瞳は、そんな者たちを圧倒的に超越しており、その瞳の奥に潜む深淵は、男の根源的な恐怖を最大限煽り立てた。


 結果、男は影汰に睨まれただけで――失禁してしまった。

 この少年には何をどうしようとも敵わない。男は一瞬でその結論まで辿り着いた。


「頼む…助けてくれ。俺は…まだ死にたくない。」


 既に全身に何らかの痛みを帯びていたが、男は直ぐに影汰に土下座した。

 一瞬でも判断を誤れば、死ぬことになると考えていたからだ。


「殺しはしないさ。」――影汰は小さく笑みを零した。

「よ、良かった。」――男の表情に、笑顔が戻る。

「痛めつけはするけど。」――しかし、彼の表情は直ぐに真顔へと戻った。

「――え?」――男の表情に、絶望が戻った。

「お兄ちゃん、やめて。私なら大丈夫だから。」


 するとそんな影汰の元へと、花音が駆け寄って抱きしめた。影汰が男へと暴力を振るうのを、必死に止める。兄のそんな姿は、見たくはなかったのだ。

 ――そして、そんな花音を見て男はまた笑顔になった。

 もちろん影汰は、その表情の変化を見逃さなかったが。


 影汰は、男へと拳を突き出した。男までの距離はおよそ5メートル。とても14歳の少年が手を伸ばして届くような距離ではない。

 だが、影汰の伸ばした手からさらに闇が放出され、男の元へと到達した。最初に影汰が作った手の形――つまりは、拳の形状に変化しながら。


 ドガッ!という何とも鈍い音が男の顔面から鳴り響いた。


 死んではいないだろうが、男の意識を奪うには十分な威力だった。お世辞にも美男子とは言えない男の顔は、見るも無残に陥没しており、さらに醜いものへと変貌していた。 


「し、死んじゃったの?」――花音は心配そうに影汰の方を見た。

「死んではないよ。…どうする?一応殺せるけど。」

「えっ!?」――花音は影汰の発言に驚愕しつつ、彼の方を窺った。


 すると、影汰は優しさのこもる笑顔を浮かべていた。

 花音は先の影汰の発言が、冗談であったことに気が付いた。


「もう、驚かせないでよ。…お兄ちゃん、変わってないね。」


 ひょうきんなタイプでもないのに、たまにこうして冗談かどうか曖昧な発言をして、妹にちょっかいを出す変わり者の兄。それが花音の影汰に対するイメージだった。

 そんな影汰はどんな時でも花音を守ってきた。残念ながら、最終的に花音を守る手段が人身売買しかなくなってしまったわけだが。

 花音はそんな影汰を、もちろん信用していた。それこそ、彼女の両親よりも。

安心したのか、花音は影汰を真正面から抱きしめた。それに答えるように、影汰も花音の背中に手を回す。二人はやがてゆっくりと目をつむると、お互いに微笑んだ。


「本当は…ずっと心配してたんだ。」

「私もだよ。ずっと…心配してたんだから。」


 とうとう二人の絆を害する者はいなくなった。

 そしてこの瞬間だけは、お互いに時間を忘れ、再会の瞬間を噛みしめ合ったのだった。


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