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#だから僕は、ダークヒーローになった  作者: 木兎太郎
【第一部 #だから僕は】
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#014――ホームレス2


「ところで、君はどうしてこんな場所で?」

――そんな中、ホームレスが口を開いた。

 

その質問を聞くと、影汰の箸が止まった。

触れられたくはない話題だったからだ。

事情を説明しようにも、余りにも複雑かつ、非現実的な内容だ。


「いや、…話辛い内容なんです。」――影汰はそのまま告げる。

「そうかい。でも、話すだけでも随分と楽になるものだよ。…そうだな、まずは私の経歴を、自己紹介も兼ねて簡単に話そう。」


 影汰の話辛そうな様子を見て、ホームレスは直ぐに話題を自分に変えた。


「まず最初に――私の名前は、葛西カサイ 秀一シュウイチ。――君は?」

「僕は、影汰――黒音影汰といいます。」


 彼が名前を言う寸前に、ほんの少しだけ間があった。

 もちろん葛西は、紳士的にその違和感をスルーするが、名前すら言い辛くなるほどの事情があるのかと、少しだけ驚いていた。


「よろしく黒音君。私のことは気軽に、葛西さんとでも呼んで欲しい。」


 葛西は、髭モジャの不清潔な状態ではあるが、よく見るとまだ若い。恐らくは三十代後半から四十代前半だろうと、影汰は感じていた。


「私はその昔…といっても十数年前の話だが、とある会社を経営していたんだ。」

「まだ若いのに、凄いですね。」

「ははは、君からすれば、私なんておじさんだろうに。」


 まだ少年である影汰のお世辞に、葛西は面食らった。その瞳が雄弁に語る通り、随分と大人びた少年だと、認識を深めた。


「まあ現状を見てもらって解る通り、私はもう経営者ではない。」

「倒産したんですか?」


 経済崩壊からは、もう随分立て直したとはいえ、まだ世界経済は不安定な状況だ。経営していた会社が倒産してしまうのも珍しい話ではない。


「いや、違う。今は他の人が引き継いで――かなり大きな会社になっているよ。」


 そう話す葛西の表情は、少しだけ暗い。何かを隠しているのは明らかだった。


「本当に凄いことですよ。」――しかし、影汰はそれに触れないことを選択した。

「私がやったわけではないさ。引き継いだ者が優秀だった。それだけの話だよ。」


 そこまで話すと、葛西は即席麺のスープをすすった。その様子と話している内容との差が激しく、彼が経営者だったというのは、残念ながら想像し難い。

 ただ、その物腰や態度からは、有能さが滲み出てはいるが。


「でも、どうして会社を引き継いだんですか?元が優秀でなければ、今の時代会社を大きくするのは大変ですよね?だから、既にある程度の規模があったんじゃ?」

「ははは。そうだね、元からある程度の大きさはあったよ。」


 一瞬、葛西の表情に戸惑いが見えた。彼は話辛そうに俯くと、影汰に質問した。


「…何が商材だったと思う?」

「…流石に何のヒントもないと、さっぱりです。」

「そうだね、意地が悪すぎた。」


 葛西は少しだけ間を開けると、


「人間だよ。」――と、端的に述べた。


 影汰は、その事実に目を見開いた。他人事ではない。


「ごめんね。実は君の事情も、ある程度は察していたんだ。首の後ろのバーコードが、偶然見えてね。」


 影汰はゆっくりと自身の首の後ろに触れた。研究所から離れた時に、隠すべきか考えはしたが、これ自体を見られることにそこまで大きな意味はないという結論に至った。このバーコードから、影汰の事情の全てを察することが出来る人間などいないだろう。


 おそらく葛西も事情の全てを知っている訳ではなく、一度商品になった経験のある少年として、影汰を見ているだけだ――と、影汰は推測していた。

 ただその事情を聴いて、影汰の葛西を見る目が、少しだけ変わったことも事実だが。


 葛西が諸悪の根源かと聞かれれば、そうではないので何も言うことはない。

 人身売買を許可したのは政府であり、葛西を攻めるのは、お門違いだ。

 但し、そうした事情をあえて無視し、葛西のような矢面に立つ人物を批判する者も数多くいるが。


 それに、そうした人道的に反する商売に手を付ける人間は、良く見られない。

 悪人として見る人のほうが多いだろう。経済状況がシビアな家庭がある以上、誰かがやらなければならないことではあるが、直面していない限り、それは対岸の火事でしかない。


「驚いたかい?」――葛西は申し訳なさそうに、影汰に質問した。

「…はい。」

 ――影汰の差別的な視線に葛西は気づいていた。それでも話を続行する。

「儲かる商売であることは間違いなかった。でもね、私には全うすることが出来なかったんだよ。覚悟はしていたつもりだった。でも、それも足りなかった。数多く売られていくまだ幼い子供たちを目にする度に、私の心は荒んでいった。」

「…一つだけ聞かせてください。葛西さんは優しい人だと思います。…どうして人身売買を選んだんですか?」――影汰は、そこに大きな違和感を覚えていた。


 葛西は俯くのを止め、影汰の瞳へとすっきりと視線を合わせた。


「子供がね、病気だったんだ。治療費が莫大で…うん、そういうことさ。」

「なる…ほど。」――影汰には、それしか言えなかった。


 緊急的かつ安定的に資金を供給する必要があった、そういう意味だろう。


「で、だ。愛すべきわが子を、私は失った。いくら先進的な治療を試みようとも、息子が回復することはなかったんだ。――罰が当たったんだと思った。」


 葛西はそこまで話すと、即席麺のスープを一気に飲み干した。


「やがて妻も私の元から離れ、私は生きる意味の全てを失った。」


 話の終わりを示すように、葛西は空になった即席麺を、床に置いた。

 影汰には、彼のこれまでやってきたことの全てを肯定するつもりも、否定するつもりもなかった。影汰と同様に、選択肢がなかったのだ。それ以外、何も。


 自分に似ている、影汰は心からそう思った。だからこそ、自分の事情も話すべきだと思った。生きる意味を失ったはずの葛西は、ホームレスになってまで今も生きている。その理由が知りたかったのだ。それにはまず、自分をさらけ出す必要があると感じた。


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