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#だから僕は、ダークヒーローになった  作者: 木兎太郎
【第一部 #だから僕は】
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#011――実験9


「君とこうして会うのは、初めましてになるのかな。私は常に君のことを観察していたというのに、おかしな話だが。」


 安藤の目前には、黒い球体だけがある――そして、もちろん返事はない。

 あまりにも広い部屋だからか、彼の声は余り響かない。

 こうしてこの実験室に入るのは、安藤も数回しか経験がなかった。

 雑用などは他の研究員に任せていた為、当然のことと言えば当然のことだが。


「今の君の状態を私が直々に教えよう。君は、【覚醒】したのだ。もはや、何も恐れることはない。」――安藤は大きく両手を広げ、影汰にそう告げる。

まるで何かの劇の一部であるかのように、安藤の素振りは大げさである。

「どうだね?これから私と共に、世界を変えてみないか?君の力と、私の知識があれば、この世界でなんだって出来る。君は――他を超越したんだ。」


 安藤がそういうと、一瞬だけ綺麗な球体であったはずの闇が揺れた。

 この現象を見て、彼は確かに影汰が話を聞いているのだと確信した。

 そして、影汰の心は、自身の甘い言葉に揺れ始めているとも思った。


「君の経歴は、見させてもらったよ。ふむ、同情するよ。でも、これからは君が全てを支配する側に回るのだ。君を支配する者も、君を傷つける者も、もういなくなる。」

「…これを計画したのは…お前か?」


 ふと、ようやく返ってきた返事は、安藤が想定していたものとは随分違った。

 唐突に始まった尋問に、彼はどうするべきかを瞬時に考えた。

 もちろん研究所を任されるほどであり、安藤は優秀な頭脳の持ち主であった。

 そして、すぐに真実が悪手になることを察した。


「…いや、君の担当は、残念ながら私ではない。もし少女について納得できないのであれば、私が君の復讐を手伝おう。まずは、そこから始めて見るのもいいかもしれないな。」


 安藤は唇を、舌で湿らせた。

 ミスは許されない局面だと、直感したからだろう。


「…わかった。」――影汰は、唐突に同意した。

「ッ!?わかってくれたか!そう、私と君なら、世界を変えられる。」


 安藤の瞳は、自身のこれからの栄光を思い、再度輝きを取り戻した。

 めくるめくこれからの成功体験が、彼の脳内に、川の流れのように、イメージとして流れていた。


(騙せた!これで私は…全てを手にれることが出来る!)

 ――安藤がそう確信した瞬間、影汰はもう一度口を開いた。


「…今のは、お前が嘘をついているのが「わかった」――という意味だ。」

「――へ?」――安藤は目をまん丸に開き、球体の方を見返した。

「僕にも理解はできないけど、この闇は…まるで僕の肌みたいなものだ。例えば食事をした時に味覚として味を感じるように、周囲の状況を僕に教えてくれる。他人の感情まで…透けて見えるみたいだ。」


(馬鹿な…ただでさえ「自然操作系統」の強力な根源であるというのに、さらに「特質」まで所持しているというのか…!?)


 安藤はこの絶望的な状況下で、更にその瞳を輝かせた。


(この少年を手に入れさえすれば――私は。)


 そして、欲に目がくらみ、とうとう悪手を選択してしまった。

 彼が次に取り出したのは、一丁の拳銃だった。

 球体の、おそらく影汰がいるであろう箇所に、それを向けた。


「残念だ。もう少しだけ君と会話をしていたかったが、それは今度にするよ。これは君も知らないような強力な代物でね。例えば鯨でも、一日は眠ったままだ。」

(おそらく彼は、まだ根源の使い方を理解できていない。この状況下であれば、まだ現代兵器の方が強力であるはず。)――というのが、安藤の推測だった。


 安藤がそう確信して、満面の笑みを取り戻すも、返す影汰の言葉は氷のように冷たい。


「それは――認めたってことでいいんだな。お前が…これを計画したと。」


 影汰のどす黒い声が、安藤の鼓膜を震わした。

 その声は、人間の根源たる恐怖を、直接刺激するかのような働きがあった。

 それは覚醒した根源によるものではなく、影汰のどす黒い感情から持たされている。

 言葉に込められた圧倒的な感情が、他者の心を震わせるまでに至ったのだ。


 安藤は、ここまで来てようやく自身が悪手を選択したことに気が付いた。

 闇の中で、影汰の口角が少しだけ持ちあがる。


「闇に人の感情を読み取る力はない。カマをかけたんだ。」


 そう、覚醒したばかりの影汰が、根源を上手く使って他者の感情を読み取ることなどできる訳がない。つまり、安藤はかまをかけられていたのだ。

 一瞬焦るも、それでも有利は揺るがないと、安藤は結論付けた。

 使いこなせないのなら、なおさら現代兵器の方が有利であるはず。

 ここはまだ、弱気になる場面ではない――安藤はそう考えてしまった。


「だからどうした?今すぐ根源を収めるんだ。最悪、殺してしまってもいいんだぞ?」

「さっきまでと言っていることが随分違う。――まあでも、気持ちは理解できるよ。きっとお前は、今まで全てを支配する側だったんだろう?」


 安藤の額から、冷や汗が滴る。何度も引き金を引こうとしてはいるが、どうしてもそれが実行できなかった。恐怖が、安藤の体すら支配し始めていたのだ。

 万が一引き金を引いて効果がなければ、もう奥の手はない。

 そうした引き下がれない状況が、安藤自身の焦燥感を煽り立てていた。


「――だから、僕が怖いんだ。支配できる領域を大きく凌駕する――僕が。」


 その言葉に安藤は、更に恐怖を大きくした。

 次々に自身の心情を正確に言い当てられ、更に深く恐怖を自覚してしまう。


 それでも彼が諦めなかったのは、何も勇気などといった美しい感情からではない。

 ただただ積み上げてきた、積み上げられてきた傲慢さからだろう。

 彼は己が全ての力を人差し指の先に込め、引き金を――ついに引いた。


 ――ドンッ!!!


 という大きな音が、この広い部屋に響き渡った。

 麻酔銃とはいえ、もちろん火薬は込められている。

 速度も普通の銃と変わらない。


 そうして安藤は――絶望した。


 最後の望みであったはずの銃が、無意味であったことを知って。

 弾丸は影汰の周囲を取り囲む闇にめり込む形で、停止している。


「あぁ…あぁぁぁ。」


 安藤の声は、普段の自信を失い、迷子になった子供のように震えていた。

 この瞬間全てが詰んだのだと、安藤は理解してしまったのだ。


「この力の使い方は、僕にも分からない。でも二つだけ分かることがある。一つ目は、この力の名前が――「晦冥カイメイ」であること。もう一つは――後はきっと、僕のこの感情を解き放つだけで全てが終わること。」


 まるで発砲などなかったことであるかのように、影汰は平然と言葉を紡いでいく。


「た…頼む…助けて…くれ。」――涙を流しながら、安藤は懇願した。


 安藤の懇願に対し、帰ってきた言葉は小さな呟きだけだった。


「これが――【怒り】か。」

 ――その瞬間、影汰は自身の腕の中で力なく倒れる少女の顔を眺めていた。


 彼女はもう戻ってこないのに、安藤は助かろうとしている。

 心を渦巻く感情が矛先をようやく見つけ、それに名前が付いた瞬間だった。


 そして、それが憤怒であることは、間違えようのない事実である。

 だらこそ彼は、その感情に自由を与えた。


 そこに理性は、介入できない。

 例えば水が網ではすくえないように、溢れ出す感情を止めるすべは


 ――もうない。


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