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2.その日、少女は困っていて男は承諾をした

 



「いいな! 一週間だ!」


壊れるかと思うほど強く閉じた扉。

その衝撃に近くの鉢植えが倒れそうになり、慌てて支えた。

花びらが床に散らなかったことに安心しながらも、暗い表情で重く溜息をつく。

うつむいた瞬間顔にかかる、中途半端な色の髪を見て余計に落ちこむ。


紹介のあった客だから、少女は丁寧に接しようとしただけだった。

得意先の商人から紹介された貴族の男。

初めて会って挨拶をした平凡な商いをする平民の花屋へと、男はいきなり無謀とも思える依頼をしてきた。

断ろうとしたが、依頼が達成できなければ違約金代わりに奉公しろと言うばかり。

同席して話を聞いていた商人でさえ、あまりの言い草に呆気にとられていた。

それでも上客である貴族に逆らうこともできず、少女に小声で謝りながらも追いかけて店を出て行った。


「どうしたらいいの……」


少女は抱えた鉢植えを見ながら、困惑するばかりだ。


少女の店は亡き両親から継いだ花屋。

けれどただの花ではなく、魔力によって色付けした花を売っていた。


生粋の魔法使いが作るような花は魔力をこめた種から作る。

咲いた花は様々な効果を発揮し、染花と呼ばれて高値で取引されるのだ。

しかし魔法使いではない少女が売る花は、元からある花を使った彩花と呼ばれる花。

染花と違い、少し疲れを癒すぐらいの効果しかない。

少女が種から作るにはあまりにも魔力が足りず、芽吹くかも分からない。

何とか咲いたとしてもすぐに枯れるだろう。


だというのに今しがた依頼をしてきた貴族の男は、生粋の魔法使いが作るような、強い効果のある彩花を作れと言うのだ。

一週間という短い期間で。


本当のところ、貴族の男が言いたいことは分かっている。

奉公とは聞こえはいいだろう。

だが、貴族の男が言っているのは、己自身に奉公しろと――つまり、愛人のような存在になれと少女に対して言っているのだ。

魔法使いでも平民でも、染花や彩花を専門に作る者はまだ少ない。

珍しいものを作れる人間を手に入れたいのだろう。


少女は貴族なんて物語にでてくるような人々しか知らない。

だが、現実にもあのような横暴な貴族が存在するのだと初めて知った。


「……座りこんでいても仕方ないわ……悩むだけ時間は過ぎるものね」


髪を耳にかけながら気を持ち直し、少女は立ち上がる。

そっと鉢植えを床に置いて顔をあげたとき。

ふと、カウンターの隅に飾っていた両親の写真が目に入った。


「結婚していれば、あんなこと言われなかったのかしら?」


法律では基本的に重婚は認められていないし、過ぎた浮気は罪になる。

貴族でも平民でもそれは変わらない。


少女の両親は、結婚適齢期になった頃に病で亡くなった。

ひとりになった少女は結婚相手を探すよりも、主を失った店を存続させる方が重要だった。

16歳から婚約可能となり、18歳で成人として婚姻可能となるこの国において、19歳は決して行き遅れではない。

とはいえ年の近い友人たちはちらほら結婚しているため、事実としては複雑だ。


「……そんなこと言っても、仕方ないわね」


考えたところで、結婚していない事実は変わらない。

少女は何度目かの溜息にに首を振って、のろのろと出かける準備をする。

ギルドに採取依頼していた花を受け取ってこなければ、店先で売る花すら準備できない。

契約書を鞄にしっかりと入れて店を出た。


一般的な花よりも魔力をこめた花は長持ちする。

とはいえ、やはり種から作りあげる染花より、ただ色を付けただけの彩花の方が寿命は短い。

そして売る量となると、裏手にある小さな庭では少し足りなくなる。

だから少女の店では、郊外で花を育てる民家から商人を通じて花を購入したり、ギルドに依頼して野花を採取してもらっていた。


花を受け取った帰り道、少女は少し疲れたため公園に立ち寄った。

町の中心にある公園広場は綺麗に整えられており、大きな噴水が設置されている。

町人や旅人たちの憩いの場であり、少女もよく散歩に訪れている。

夕焼けを反射する水に見惚れながら、公園の隅にあるお気に入りのベンチへ向かうと、あまり見かけない男が座っていた。

少し残念に思いながら別のベンチへと視線をずらす前に、男の様子がおかしいと気づく。


「……大変!」


ぐったりとベンチに座りこんだ男は今にも倒れてしまいそうだった。

ちらりと見えた顔色はひどくやつれた土気色で、死にそうに見えるほど。

少女は慌てて抱えていた花に魔力を施す。

声をかけようと足早に近づいていくと、がばりと頭を抱えた男が「仕事したくない」と泣きそうな表情で唸り始めた。

悲痛な声色に驚いて目を瞬かせた少女は男の言葉を聞いて、ふと思う。


外で仕事をしたくないのなら。

家の手伝いをしてもらえばいいのではないだろうか。

――身内として。


ひらめきに少女はすとんと男の隣に座り、優しく声をかけて彩花を差しだす。

涙をぼろぼろとこぼした男は、ぼんやりと花束を受け取った。




「さあ、ここですよ」


「不束者ですが」という言葉を聞いた少女は、ご機嫌で男を家に連れ帰った。

どちらにしろ、商人と貴族の男が来るため店はあらかじめ休みにしていた。

今日はもう他に客は来ない。

少女の家はこじんまりとしているが2階建てで、1階の手前側が花屋のスペース、奥と2階が住居スペースとなっている。

他には裏手には花を育てるための小さな庭と、小さな倉庫だけだ。


男は彩花で少し疲れを癒したとはいえ、顔色はまだ良いとはいえない。

一体どれほど体や精神を酷使していたのだろう。


未だぼんやりとしたような男の姿に、少女はひどく心配になった。

これ以上は、栄養たっぷりの食事と睡眠をしっかりととる必要がある。

染花や彩花によって癒せるといっても、結局のところ、人間が本来持っている体力や回復力が根本的に大事なのだ。

魔法ばかり使用すれば、元々の力を阻害してしまう。


残り物で申し訳ないと思いつつ、ありあわせで夕食を作って男に食べさせる。

そして2階の両親が使っていた部屋を手早く整えて男を寝かせた。


頑張るのは明日からでも間に合う。

今日は少女も精神的に疲れたし、男も疲れているのだから。




「待って待って、待て待て待てっ、ここどこですか婿ってなにっ?」

「おはようございます」

「お、おはようございます……」


次の日、少女はいつものように花の世話を終えてから食事の支度をする。

数年ぶりに一人分より多くの料理を並ぶテーブルに笑みが浮かぶ。

少女が満足げに朝食を眺めていると、男が青ざめた表情で2階から駆け下りてキッチンに飛びこんできた。

男はひどく慌てている様子だが、どうやら騒がしくならないようにも配慮をしているらしい。

勢いほど足音や扉の音は響かず、ちゃんと挨拶も返してくれる。


律儀な男の丁寧さと気づかいに少女は微笑む。

昨日の貴族とはまるで大違いだ。


「あ……顔色、少しよくなりましたね」


少女が顔色を見上げて安心すると、男はぎしりと体を強ばらせる。

どうかしたのかと名前を呼ぼうとして、そういえばまだお互いに名乗っていなかったと気づく。

正直、突然すぎたかなと思わなくもない。

確かに困って焦っていたが、名前も知らない人に結婚を迫るだなんて。


住居スペースに立つ男性など、少女にとっては亡き父親ぐらいだ。

自分で求婚して連れてきたとはいえ、知り合ったばかりの男性が傍にいることに、少女は今更ながらちょっとばかり緊張と恥じらいを覚えた。

とにかく男を朝食の席につかせて、落ちついたところで改めて自己紹介をする。

そしてお互いの事情を確認しながら話をすることにした。


「――ということで、お婿さんになってほしいんです」

「……確かにここがどこかも分からないし、何というか、情けないけど行くあてもないから居候させてもらえるのはありがたい、けど、けどね、結婚て悩むものじゃない? 特に女の子はさ……」

「先ほども言った通り時間がないんです。それに悪いことばかりじゃないんですよ! 移住者の方ですと結婚の権利は1年ほどでもらえますが、それまでにも色々とできることはありますし」

「いやいや、でも、でもさ……」


少女の要求を聞いて、さすがに男は気まずそうに視線を逸らす。


男の話では、どうやら気づいたら公園にいたらしく、この国や町のことは何も知らないようだった。

移住者というより、何かの転移術などに巻き込まれて記憶があやふやなのかもしれない。

しかし少女も自分のためにもなると、最初からの勢いでこのまま押すことにする。

この国の者ではない男とは今すぐには結婚できない。

だが正式な婚約期間を設けるなら、貴族であっても強引に手出しはしてこないはずだ。


「この国での結婚はまず婚約を役所に申し出て期間を定めるんです。長さは人によりますけど、定めた期間中にお別れすることになったら、役所に申し出て婚約は破棄となります。ですので結婚の権利がもらえる1年だけでも、婚約していただけませんか? このままでは店を続けるどころか……」


貴族の愛人にされてしまう、とは少女も言いたくなかった。

事情を聞いた男も言外に察したのか、苦い顔つきで頭をかく。


「いや、それでも……」

「それに――それに、ひどくお疲れでしょう? できれば私の彩花で癒させてください」


何よりも引きとめたいと思ってしまうのは、それが正直なところだった。

このまま男を元いたところへ戻すということは、また男が死にそうな体調になるということに他ならない。

男も自分の具合を自覚したのか、否定する言葉を飲みこんだ。

彩花を売る者としても、少女は男を見過ごせなかった。


「その……わ、分かった。じゃあ……しばらく、お世話になり、ます……」

「……はい!」



 


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