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僕の家にお姫様がやってきた

作者: ONOKILL

僕は僕の身体に圧し掛かっていた40代くらいの中年オヤジを押しのけた後、右腕で何度も口元をぬぐった。何故ならこの中年オヤジと出会い頭にぶつかって倒れた時、あろうことかキスをしてしまったからだ。

18歳の内気な僕は女の子とキスをした事が無かった。それなのに中年オヤジごときにファーストキスを奪われてしまったのだ。

僕はこの怒りと悲しみをどこにぶつければ良いのか分からず、頭を抱えるしかなかった。


一方、中年オヤジの方は、地べたに座り込んだまま呆然としていたが、僕とキスをした事が分かると急に慌て始めた。但し、僕の思っていた反応とは少し違っていた。

「ま、まずい!」

中年オヤジがそう言ってその場から逃げ出すかの如く立ち上がったが、次の瞬間、彼の足元から紫色の煙が立ち込め始めた。

僕は何が起きているのかさっぱり分からないまま、そんな中年オヤジから目が離せなくなった。


紫色の煙はやがて、中年オヤジの全身を包みこみ、その姿を目視する事が不可能になった。そして数分後、煙の隙間から幾筋もの光を放たれるや否や、「ボン!」と言う音と共に煙が一気に飛散し、瞬く間に消えた。

そして次の瞬間、僕は信じられない光景を見た。

煙が消え去った後に中年オヤジの姿はなかった。その代わり、見たことも無い、まるでアニメの魔法使いのような衣装の着た美少女が立っていた。

中年オヤジが突然、美少女に変身してしまったのだ。


中年オヤジ、いや美少女は自分の姿を見るや否や叫んだ。

「うげぇ! 封印が解けてしまった!!」

美少女はそう言って、目の前で唖然としている僕を見つけると、つかつかと歩み寄り、いきなり手を掴んだ。

「逃げるぞ!」

美少女はそう言って僕の手を掴みながら走り出した。僕はそんな美少女に引きずられるように走るしかなかった。


あの場から逃げ出した美少女と僕は、結局、僕の家にやってきた。

僕はこの年、受験に失敗した浪人生で、アルバイトをしながら独り暮らしをしていた。

美少女があの場から逃げたい、身を隠したい、と言ったので、ここへ連れてきたのだ。

「ふう。やっと落ち着いたぜ」

美少女は僕が準備したペットボトルのお茶を一気に飲み干した後、まるでアニメの声優のような可愛い声でそう言った。

僕よりも明らかに年下で、16~18歳くらいに見える美少女は、テレビのアイドルグループのメンバーのようなとても可愛い顔をしているが、言葉づかいは男そのもので、ちゃぶ台を前にして、背筋を丸め気味に胡坐をかいて座っていた。一つ一つの動作もまるで男のような仕草で、さきほどの中年オヤジを思い出させた。

僕はそんな美少女に圧倒されながらも恐る恐る問いかけた。


「あのぉ…」

「ん? 何だ?」

「君は一体…」

「俺か? 俺は俗に言う宇宙人だ」

「う、宇宙人!?」

「そうだ。アクチュアリア第15惑星から地球にやった来た宇宙人。名前はプリアセント・セディア・クラウトル。地球風に言うとセディア姫だ」


僕は信じられない思いで美少女、セディア姫の話を聞いていた。

彼女の星は三年前から王族とその地位を脅かさんとする反王族グループの間で内線が激化していて、王の娘であり唯一の後継者である彼女は常に命の危機に晒されていた。彼女の両親は彼女が15歳になった時、命を守るために地球に脱出させた。そしてその時、彼女にある封印を施したと言うのだ。


「その封印、ってのが、別の誰かに変身させられる。と言うもので、俺は中年オヤジの姿に変身させられたんだ」

「ど、どうして、中年オヤジなんかに…?」

「俺の星(アクチュアリア第15惑星)の人たちと、地球人、というか日本人の姿はそっくりなんだ。だからこのまま暮らすことも可能だったが、俺って、自分で言うのも何だけど、すげぇ美少女だろ? いくらこの日本に俺の星のような争い事が無かったとしても、俺のような美少女がたった一人に生きていくには余りにも危険過ぎる。変態男に襲われるかもしれないからな」

「そうだね…」

「それに単純に暮らしていけない。お金が無いからだ。で、お金を稼がないといけない訳だが、15歳の女の子だとまともな職につけそうもないし、風俗に行くのもなぁ(笑) そこで、世の変態どもの目を逃れ、ちゃんとした職にもつける中年オヤジに変身させられた、って訳だ」

「なるほど…。それはある意味、理にかなっているかも…」

「中年オヤジに変身した事は成功だった。この三年間、何事も無く無事に暮らしていけたからな。でもそれなりに失敗も有った」

「失敗…?」

「こんな風になっちまった、って事だよ(笑) 俺も星(アクチュアリア第15惑星)に居る時は清楚なお姫様だった。ところが三年間もあの姿でいたお蔭で、中年オヤジがすっかり板についちまった。おやじ(王)が見たら怒るだろうな、きっと(笑)」


セディア姫は頭を掻きながら笑った。

その笑いに先ほど彼女が言った清楚さは微塵にも感じられず、むしろ下品に見えた。

見た目は僕よりも明らかに年下で、ものすごく可愛いのだが、言葉づかいや仕草は年上の中年オヤジそのものなのだ。

彼女が中年オヤジとして暮らしてきた三年間を想像する事はとても困難だが、それでも環境が人をここまで変えるのかと思うとある種の感動を覚えた。


セディア姫が封印の話を終えて一息つくと、突然、演歌が流れ出した。

彼女はそれを聞くや否や、自分が所持していあいた極めてオヤジらしいカバンの中から、ストラップも何も付けていない地味なガラケー(ガラパゴス携帯)を取り出した。演歌はガラケーの着メロだった。

セディア姫はガラケーを開けて発信者を確認した後、思わず叫んだ。

「しまったぁ! お客さんに電話をするのを忘れてた」

「お、お客さん?」

「そうだよ。こう見えても俺は一流企業の課長さんなんだぜ。…あ、もしもし!」

セディア姫はそう言い、おもむろに立ち上がってガラケーで電話の主と話し始めた。ところが…。

「…ち、違います。そうじゃなくて…。あっ! 切られた…」

それは至極当然だった。電話の主は中年オヤジに電話を掛けたにも関わらず、聞いたことも無い可愛い女の子の声を聞いて面喰ったに違いない。

「くそぉ…」

セディア姫はその場に崩れ落ちた。そしてちゃぶ台に両肘を置き、頭を抱えた。

「だ、大丈夫かい?」

僕が気遣うように言うと、セディア姫はサラサラの髪の毛を両手でくしゃくしゃにしながら、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。

「今日で中年オヤジ生活は終わりだ。これからどうする?」


ちゃぶ台を見つめながらしばし悩んでいたセディア姫は、ゆっくりと顔を上げて僕を見た。そして何故か僕の隣に座りなおした。心の中で何かが吹っ切れたような表情をしている彼女は笑顔を浮かべて僕に言った。

「これからはお前が俺を養ってくれ」

「えぇーー!」

セディア姫の突然の申し出に僕は腰が抜けそうになった。

「そもそもお前が俺の封印を解いたのが悪いんだ。その責任を取ってもらう」

「どうしてそうなるんだよ。訳が分からないよ。それに僕、ただの浪人生で、親からの仕送りも少ししか無くて、アルバイトをしないと暮らせないのに、君を養う事なんて出来ないよ」

「確かにな」

セディア姫は僕の部屋を見渡しながら言った。僕が住んでいる六畳一間の狭い部屋を見れば、何もかもが一目瞭然だった。

「でもまあ、しばらくはここに厄介にならせてもらう。この姿じゃ、俺んちには帰れないからな」

「そ、そんなこと言われても…」

「今日から俺は『従兄のお兄ちゃんと一緒に暮らす事になった女子高生』になる」

「だ、駄目だよ。そんなの!」

「いいじゃねえか。冷たい事、言うなよ。女子高に通うお金とか、自分の事は自分で何とかする。こう見えても一年くらいは何もせずに遊んで暮らせるお金を貯めてたんだ。何たって俺は一流企業の課長さんで、独身の中年オヤジだったんだからな(笑)」

セディア姫はカバンの中から財布を取り出し、その中から金色のクレジットカードを取り出した。そしてそれを見せつけながら、まるで男友達の様に僕の肩を抱き、顔を押し付けてきた。


セディア姫は中年オヤジ時代のくせが抜けなくて、何も考えずに僕に触れ合っているが、僕はそれどころではなかった。

彼女の柔らかい身体が僕の身体に触れ、サラサラの髪の毛が僕の顔に掛かる度に、心臓の鼓動が早まるのを感じた。

何故なら彼女は、僕が出会った事も無い、話したことも無い、近くにも寄れない美少女であり、女性の免疫がまるでない僕にとって、それは初めての経験だったからだ。


「なんだ。顔を真赤だぞ。美少女を前にして緊張してんのか?」

セディア姫は僕の心の中を覗いたかのごとく、ストレートな言葉を投げ掛けたが、次の瞬間、真顔になった。

「一言言っていいか」

僕はセディア姫の何とも言えない威圧的な言葉に思わず正座をした。

「は、はい…」

「お前とぶつかった時にしたキス。あれは俺のファーストキスだったんだぞ」

「な、何だってぇ!」

僕はセディア姫(といっても中年オヤジ姿の彼女)にファーストキスを奪われたが、同時に彼女のファーストキスを奪っていたのだ。

「キスをして封印を解く。それは俺が星に帰って王様っていうか、王妃になる時なんだ。それがちょいと早まった。お前のお蔭でな」

「そ、それって…。つまり…」

僕は思わず生唾を飲み込んだ。

「いや、そうじゃない(笑) そうじゃないんだが…、まあ、少しは責任ってもんを感じて、俺を守ってくれ。それがナイト様の使命、ってもんだろ?」


おわり

「美女と野獣」の逆パターンで、中年オヤジの正体は宇宙から来たお姫様だった、というお話でした。

爽やか青春ラブコメ、みたいな感じで書いてみました。

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