ドロドロ濃厚海栗のクリームパスタ:前戯
サキュバス。
淫魔や夢魔と呼ばれる私たちは、主に男性の精気を吸い取って生きる魔物の種族。男性とエッチなことをすることが食事になるっていう種族。
要するにクッソエロい種族なのだ。食欲関係なしに性欲が強い個体の方が多いから、「エッチして性欲も食欲も満たせるとかサイコー!」とか本気で思ってるお花畑種族なのだ。頭もお股もゆるゆるだ。私はそんなことはないけれど。
そんなサキュバスの中にも、変わり者というのはいるもの。いや、サキュバス自体が生き物の中でも変わり者なのだけれど、その中の変わり者がいるわけで。
私、マリーさんはサキュバスの中でも相当の変わり者だ。性欲よりも食欲の方が強いのだ。◯ックスよりも◯ェラの方が好きなのだ。本番なしでもごっくんしてくれるので男性受けは良かったりする。そんなことはどうでもいいか。
性行為よりも食事の方が好き。サキュバスにとっての食事とはもれなく性行為のことなのであるが、そういうことではなく、料理を食べるという行為が好きなのが私なのだ。
初めて食べた料理は、本当に感動した。それを食べるまでは、サキュバスとは性行為で食事をするものだし、それしかできないと思っていたのだけれど、私の世界はそこで一変してしまったのだ。
料理や、それを食すことは人間にとっては当たり前のことかもしれないが、私にとってはなかなか衝撃的だったのだ。口って男のアレを咥えるための器官じゃないんだ! と心底驚いたものだ。
先も言ったがサキュバスにとっての食事は性行為。しかし、必ずしも性行為をしないといけないというわけではない。精気さえ得られれば性行為自体は必要じゃない。もっとも効率的な精気の取得方法が性行為というだけなのだ。
私は食事という概念を知ってから、できるだけ性行為ではない食事をするようにしている。
しかし、精気のない食事はサキュバスの身体には栄養にはならない。
私は今日もそこらで適当に男を捕まえ、『食事』を終えたところだった。
「んん……」
スッキリとした表情で伸びをする。並の男ではあったが、夜中まで身体を動かす様なことをしていると、さすがに少し疲れてしまう。
勘違いしないでいただきたいのは、私は性行為が嫌いというわけではない。性行為よりも食事の方が好きなだけなのだ。なので、性行為自体はどちらかといえば好きなのである。
安宿を後にして、ひとりごちりながらその場を後に歩き始める。
「気持ちよかったけど……やっぱアレはご飯って感じしないのよねー。やっぱご飯なら口から食べないと」
サキュバスが食べるのは精気であって、普通の人間の食べ物から取れる栄養分では生きて行くことができないのだ。セック◯をしないと死んでしまうのだ。決して性的な意味ではない。
しかし、サキュバスの中でも変わり者と呼ばれる私は普通の食事が好きなのだ。口の中をもぐもぐと動かす普通の食事が好きだ。口の中を動かすのが好きな私は、その舌技で大人気だった。解せぬ。
ガヤガヤと賑わう喧騒の中、私はのんびりと歩いていた。旅の途中ではあるが、朝帰りをした後に寄る朝市が好きだ。生きるための『食事』は既に済んでいるので、栄養にならない趣味の『食事』をするために朝市にやってくるのだ。
今来ている街は海に程近い港町。海風が心地よく肩を撫でていき、海鳥の鳴き声がそこら中から聞こえてくる。
朝市に並ぶものは野菜や肉よりも魚や貝などの海産物がメインだった。そして、日も登らないうちから漁に出ていたであろう男たちが食べるための料理の匂いが、私の鼻腔をくすぐってくる。作っているのは、魚や貝の入ったスープだろうか。
「すんすん……うん、やっぱり人間の作る食べ物は面白い。人間の間じゃこういう時、『うけるー』って言うんだっけ」
ん? そんなことは言わないんだっけ?
さておき、私は朝市の中を進んで行く。
時折、「そこの別嬪のお姉さん! うちの商品を買っていかないか!」なんて声をかけられるが、アレは朝帰りで残った色香に釣られただけだろうと、適当に手を振って返事をするだけにしておいた。
たまに当てられすぎた男が強行的に誘ってくることもあったが、そこはマリーさん。サキュバスとして何十年と生きているわけで。躱すすべもしっかりと身につけている。
「おうおう、ねーちゃん。いい身体してんなぁ。俺とあっちでいいこと、おぶっ!!?」
「ごめんねー。私、そう軽い女じゃないの」
男を片手で軽くあしらう (物理)。朝帰りしてきた女が何を言っているんだと、突っ込んでくれる人は生憎といなかった。ちょっと悲しい。
適当に歩いて進むと、ある商品を扱う店の店引きにあった。店引きというか、おいでおいでと手を招いているだけだけど。どうやら老人の様だし色香に当てられたというわけでもなさそうだ。その店だけ他に客がおらず、むしろ他の店からは疎まれている様にも思える。
その店は海産物を扱う店で、この海に近い街では特に珍しい店ではないはずだったが、その並べられた商品が珍しすぎた。
「えぇ……ここって一体何を売っているわけ?」
「おお、えらい別嬪さんが来たもんだ。ここは海産物を売ってるんだよ」
「これが……?」
並べられているのは魚や貝なんかではなく、ぶよぶよとした軟体の生物や、8本足の悪魔の様な生き物、星型のよくわからないものだ。はっきり言って、売り物ではなく子どものいたずらの様にしか思えない。
その中でもよくわからないのは、このトゲトゲの黒いものだ。森の中には栗という棘に身を守った植物があるのは知っているが、それだとしてもそれがここにあるのでは海産物を売っている店だとは言えないだろう。
店主は海栗と呼んでいると教えてくれた。海にいる栗みたいなやつだからだろうか。ネーミングが安直だな、なんて思ってしまった。
「よかったら、1つ食ってみるか?」
目の前の女がサキュバスだろうとは気がついていない店主は、慣れた手つきで黒いトゲトゲを捌いていく。中から出て来たのは鮮やかなオレンジ色だった。小さいつぶつぶのオレンジ色の物体が、棘の中にみっしりと詰まっているではないか。それはまるで宝石の様に輝いている。あんな黒い色の物体からこんなにも綺麗な色のものが出てくるのかと、さすがのマリーさんも心底驚いた。
店主は捌いたその中身のオレンジをスプーンに一掬いし、私の方へと差し出した。
私は引きながらもそれを受け取ってしまう。いくら中身の見た目は綺麗だとは思っても、あの黒いトゲトゲから出てきたものを食べられるだなんて、とてもじゃないが思えなかった。思わず「うえぇ」と声が出てしまう。
すんすんと鼻を動かし匂いを嗅ぐと、そこには海があった。潮の香りはこの街では常に感じていたけれど、それを何倍にも濃縮した様な潮の香りが鼻腔を刺激する。嗅げば嗅ぐほどに、どんどんと海の底へと引き摺り込まれるような、深い深い匂いがした。
今まで色々なものを食べてきた経験から言って、これは美味しいものだと、本能が刺激される。
サキュバスの生態としてこれを食べても空腹が満たされることがないのはわかっているが、そこはサキュバスの中でも変わり者である私だ。これを食べずにはいられないと思ってしまった。
プルプルとスプーンの上で揺れるそれを、恐る恐る口へと運ぶ。
「っ!」
まず感じたのは口から鼻へと抜ける強烈な磯の香りだ。食べる前にも感じていた匂いが、口の中に入れることで、より直接的に、鼻の奥の方で感じられてしまう。
その後に、ほんの少しの甘みと強烈な旨味が追いかけてくる様だった。食感は柔らかく、ゼリーの様な弾力も感じられる。まるで、海を固めて食べている様な、そんな雄大さを感じさせる味だ。こんな美味しいものがあったのかと、驚いてしまうほどだった。
何よりも驚いたのは、サキュバスの自分が、これを食し精気を得られたことである。
店主の老人がニヤリと語り始める。
海栗の可食部は生殖腺、要するに卵巣と精巣だそうだ。雌雄同体であるので一匹のウニから卵巣も精巣も取れる。
つまり先ほどまで生きていた新鮮な精巣を丸ごと食べたも同義である。しかも卵巣も一緒に食べている。
精巣だけでも食べ物にしてはかなりの精気が得られるだろう。卵巣だけなら碌に精気は得られないだろう。しかし、しかしなんだ。精巣と卵巣、2つを同時に食べることによって、精巣だけで得られる精気の何倍もの精気を得ることができるのだ。
ーーそうだ。精巣と卵巣。それを掛け合わせることで起きる現象を私は知っている。
私は今ッ! セッ◯スを食べているのだッ!
口の中で精巣と卵巣が交わり合い、まるで喘ぎ声のような極上のハーモニーを奏でている!こんなにも口の中が幸せになったことは今までにない!
これはなんという出会いなのだろうか! サキュバスである私が! セック◯を食べている!
これで精気を得られないと言うのであれば、何で精気を得られると言うのであろうか。
「なにこれ! こんな美味しいもの、初めて食べたわ!」
「お嬢さん、なかなかイケる口だねぇ」
店主は他のものも味見をさせてくれたが、サキュバス的にお眼鏡に叶ったものは海栗だけだった。
見た目以上に味は良かったのだが、精気を得られるかが重要になるサキュバスにとっては、海栗が1番精気を得ることができた。それも実際の性行為に比べれば足りないものではあるが、おやつになるぐらいの精気は得られるのだ。私にとって、この発見は大きかった。
なにせ、これは私が探していたものだ。今まで見つからなかった、精気の摂取できる食べ物だ。近いものは見つかることはあったけれど、結局精気得ることはできなかった。けれど、この海栗は違った。なにせ、食べるセ◯クスなのだ。
私は思わず、ここにあるだけの海栗を売ってくれと店主に懇願する。
しかし、店主の顔はあまりいい顔ではなかった。
「買ってくれるのは嬉しいんだがね、あんまり日持ちしないから全部買うのはオススメしないなぁ」
店主の後ろには、カゴの中に山の様に積まれた海栗があった。きっと、今日は大漁だったのだろう。
店主が言うには海栗は2、3日しか保たないらしい。こんなに買っても、旅暮らしでは腐らせてしまうだけだろう。せっかくの食べる◯ックスなのに、腐らせてしまうのはもったいない。腐ったセック◯てなんだ、屍姦か。
目に見えるぐらいに落ち込んでしまっていただろうか。そんな落ち込んだ私に、店主は詫びる様に声をかけた。
「なんだか期待させてしまって悪かったな。お詫びと言っちゃあなんだが、これを使って美味い料理を出す店を紹介してやるよ」
店主の顔は、相当に自信がある様だ。