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出演者たちは知らない  作者: ひるや@さな
3/4

3/4話。

 その夜を機に、M君とちょくちょく会うようになった。僕たちとの会合を器用にぼかしてテレビで喋っているのを、しかもその姿がこの部屋で遊んでいるのと変わらない笑顔なのを、僕たちはとても誇らしく眺めていた。というのも、M君は意外にも友達を多く持つタイプではなく、たまに登校してもわざとひとりでいるという事実を聞いていたからだった。

「別にさ、あからさまに避けてるとかじゃないんだよ。上手く化かして、外面はちゃんと保ってんの」

 会うのはいつも深夜だった。その日も僕たちは、小さなテーブルにお惣菜の唐揚げやサラダを並べ、木目の床にゲーム機やトランプを散らかしていた。

「ていうかね、同い年っていうのが苦手なのかも。年上のお兄さんやお姉さんとは気楽にやれるんだよね。特にお姉さんたちは可愛がってくれるし」

「お姉さんの友達もいるの?」

「ばれたらまずいけど、泊めてもらうこともあるんだよ」

「えっ……」

 絶句した。この情報を週刊誌に売ったら、とつい算段した。売るつもりはないけど。

「でもその場限りだし、相手はちゃんと見てるよ。だからスキャンダルにもなってないし」

「いやでも、言っちゃう人いるんじゃない? いくら約束してたって」

 弟が問うと、M君は人懐っこく笑ってみせた。

「こうすればいいんだよ」

 リュックから、どさどさどさと札束が現れた。前に見たのと同じだった。僕と弟は、同じタイミングで目を見合った。なんだかぞっとした。M君には悪びれたふうは一切なく、本当にそれが当たり前の手段のような顔をしていた。

 そんなとき、弟のスマートフォンが震え始めた。

「電話だ。ちょっとごめん」

 ドアが閉じる音と共に弟が消えると、妙な静寂が訪れた。M君が来ているときは、なんとなくテレビを点けないようにしていた。

「最近よく抜けてくね。彼女さん?」

「さあ……聞いてないけど、たぶんそうなんじゃないかな」

「俺もそのうち、ちゃんとした彼女ができたらいいなー。タツ君には彼女いないの? 気になる人とか」

「うん、まあ……あのさ、M君。弟がいないうちに、ちゃんとしたいんだけど」

 弟の電話は長い。この前なんて、1時間近くふたりにされたのだ。そのときにすればよかったけど、いつ戻ってくるかと緊張して結局言い出せなかった。

 僕は腰を上げ、クローゼットに隠しておいた茶封筒を取り出した。それをM君の前に置いた。

「なにこれ」

「200万。まだ返してなかったから」

 どうにか工面したものだった。M君には端金でも、僕にとっては大金だった。

 僕が余程真剣な顔をしていたのか、M君は、広げた札束を黙ってリュックにしまい始めた。最後に残った茶封筒を見て、また僕を見て、首を横に振った。

「いいって。勝手にあげたんだし、タツ君には渡してないし」

「そういうことじゃなくて、お金のことはちゃんとしないと。ねえM君。大人として言わせて欲しいんだけど、君がやってるのはよくないと思うよ。こっそり遊ぶだけならともかく、お金で黙らせるなんてよくない。もしかしたら大人がやってるのを見たのかもしれないけど、それは真似しちゃいけないことなんだ。今はたまたま約束が守られてるだけで、お金をもらった上で約束を破る奴が出てこないとも限らないし」

「……うーん……」

 唸りながら、M君は茶封筒に少し触れた。

「お金っていろんなことを解決してくれるから、すっごく便利だと思ってたんだけどな……。でも、タツ君がそう言うなら自分でも考えてみる。俺よりタツ君のほうが一般社会に詳しいもんね」

 わかってくれたらしい。この感覚の狂った子をどうやって諭せばいいものかと悩んでいたから、思いのほかあっけなく済んで拍子抜けした。と同時に、ようやく胸の引っ掛かりが取れ、頭の上が軽くなった。工面の代償が待っているものの、これでやっとM君と楽に繋がっていられると思った。

 お互いに笑いあうと、話題に区切りがついた。どうにも気恥ずかしく、視線を這わせた。弟のバッグを見つけた。これだ。今思い立ったかのように手を打った。

「そうだ。薬入れてやらないと」

「薬?」

 疑問符のM君に頷き返し、僕は弟のバッグを引き寄せた。目的の小さな葉っぱ型小銭入れは、内側のファスナーの中に入っていた。

「今は彼女がいるくらいに青春大学生だけど、あいつ、小さい頃に結構大変な病気にかかってたんだ。今も薬飲んでるんだけど、その薬を入れてやるのが何故か僕なんだよね」

 それで子どもの頃、今どき珍しい共働きではない家庭だったのに、僕の両親はだいたい家にいなかった。場を誤魔化したいときというのは、不必要なまでに口が回るものである。

「こんなこと軽々しく言うのもダメだと思うんだけど、家にひとりぼっちの気持ち、少しはわかるからさ。だから最初の夜、つい招いちゃったんだよ」

「逮捕されるのが怖かったから、とりあえず連れて来たんじゃなかったんだ」

「逮捕なんてされないよ。悪いことしてないし」

「されるよー。俺の演技は意外と迫真だよ。俺があいつが犯人だって言ったら、そいつが本当に犯人なんだよ!」

 笑いながら、保管してあった薬を葉っぱ型小銭入れに入れた。そういえば、高校生のときは母が入れていたのだろうか。これがないと苦しい思いをするのは、ほかでもない自分自身なのに。

「でも、いいなー。それってお互いにすごく信頼し合ってるってことだもん。家族のいない俺にはお伽噺に思える」

 含みのない口調だったけど、少しひやりとした。

「特に兄弟とかさ、自分にはいなくて当たり前のものだけど、見るとやっぱりいいなって思うよ。ずっと仲よくできるといいね」

「……」

 黙ってしまったのは、別に実は弟が嫌いだとか、両親を独り占めされていたのが憎いとか、そういう感情があったからではなかった。思っていることを改めて言葉にするのが照れくさかっただけだ。

 ドアの奥で気配が動いた。やっと電話が終わったようだ。

「○? ×?」

「え?」

 散らばったトランプの内、裏返っていた1枚をM君は選んだ。その1枚は、慎重に茶封筒の上に載せられた。

「なにが?」

 ○とか×とかトランプにはなかったはず。

「ギャンブルだよ。○か×か選んで」

 ドアノブが回る音がした。よくわからなかったけど、とりあえず僕は「じゃあ×で」と答えた。M君はこれまでも再三よくわからない遊びを仕掛けてきていたので、その類だと思った。

「×でいいの? じゃあ俺が○か。さてさて、絵柄は」

 ぱっと裏返されたカードはジョーカーだった。ぽかんとする僕を他所に、M君は「おー!」と何故か興奮気味だった。

「この局面に相応しい1枚だね。なにが起こるかわかんないじゃん!」

「えーと、で、結果はどうなの? ○? ×?」

「え? だからわかんないんだって」

 それはこっちの台詞である。またしても呆ける僕を尻目に、弟が合流した。弟は突如現れた茶封筒に目をやり、僕を見て、一瞬なにかを言いかけ、言わず大仰にババ抜きを提案した。M君もノリノリだった。

 弟が亡くなったのは、その4ヶ月後のことだった。



次で終わり。

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