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出演者たちは知らない  作者: ひるや@さな
1/4

短編にするには長いし、ちょうど4区切りになってたので分けてみました。

せいぜい中編だと思います。お暇でしたらどうぞ。


ちなみに元祖M君の話はこれですので気が向けば http://ncode.syosetu.com/n9597ec/

 進学のため上京し、そのまま都心部で就職戦争をどうにか切り抜けた僕のもとに、2歳下の弟が転がり込んできたのは3年前の2月だった。もう登校がないから、卒業式の日だけ戻るという言い分だった。

「入学前に少し慣れときたいなと思って。兄貴にも会いたかったし」

 僕はつい苦笑したが、家族間で仲違いする悲しいこのご時世に、可愛らしい一言である。この無邪気な素直っぷりは、ときに愛らしく、ときに憎らしかった。このときは前者だった。兄弟とはそういうもので、世に流通するアニメや小説のように、とにもかくにも弟のことで頭がいっぱいだ――などということはそうそうないのである。

 そうそうないだけで、多少はある。その事件は弟が21歳、僕が23歳、つまり現在だ。ほんの数ヶ月前に起きてしまった。運転免許を取得したばかりの弟が、うっかり前の高そうな車にぶつけてしまったのだ。夜10時頃のことで、僕も同乗していた。このときばかりは、僕は弟の今後以外を考えることができなかった。修理はお金でなんとかなる。胸が冷えたのは、前の車の運転席から、明らかなチンピラがこっちを睨んでいたからだった。

「これな、オジキの車やねんで」

 ぱっと見たよりも、チンピラは若かった。というか僕より年下に見えた。2台路肩に停めるや否や、しゅんっと音をたてて恐怖が萎んでいった。

「どうしてくれるんや。へっこんでるやん。もちろん弁償してくれるやろな」

 練習したかのような関西弁だった。こいつは関東出身だろう。

「それはもちろん。10-0でこちらのせいですし、あの、本当にすみませんでした。とりあえず警察を」

「警察なんかいらんのじゃ!」

 この怒鳴り声で、委縮しきっていた弟は更に小さくなってしまった。僕はというと、事故した瞬間の蒼白ぶりが既に夢に思えていた。そんなふうに声を張られると、この若造の小物感に逆に肝が据わってしまう。

「でも事故証明がいりますでしょう。失礼ですが、保険のほうはいかがでしょう。こちらはT道――」

「警察はいらん言うとるじゃろが!」

 話が成立していない。僕は呆れかけていたが、弟は小さな声で謝るばかりだった。さすがに可哀想になってきた。とりあえず警察を呼びますからと断り、騒ぐ若造を無視してスマートフォンを取り出す。あとワンプッシュで通報だ、というところで、またしても事件が起きた。

「わー、奇遇だね! なんか騒がしいと思って来てみたんだけど、もしかしてぶつけちゃったの? 保険なんていろいろ処理がめんどいんだから、この場で終わらせちゃおうよ。ゆーくんお金あり余ってんじゃん」

 聞いたことのある声だった。その主に辿り着いた。言葉のとんちんかんぶりよりも、僕はそのことに呆然としていた。

 巧妙に顔を隠し、且つ不自然さのない格好の彼は、肩にかけていたリュックから帯を巻いた札束を取り出した。そう、札束だ。福沢諭吉が巻かれていた。

 若造は唖然としていた。受け取られないことに一瞬立ち尽くすと、彼はまたリュックに手を入れた。

「足りなかった? じゃあこれも。余ったら好きにしていいよ、どうせ俺は貸してるだけだから」

「いくら?」

 そう聞いたときの若造のイントネーションは、確実に標準語だった。

 彼はリュックを担ぎ直しつつ、平然と答えた。「200万。さすがに足りるでしょ」

 尚も受け取ろうとしない若造の手を取り、彼は強引に札束を握らせた。そしてくるりと振り向くと、にこっとこっちの車を指差した。

「ちょうどよかった。俺も今から帰るとこ。早く行こ」

 そして彼は、僕たちよりも早く車に乗り込んでしまった。これが次の事件の全容だった。要するに、僕たち兄弟が、現役高校生にしてテレビを点けたら見ない日がないレベルの芸能人のM君と知り合ってしまったこと。及び、そのM君が、弟が起こした交通事故を強引に終結させてしまったことである。


続くよ。

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