穴
地面にあいた、子供の腕がやっと通る程の大きさの穴に、少年が右の腕を深く突き刺し寝そべっている。そこへ、たまたま通りかかった老人が少年に尋ねた。
「君は一体何をしているのかね?」
「穴を塞いでいるのです」
「何故穴を塞いでいるんだい?」
「さあ、僕にもわかりません。ただ、そうしなければいけない気がするのです」
訳がわからない老人は続けて聞いてみた。
「いつ頃からそうしているんだい?」
「気が付いたらこうしていました」
「楽しいかい?」
「わかりません」
「飽きないかい?」
「わかりません」
「お腹は空かないのかい?」
「わかりません」
そこで老人は、「きっとこの少年は、通りかかる人を捕まえては、こうしてからかっているのだろう」と、質の悪いいたずらと結論付け、最後に少年に忠告した。
「私はもう行くが、君もそんなくだらない事はやめなさい…」
「…やめていいのですか?」
少年の返答に、溜め息混じりに老人は言う。
「…そんな事は君が考えなさい」
老人の言葉を聞いた少年は、しばらく沈黙した後、
「…わかりました」
と、穴から右腕を抜いた。
…次の瞬間、穴は凄まじい勢いで老人と少年を吸い込み、車や家を吸い込み、地面を吸い込み、空を、海を、地球を、月を、太陽を、果ては宇宙そのものを吸い込み、後にはなにもなく…。