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一人ぽっちのお化けカボチャ

作者: 有瀬川辰巳

 初めまして。僕は、お化けカボチャ。名前はジャック。

 なんでこの名前かって? 僕みたいなお化けカボチャはジャック・オ・ランタンと呼ばれるのが常だからさ。あだ名みたいなものだけど、本名からかけ離れていると分かりにくいだろう?

 そもそも、僕は名前なんてなかったから、ジャック・オ・ランタンって呼ばれるだけでも、うれしいんだよ?

 でも、お友達がいてくれたなら、もっと嬉しいんだ。素敵な、人間のお友達が。

 だから、僕は一年の間で十月が一番好き。


「ハッピーハロウィーン!」


 ほら、にぎやかな声が聞こえてきた。

 子供たちがいろんな仮装をして、いろんな人にお菓子をもらう。

 最近じゃ、大人も仮装して遊ぶようになってくれたから、子供に混ざるとちょっと背の高い僕も混ざりやすくて助かる。

 トリック・オア・トリート。お菓子をくれなきゃいたずらするぞ……いや、僕には、物を食べる必要なんてないんだけど、みんなと一緒にそう言って回るのはとっても楽しい。

 もらったお菓子をみんなにあげると喜んでくれるし、一緒にいるとそれだけでお友達がいっぱいいるように思える。

 ……それはあくまで、錯覚なんだけど。


「ところで、あなたはだあれ?」


 その一言だけで、僕は皆の輪の中にいられなくなる。

 僕は、皆とは違う。

 このカボチャ頭は、僕の本当の顔だ。取ることは……あまりしたくないけど、できないわけじゃない。でも、その下には皆みたいな人間の頭があるわけじゃない。


「僕はジャック! ジャック・オ・ランタンだからジャック! それじゃあ、皆お元気でー!」


 だから、僕はそう叫びながら走って逃げだすんだ。

 どうして僕はこんな姿になってしまったんだろう。生きているうちに何か悪い事でもしたのかなぁ……。


「来世は……僕にはないんだろうなぁ。こんな格好でこの世をうろつかされてる時点で、生まれ変わらせてもらえそうにないや…」


 町の中の公園。普段なら子供たちや、その親の大人たちがいるけれど、今日は街中でハロウィンパーティーが行われているからだろうね。あんまり人はいない。

 僕みたいなお化けが公園の真ん中にいるのは気が引けるから、隅っこの池のそばでいじける。誰がどこから見てもいじけているはずだ。地面に“の”の字を書いてみたり、池に小石をぽいっと投げてみたりしている。

 まあ、そんな事してもむなしいだけだって分かってるけどね。芝生だから“の”の字の跡は残らないし、投げた小石も波紋を少しだけ立てて沈んでいくだけだし。


「はぁ……むなしいよぅ」


 僕のお友達はこの両の膝小僧だけ……はぁ……ションボリ。頭以外は人の体でまだよかったなぁ。こうして現実逃避が少しだけできる。


「あーっ! いたー!」


 そうしていると、女の子の大声が聞こえてきた。少ないとはいえ人はいたし、かくれんぼでもしていたのかな?


「かぼちゃのお兄ちゃん、見つけたー!」


 がバッと後ろから抱き付かれる。わっ、わっ! 頭が落ちちゃう……!

 でも、かぼちゃのお兄ちゃんという呼び方と、突然抱き付かれたということは、この女の子が見つけたのは僕?


「だ、だあれ?」


 慌てて振り返ると、そこにはやっぱり小さな女の子がいた。

 小学校に入ったくらいかな。リュックサックを背負って、前髪を頭の上でヘアゴムを使ってまとめている、活発そうなかわいい女の子だ。金色の髪に、青い瞳……日本の人ではないっぽい。けど、話しかけてきた言葉は日本語だったし、日本生まれなのかな……。


「かぼちゃのお兄ちゃん、去年はお菓子ありがとう! パパとママにお礼を言いなさいって言われて探したのに、見つからなかったから……一年もたっちゃった。ごめんなさい」


 女の子の言葉に去年の今頃のことを思いだす。僕はそれ以外の時は人目につかないようにこそこそしてるだけで、覚えるほどのことはない。だから去年のハロウィンのことはよく覚えている。

 そこにこんな感じの女の子は……いたっけ……? 似たような子はいたけど、あの子は髪色、黒だったし……。


「あっ、えーっとね。去年は私、髪を黒に染めてたんだ。パパとママ、あと先生も他の子と違うといじめられるかもしれないから、って言って、染めてくれたの。だから、お兄ちゃんが私のことを分からなくても大丈夫だよ?」


 悩んでいると、女の子はそう口にした。染めていたということは、きっとあの子で良いはずだ!


「思いだしたよ、エミリちゃん。一年ぶりだね!」


 僕がそう言うと、エミリちゃんは、ぱぁっと花が咲くように満面の笑み。

 それを見ると、僕まで幸せになる。思わず抱っこしてしまうくらい。


「かぼちゃのお兄ちゃん、なんで去年はいなくなっちゃったの? 普段は何をしてるの? 本当のお名前は?」

「わ、わ、ちょっと待って!」


 そんなに頭に触られると、落ちちゃう! 首ポロリとかこんなちっちゃい女の子の前でやっちゃ、絶対ダメなやつだよね? ね!?

 慌てながら、それでもエミリちゃんをケガさせたりしないようにゆっくりと降ろし、頭に手が届かない距離を作る。


「僕は……ジャックって言うんだ。それが名前。普段何をしているのかは、ないしょ。去年は、用事を思いだして途中で帰っちゃったんだ」


 僕の言葉に、エミリちゃんはなぜか寂しそうな顔をした。あ、あれ? 僕、何かまずいことを言っちゃったのかな?


「ジャックお兄ちゃん……去年もこうやって、一人ぽっちだったの?」


 ぐさりと言葉が心に刺さる音が聞こえた……気がした。

 エミリちゃんに悪気がないのは分かる。分かるけど……去年もこんな風にいじけていたのはいい思い出じゃないし……。


「あっ、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 よほどしょんぼりとして見えたのだろう。エミリちゃんは慌てて謝りだす。


「いいんだよ、エミリちゃん。エミリちゃんのせいではないから……ね?」


 泣きそうな勢いのエミリちゃんをなだめる。


「エミリちゃんの言ってることは正解。僕はちょっと、このカボチャ頭を人前で外したくないんだ。だから“あなたはだあれ?”っていわれるとすぐ逃げだしちゃうんだ。外さないと説明できないからね」

「そっか……なんで、外したくないの? お顔みられるの、恥ずかしいの?」

「うん、そんなところかな。仮装しなくてもお化けだって間違われちゃうくらい、ひどいケガをしているんだ。だから、誰かの前ではこのかぼちゃのかぶり物、外したくないなぁ……」


 適当な嘘をでっちあげて、並び立てる。せっかくお話ができたんだ。去年よりも、仲良くなりたい……そのためには、僕がお化けカボチャだってことは隠さないと!


「でも、ジャックお兄ちゃん、いつもかぼちゃをかぶってるわけじゃないよね? いつもかぼちゃをかぶってるなら、もっと早くにジャックお兄ちゃんと会えたもん」


 う、こう言われると……なんて返せばいいんだろう。

 かぶってないって答えたら、顔を見せてほしいと言われそうだなぁ……でも、かぶってるって答えたら、なんで今まで会えなかったの? って聞かれそう……。

 どうしようかな……二択で困るときは、別の話をしてごまかそうかな……。


「まあ、いいじゃないか。こうしてまた会えたんだ! それで? ジャックお兄さんに何かお話があったのかな?」

「うん! パパとママにお礼を言いなさい、って言われたのに、ずっと言えなかったから言いたかったのと……これ、お菓子もらったお礼!」


 そう言ってエミリちゃんは僕の手に何かを握らせた。

 手の中を見てみると、これは……押し花かな?


「いいのかい? ありがとう。かわいいお花だね!」

「うん! アガパンサスっていうお花なの! それで、今年のお花はこっち!」


 そう言って、リュックサックをごそごそと中を探り、今度は赤いチューリップを反対の手に握らせてくれた。


「わぁ、こっちもとってもかわいいよ! こんなにお花をもらったの、僕初めて!」


 この子なら、僕のお友達になってくれるかな……? 一瞬そう思うけれど、すぐに自分の中で、それはダメだという声がする。

 この子は、きっとお化けカボチャの仮装をした、お菓子をくれる優しいジャックお兄ちゃんに、こうしてくれているんだ。

 僕が本当に本物のお化けカボチャだと知ったら、走って逃げてしまう。


「ジャックお兄ちゃん、お花にはいろんな言葉があるのって、知ってる?」


 僕がそんなふうに悩んでいるとは知らず、エミリちゃんは笑顔でそう問いかけてくる。


「うん、花言葉だよね? 僕はそういうのは詳しくないけれど、たくさんのバラは大好きな人に渡すものらしいね」


 僕も、できる限り落ち着いた声でそう答える。今日一日じゃない、ほんの数分だけなんだ。エミリちゃんが僕のことでいらない心配をするとか、僕がお化けカボチャだと知るとかがないようにふるまわないと。


「うん、そうだよ! それでね、ジャックお兄ちゃん……えっと……」


 そこまで言うと、急にエミリちゃんはもじもじと恥ずかしがり出した。どうかしたのかな?


「時間があるときでいいの。お花のお話、いろいろしたいなぁ、って……お花ってきれいだから、いっぱいジャックお兄ちゃんにも知ってほしいの!」


 だけど、それは気のせいだったのかな? そう言い終えるころには、エミリちゃんは元の笑顔に戻っていた。

 僕もいろんなお話をしたい。本音を言うならそうだけど、僕はこれ以外の姿になれない。だから、お話ができるのはハロウィンだけだ……。


「いいとも! 僕もお花の勉強をしておくよ」


 本当のことを話すのはとても簡単なことだ。だけど、ハロウィンにしか会えないと言えば、その理由を話さないといけないだろう。

 それだけは、したくない。年に一度だけだとしても、人間の、それもこんなにかわいい女の子と話ができなくなるなんて、絶対に嫌だ!

 だから、僕はまた嘘をついた。こんなに嘘ばっかり言っているから、僕はこんな姿にされちゃったのかな……。


「良かった、ジャックお兄ちゃんにも、お花のこと知ってもらえるの、すごく嬉しい!」


 それでも、エミリちゃんの笑顔は、とても素敵だ。この笑顔を作るための嘘が、この笑顔を壊さないための嘘が、本当に罰を下されるほど悪い事なのかな?

 そうは思ったけれど、この姿になる前にはくだらないことで嘘をついていたことを思いだす。そこで罰せられるのは……まあ、仕方ないのかな……。


「エミリちゃーん! お母さんがハロウィンパーティーの準備できたってー!」


 エミリちゃんのお友達だろう。公園の外からそう呼びかける女の子がいる。


「はーい! ジャックお兄ちゃんも、一緒に行こう? 私のお友達って言ったら、きっと大丈夫だよ!」

「……エミリちゃん……」


 その気持ちは、すごく嬉しい。

 そうしていいのなら、首を縦に振りたい。

 でも、ダメだ。僕の中で、そう声がする。


「気持ちは嬉しいけど、さっき言った通り。僕は顔に大きな、大きな傷があって、皆をびっくりさせちゃうから、この格好でしかいられない。でも、パーティーってことは、いろいろ食べるものとかあるんじゃないかな? それを見てるだけだと、お腹がすいちゃうよ。だから、遠慮しておくよ」

「……そっか。残念だけど、ジャックお兄ちゃんが嫌なら、無理は言えないね」


 ああ、さっきまであんなに笑ってくれていたのに、こんなにしょんぼりしちゃった……な、何か代わりになるようなことを言わなきゃ……。


「えっと……その間、ジャックお兄さんは図書館で植物の図鑑を読んでこようかな。エミリちゃんといっぱいお花のお話ができるように、お兄さん頑張るからね!」

「うん……でも、ジャックお兄ちゃんとそのお話、いつできるの? 明日? あさって? それとも……来年になっちゃうの?」


 つらそうな表情でエミリちゃんは口にした。

 なんで……? なんで、僕なんかと話せないくらいでそんなに、泣きそうな顔をするの?


「エミリちゃーん? 早くー!」

「……ほら、お友達、呼んでるよ? 早く行ってあげないとかわいそうだよ」

「……うん。ジャックお兄ちゃん……早くお花のお話、しようね……」


 結局、エミリちゃんは寂しそうな顔で去っていった。笑顔になってほしかったな……。

 ……さて、僕はどうしようかな。エミリちゃんに言ったように、図書館で植物図鑑を読もうかな……。

 その考えは、チクチク痛む胸をそれ以上痛ませないためにしたものなのかもしれない。でも、エミリちゃんは去り際までお花の話がしたいと言っていた。なら、エミリちゃんに喜んでもらうには、花の勉強をして、いろんなことを話せるようにすることなんじゃないか? そんな考えも浮かぶ。

 少なくとも、ここで膝小僧がお友達、なんてやっていても、エミリちゃんは喜んでくれない。なら、少しでもエミリちゃんに喜んでもらえることをしなきゃ。

 僕と積極的に話をしてくれたのは、エミリちゃんが初めてなんだから。

 そう思った時、僕の足は自然と図書館のほうへと向いていた。

 歩きながら、エミリちゃんのことを考える。

 エミリちゃんは、なんで僕と話す間嬉しそうだったんだろう。

 なんで、僕から離れるときつらそうだったんだろう……。

 去年のエミリちゃんは、大勢のお友達と一緒にハロウィンを楽しんでいた。

 今年のエミリちゃんは、僕を見つけて駆け寄ってきてくれた。

 来年のエミリちゃんは、どうするんだろう。僕と花の話をして、喜んでくれるのかな。

 同じようなことばかりが、空っぽなはずの頭の中でぐるぐる回る。何で、どうして……。

 悩んでいる間に、僕は図書館の前に着いていた。


「あ……頭、大丈夫かな」


 こういう、公共の場って顔が見えないような恰好はダメなんじゃなかったっけ? 僕のカボチャ頭は普通の人が見たらかぶり物だと思うだろうし、取ってくださいとか言われないかな……。

 そう思ったけど、すぐに安心する。入口の横の看板に『ハロウィンのえほんパーティー ハロウィンらしいかっこうでおたのしみください』と、小さな子供向けのひらがなとカタカナだけの文で書かれていたからだ。これなら、僕の格好も許されるはず。

 オドオドした態度だと怪しまれるかもしれないから、堂々と入っていき、司書さんに植物図鑑の場所を聞く。

 司書さんは少しびっくりしたようだったけれど、小さい子の夢を守ってあげるのは大変ですね、と添えて場所を教えてくれた。イベントでこういう格好をしている人に間違えられたのかな?

 まあいいや。なんですかあなた! 出ていってください! なんて対応をされたら本を読むことなんてできないからね。さすがに借りるのは無理だろうけど、こうやって楽しめるのも今日くらいだし、少し他の本も読んでみようかな……でも、まずは植物図鑑。エミリちゃんとの約束は守らなくちゃ。

 図書館なんてまともに来たことがないから少し迷ったけど、無事司書さんに教えてもらった棚までたどり着いた。えーっと、この辺りに植物図鑑があるんだよね……あ、あったあった。植物と一口に言っても、種類はたくさんあるからだろう。図鑑は何冊にも分かれていた。

 その中から第一巻を抜き取る。その厚くて、重い図鑑を持って、近くの椅子と机が置いてある読書コーナーへ向かい、座ってじっくりと本と向かい合う。

 この図鑑では、植物は五十音順に紹介されているらしい。花とは関係のない部分を飛ばしながら数ページめくっていくと、アイリスという花の紹介が目に入った。

 アヤメ科アヤメ属の多年草で、そのとおり日本ではアヤメと呼ばれている。良かった、花言葉も載っているぞ。えーっと、愛、あなたを大切にします、私は燃えている……なんだか、情熱的だな。良き便り、とかもあるみたいだけど……ニオイアヤメという種類になると、恋人、なんてまんまな言葉もある……。

 変わらないはずの顔色が変わっていそうだと思いながら続きを読む。秘密の愛だとか、唯一の恋と言った情熱的な言葉もあるかと思えば、優雅、芸術と言った純粋な褒め言葉、警戒、復讐みたいにちょっぴり怖さを感じる単語もある。へぇ、花言葉って面白いな……。

 そう思いながらめくっているうちに、エミリちゃんがくれた押し花の紹介が見つかった。

 えーっと、アガパンサス。ユリ科、アガパンサス属の常緑多年草で、日本では、紫君子蘭と呼ばれるのか。なんだか、ずいぶん難しい呼び方になるんだな……。

 そのまま視線を続きにうつした時、僕は驚きのあまり声をあげかけた。

 アガパンサスという花名は、ギリシア語の“愛”と“花”に由来するもので、花言葉は……なんと“恋の訪れ”と書いてある!

 ……まさかね。エミリちゃんは、花に詳しいみたいだったけど、こんな意味で僕にくれたわけじゃないだろう……園芸品種に多いともあるし、きっとエミリちゃんのお母さんが育てていた花を、お礼にと持たせたんだ。たぶんそうだ。

 でも、仮にも僕は男の子。女の子にそんな花言葉を持つ花を渡されると期待してしまう。エミリちゃんは“去年の分”と言って僕にこのアガパンサスの押し花を渡してくれた。じゃあ“今年の分”でくれたチューリップはどんな花言葉があるんだろう……。

 一巻を読んでいる最中だけど、チューリップの頭文字はどう考えても“ち”で、このまま読み進めていてはその意味を知るまでにずいぶん時間がかかりそうだ。

 でも、このまま順番どおりに読み進めていても、内心浮足立っているから、内容が頭に入るか疑問だ。うん、順番は大事だけど……内容を覚える方がもっと大事だ! 何巻かとばすことになるけど、イスから立ち上がり、背の部分に“ち”が書かれている巻を手に取り、同じ場所に戻る。

 えーと、さっきまでと同じく、花の部分だけ見ていこう。チトニア、果報者……違う。もしも花言葉の意味でアガパンサスをくれたなら今の僕のことだけど、まだ確定はしていない。

 落ち着け、僕……とりあえず、チューリップだけを探してみよう。それ以外はあとから読むっていうことで。チューリップ、チューリップ……。

 そうして何ページもめくっていくと、ようやくチューリップが見つかった。

 そして、今度こそ僕は声をあげた。その証拠に、近くにいた別の司書さんに咳ばらいをされるくらいだった。

 もう花言葉のところだけ見たけど……チューリップ自体に、”恋の宣言”なんて言葉がある上に、特に赤いチューリップには、”愛の告白”という意味もあると書かれていた!

 念のため他の色の花言葉も確認するけれど、赤に見間違う可能性のある色はどれも愛の言葉を持っている。むしろ可能性としてあり得るピンクの方が、真実の愛、みたいにより強い意味になっていたりするのだ!

 これは、そういう意味に受け取っていいのだろうか。数多くある花々の中からこの二種類を偶然選んだ、と思うには確率は低いと思うけれど……。

 でも、そこで一つ、真意を知るために取るべき、シンプルだけどとってもわかりやすい方法が思い浮かんだ。

 その時、頭の後ろをコンコン、と叩かれた。あわわ、落ちちゃう落ちちゃう! 頭が落っこちる!


「な、なんですか!?」

「閉館の時間まではまだ少しありますが、長い読書になりそうなので、早めにお伝えしようかと思いまして。借りる手続きさえしていただければ家に持ち帰っていただいても構いませんが……あなたの声に聞き覚えがなかったので。まだ手続き用のカード、作ってらっしゃいませんよね? 住所、お名前など分かるものをお持ちでしたらお作りしますよ?」

「あっ、い、いえいえ! 知りたいものは知れたので、借りては行きません! お、重そうなので、持ち帰るのも大変そうですし……」

「それもそうですね。また何か調べたいことがありましたら、ご利用ください。パソコンも良いですが、本に触れるのも良いですよ」


 司書の人はそう笑って去っていった。あー……びっくりした。油断してると、結構簡単に頭がずれたり、落ちたりするんだよね……って、今はそれどころじゃない。とりあえず、出した本は元の場所に巻数順に戻して、ダッシュ……したいくらいだけど、壁に貼られた“図書館内ではお静かに!”の紙が目に入ったので、我慢する。

 少しだけもどかしさを感じながら、さっき思いついたアイデアをもう一度頭に浮かべる。

 と、言ってもそんな大したものではない。“相手の思いがわからないなら、一度はっきり聞いてみよう”と言うだけの話だ。

 照れ隠しで違うといわれるかもしれないし、ただの偶然だったから、違うといわれるかもしれない。けど、エミリちゃんはそのあたりが顔に出やすそうだから、結構分かりやすい手段だと思う。

 でも、もしも花言葉を知っていて、その意味で僕に送ってくれたとしたら?

 ……やっぱり、やめておいたほうがいいかな。もし、そうだとしたら、僕はエミリちゃんの思いに応えることはできない。それは、エミリちゃんとお話ができなくなることにつながる。

 そうなれば、来年のハロウィン、僕はまた一人ぽっちになる。


「…………」


 そうなったら、僕は我慢できるのかな。

 エミリちゃんと話したのは、去年のハロウィンと、今日を合わせても、ほんの少しの時間。

 でも、そのほんの少しでも、エミリちゃんと話せて、嬉しかったし、楽しかった。

 このまま、エミリちゃんに何も聞かずにいれば、僕はハロウィンだけでもエミリちゃんと話ができる。それなら、僕はまだお化けカボチャとして生きていける。

 でも、誰とも話ができなくなってしまうなら、僕はもう消えてしまいたい。


「でも……」


 でも、もしもエミリちゃんが、僕はお化けカボチャだと知っても受け入れてくれるなら……?

 そんなの、あり得ない。でも、僕はそうだったら良いと思ってしまった。そう思ってしまうと、そうであってほしいと願ってしまう。

 だからだろう。僕はまた、公園へと足を向けてしまっていた。そこにいれば、またエミリちゃんと会える気がしたんだ。

 だけど、もう日が傾きだしている。エミリちゃんは、もう家に帰ってしまったかな……。


「あれ? さっきのカボチャの人だ」


 その声には聞き覚えがあった。さっき、エミリちゃんをハロウィンパーティーの用意ができたと呼んでいた女の子だ!


「エミリちゃんのお友達の子だね? エミリちゃんが今どこにいるか知らないかな? ちょっと、お話したいことがあるんだ」


 天国にも地獄にもいけない僕のことを、神様はまだ見てくださっている。そんなふうに思いながら、女の子に問いかける。


「うーん……知らない人に言ってもいいのかな……」

「大丈夫だよ、僕はエミリちゃんとは仲良しなんだ。だから、教えて?」


 悩んでいる女の子を説得する。お願い。どうか、教えて!


「うーん……話して大丈夫かな……エミリちゃんは、多分お墓参りに行ってます」

「お墓参り? どうしてそう思うの?」

「……お兄さん、エミリちゃんと仲良しなのに、知らないんですか?」


 怪しんでいる口調で言う女の子。


「今日、エミリちゃんのお母さんの命日なんです」


 何か言い訳をしないと、と思ったところに、女の子はそう口にした。


「もともと病弱だったのがひどくなって、去年のハロウィンの夜に病死して……なんか、亡くなる前の日に周りの人に花を渡してたって話です……って、ちょっと、お兄さん!?」


 去年病死した。その言葉を聞くと同時に、僕はこの街の丘の上にあるお墓へと駆けだしていた。

 エミリちゃんは、悲しいだろうに、僕にあんなに笑ってくれていたのか? そう思うと、立ち止まっていることはできなかった。

 全力で走ると、お化けでも疲れるんだな。そんなことを思い、頭を押さえながら走る。


「おーい! エミリちゃーん!」


 お墓に着くなり、大声で叫ぶ。返事を返してくれるといいのだけど……!

 走り疲れているのに叫んだものだから、すぐに体力がなくなってしまい、立ち止まる。


「……ジャックお兄ちゃん?」


 小さな声に振り向く。

 そこには、木の影に隠れるようにしながらこちらを見る、エミリちゃんの姿があった!


「げほっ、ごほっ、エミ、リちゃん……はあ……見つけた……お友達から、エミリちゃんのお母さんのこと、聞いて……なんとなく、すぐ行かなきゃって思って……」

「そうなの? じゃあ、ジャックお兄ちゃんにも、お母さんのお墓参り、してほしいな」


 そう言って歩き出すエミリちゃんの後について行く。


「……ママ、去年お菓子をくれたお兄ちゃん、来てくれたよ」


 洋風のお墓の前で立ち止まり、エミリちゃんはそう言った。


「エミリちゃん……僕、花言葉を少しだけど、調べたんだ。今する話じゃないかもしれないけど……」

「ジャックお兄ちゃんには、伝わった? 良かった。来年は、白いチューリップを渡そうと思ってたの」


 白いチューリップは……たしか、失恋。じゃあ、エミリちゃんは、本当に僕のことを……?


「……ママ、去年のハロウィンの前の日に、キスツスっていうお花をみんなに配ったの。花言葉って面白いわよ、って言いながら……誰も気にしなかった。でも、私、ママが死んじゃってから、花言葉をたくさん調べて……それで、キスツスの花言葉のことを知ったの。”私は明日死ぬだろう”……それが、キスツスの花言葉。ママは、自分の体がもう限界なんだって、分かってたんだと思う。もしもみんなが花言葉の意味を知っていたら、ママに良い思い出、作ってあげれたのかなって……」

「……それがきっかけで、花言葉に詳しくなったの?」

「うん。ママもお花が好きだったから……ママに教えてもらっているような気分になれて、少しだけ寂しくなくなるの」


 そう言うけれど、エミリちゃんの横顔は寂しそうだ。


「でも、ジャックお兄ちゃんと会えて、もっと寂しくなくなった。ジャックお兄ちゃん、私の思ってること……伝わったよね?」

「……うん。でも、僕は……エミリちゃんに、たくさんの嘘をついているんだ。そんな僕が、エミリちゃんの思いを受ける資格はあるのかな……」

「本当に嘘をつく人は、そんなこと言わないと思うよ? だから、教えてほしいな。ジャックお兄ちゃんは、私にどんな嘘をついていたの?」

「……言えない。言えないよ……言ったら、エミリちゃんとお話しできなくなっちゃう……」

「そんなことないよ」


 そう言うエミリちゃんは優しい微笑みを浮かべている。


「ジャックお兄ちゃん。だから、言ってみて? 私、本当のジャックお兄ちゃんとお話したいの」


 その微笑みが、その言葉が、僕の正体を隠さないといけないという意思をとかしていく。

 言ってしまおう。僕が何なのかを隠したままでいるのは、エミリちゃんのためにもならない。


「……エミリちゃん。僕は、本物のお化けなんだ」


 そう言って、頭に手をやり、体から外す。


「……このカボチャは、かぶり物なんかじゃない。僕の本当の頭なんだよ」


 脇に抱えたカボチャ頭は、どんな原理かわからないけど、口から声を出す。目線も、その位置だ。

 エミリちゃんの目には、人間の体だけど、頭のない僕が映っているはずだ。

 現に、ほら。エミリちゃんが驚いているのは、はっきりわかる。

 そして、その顔には、次第に恐怖が……恐怖が……?

 恐怖が……浮かんで来ない。


「……なんで、怖がらないの? 僕が、怖くないの!?」

「びっくりはしたよ? でも……ジャックお兄ちゃんは、ジャックお兄ちゃん。私が大好きな、ジャックお兄ちゃん。それに、お化けがいるのは、私にとってうれしいの」

「嬉しいって、どうして」

「お化けがいるなら、あの世があってもおかしくないでしょ? 天国や、地獄だって。ママは良い人だったから、きっと天国にいる。そうしたら、私はママと同じ場所に行くために、良い人でいようと頑張れる!」


 そう笑うエミリちゃん。


「でも、そっか……ジャックお兄ちゃんは、その姿が本当だから、普段は街中にいないんだね。いつもはどうしているの?」

「廃墟の中とかで、見つからないようにしてるよ……見つかったら、大騒ぎだもん」

「じゃあ、ジャックお兄ちゃん。私のお家に来てほしいな? そうしたら、私もジャックお兄ちゃんも、毎日お話しできるでしょ?」

「駄目だよ……エミリちゃんはそれで良くても、エミリちゃんのお父さんがきっと……」


 エミリちゃんの態度から察するに、エミリちゃんは僕を本当に怖がっていない。それどころか、僕がお化けだって知っても、僕が好きだと言ってくれている。 

 それは、嬉しい。天国にはいけないからあくまで例えだけど、天にも昇る心地だ。


「でも……いいんだね? 僕は、お化けカボチャだから、人として生きている間に、とっても悪い事をした。そんな相手と、一緒にいられる?」

「昔は悪い人でも、今のジャックお兄ちゃんは、とっても優しい、良い人だもん。皆言ってるんだよ? カボチャのお兄ちゃん、今どうしてるのかな、って……優しい人だから、いつも一緒にいたいね、って!」


 その言葉を聞いた時、僕のカボチャ頭から、一滴の水滴が落ちた。

 顔のパーツはただの穴だから、そんな事できないと思っていた。

 でも、本当は涙を流すことのできる、ちゃんとした目だったんだ……!


「エミリちゃん……本当に、いいの? ハロウィン以外の日も、僕がエミリちゃんの家にいて、本当に良いの?」

「うん! みんなも喜ぶと思う! 優しいお兄ちゃんといつでも会えるんだから!」


 僕はお化けだから、ダメだと思っていた。普通の人間と、お友達になりたくても、そんなことはできっこないって。

 でも、それは僕が勝手にそう思っていたんだ。

 少なくとも一人、僕のことを怖がらない、普通の人間の女の子が、目の前にいてくれる。

 大好きだと、花言葉という遠回しな手段とはいえ、僕に言ってくれる女の子が、目の前にいてくれている!

 神様。僕は、あなたに感謝します。こんな素敵な事を僕に与えてくださった、あなたに。

 そう思った時、エミリちゃんの動きが止まった。

 いや、それだけじゃない。僕の体も、動かない。


「……エミリに良くしていただき、ありがとうございます……ジャックさん」


 その声が聞こえたのは、僕の後ろから。


「ジャックさん。あなたのことを、神はお許しになられました。だから、迎えに来たのです。あなたは、天国に行くことができます」


 後ろから聞こえる声。顔を見ることもできないけれど、その声は安心感を与える優しい声だ。


「さあ、行きましょう?」


 でも、その言葉の内容に、魅力を感じない。


「ごめんなさい。僕は、天国には行けません……行きたく、ありません」

「なぜですか? 天国は、この世よりずっと素晴らしい場所ですよ?」

「……確かに、この世で生きるのはつらいです。お化けカボチャになる前から、そう思ってました。でも、今、僕と一緒にいたいという人が現れてくれた。その人を見捨てるのは、罪だと思います。それに、エミリちゃんと一緒にいれば、きっとそこは、天国より素晴らしい場所になるでしょうから」


 本心からそう口にする。成仏はしたいけれど、それは今じゃないはずだ。エミリちゃんが、僕といることで喜んでくれる間は、絶対に成仏するわけにはいかない。


「……では、ジャックさんは、ジャック・オ・ランタンのまま、この世をさまよい続けると?」

「はい」


 ふぅ、という息が漏れる音。でも、それはあきれではなく、安心から来るもののように聞こえる。


「ほっとしました。エミリは、良い人を好きになったようですね」


 そう言うと、後ろから足音が近づいてきて、脇に抱えていた僕の頭を、首の上の部分に戻す。


「神のご厚意です。生き返らせることはできませんが、これくらいのことならいいだろうと」


 足音が、今度は離れていく。


「ジャックさん、エミリを……娘を、幸せにしてあげてください」


 娘……!? それじゃあ、今まで話していたのは、エミリちゃんのお母さん!?

 振り返ろうとした時、強い風が吹いた。

 振り向ききった時には、もう誰もいなかった。

 でも、たしかに、僕は話をしていた。おそらく、エミリちゃんのお母さんと。


「……? ジャックお兄ちゃん、いつの間にカボチャをのっけたの?」

「エミリちゃん、今、エミリちゃんのお母さんが……!」


 視線の高さを合わせるためにしゃがむ。それと同時にカボチャ頭が少しだけ動き……違和感を覚えた。

 誰にも触られていないのに、後頭部に何かがぶつかってきた。

 それに、ほかにも変な感じがする。視界が暗いような気がする……おまけに、頭が重たい。

 まさかと思い、僕はカボチャ頭を揺らしてみる。

 グラグラと動きはするけれど、今までのように視界まで揺れたりしない。


「エミリちゃん、驚かせたらごめん!」


 そう言って、僕は勢いよくカボチャ頭を体から外した。

 なのに、視線の位置が動かない。

 カボチャ頭を地面に置き、カボチャ頭があったところに手を伸ばす。

 僕の手は、何かに触れ、僕の頭も、何かに触れられている。


「ジャックお兄ちゃん……お顔が!」


 エミリちゃんの言葉からして、もう確定だろう。

 僕に、カボチャ頭じゃない頭がある! 人間の頭がある!


「神様のご厚意って、こういうことか……ありがとう、ございます……!」


 僕は、お化けのままだ。幽霊のままだけど……それでも、人間のように生きていく顔を、神様は与えてくれたんだ!


「ジャックお兄ちゃん、おめでとう! これから、どうするの? 廃墟で寝る、なんて言わないよね?」


 そう僕の手を取って言うエミリちゃん。


「うん、この格好になれたんだ。安心して、エミリちゃんと一緒にいられるよ!」


 僕は、笑った。何年かぶりに、表情を浮かべることができた。

 地面に置いたカボチャ頭を持ち上げて、もう一度被る。


「なんで隠すの? ジャックお兄ちゃんのお顔、きれいだったよ?」

「僕は、お化けカボチャのジャックだからね。人の顔を与えてもらっても、そこに変わりはない。やっぱりかぶっておかないと」


 そう笑って、僕はエミリちゃんの手を握る。


「エミリちゃん、お家まで連れていってもらっていいかな? ここは寒いよ」

「うん! あ、でもパパびっくりするかなぁ……」


 僕たちは笑いながら、お墓の前を後にする。

 エミリちゃんのお母さんの言葉を、しっかりと胸に刻んで。




 僕は、お化けカボチャのジャック。ジャック・オ・ランタンだから、ジャック。

 でも、もう一人ぽっちじゃない。

 僕は、人を幸せにできるお化けカボチャになれたんだ。

 来年のハロウィンでは、僕はこのカボチャ頭を外して、エミリちゃんがきれいと言ってくれた顔で、皆にこう言おう。


「僕は、お化けカボチャのジャック。良かったら、僕とお友達になってくれないかな?」

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