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事件発生編

 まずは事件発生。次が推理、もしくは調査編、完結編へと続きます。

 材料を確認する野菜にお肉それから海老を少々。

 そしてないのを確認する。卵。

 何せ本日のお客様は卵アレルギーなのだから。

 調味料にも卵を使っていないのを確認する。卵黄はたまに乳化剤になるから。

 ゆえに本日は形成肉は使えない。ハンバーグなどもってのほか、何かあったら即座に疑いの目を向けられる。

 ルナ子は石橋を叩いて渡る子なのだ。

 お肉の塊をじっくりと焼き上げたメインディッシュ。付け合せはマスタードソース。

 そして温野菜サラダ。スープは透き通ったコンソメ、やはり安全策というものだろう。

 デザートも、フルーツに砂糖とブランディを振りかけてそのまま焼いて、小麦粉とバターと砂糖をすり混ぜて焼いたクランブルをかけて、お好みでチョコレートを別添えで。

 卵を使えない。それだけでずいぶんと、制約がかかるものだ。

 不自然でなく、万が一の疑いを避けるためルナ子は頭を絞ったのだ。

 これが鯖アレルギーなら、青魚を一切使わないという簡単な方法もあるが、卵は肉団子のつなぎから揚げ物の衣果てはカスタードやメレンゲまで多様な利用頻度があるため非常にめんどうだ。

 エビの炒めものだって油断できない。えびのマヨネーズ炒めという料理も存在するのだ。

 まあだからこそプロの手を借りたいということなのだろう。

 ルナ子は今度小麦粉アレルギー患者が来たらどうしようと今から戦々恐々としてた。


 ルナ子のお店は、オーダーメイドレストラン。決まったメニューはない。

 顧客の希望からレシピを位置から作り上げるのがルナ子の店、セレネの売りだ。

 個室が二つ。そして常連のためのティールームが一つ。

 ルナ子の大切なお城である。

 そして本日のお客様はアレルギー患者。ある意味いい常連候補だった。

 大手のレストランでは、アレルギー患者にいちいち考慮できないだろう。きめ細かいサービスは個人経営だからこそ。

 ルナ子は本日、実に力が入っていた。

 すでに来ていた常連たち。

 やせぎすな人妻は、御近所の有閑マダム。

 この人にはサービスしておくに限る。何しろいろいろと宣伝してくれるのだから。

「斉藤さま、本日はお日柄もよく」

「そうね、絶好のランチ日和ね」

 さんさんと降り注ぐ太陽。本日はどうやら紫外線が強そうだ。

 斉藤さんはしっかりとつばの広い帽子を用意していた。

 ほっそりとして色味を抑えた上品なファッションの斉藤さんはルナ子の作るケーキの絶大な支持者だ。

ルナ子も常に新規開発を怠らない。

 そして斉藤さんのカルチャーセンター仲間のこちらは打って変わってふくよかな未亡人。

 設楽さんも、空気に漂うスープの香りに目を細めている。

 本日のお客様は、そのカルチャーセンター仲間でルナ子はまだ知らない人だ。

 斉藤さんが、その人の記念日ということで、ルナ子の店に、予約を入れてくれた。

 卵アレルギーなので、一切卵を使わないという条件以外は丸投げで。

 そして、ようやく、そのお客様が現れた。

 斉藤さんや設楽さんに比べれば随分と若い。

 栗色に染めた髪に上品なファッション。クリーム色のスーツがやや大人し目だが、華やかな色のスカーフを身につけている。

「ルナ子さんこちらは小鳥遊たかなし春香さんよ。春香さん、この店のオーナシェフのルナ子さん」

「いらっしゃいませ小鳥遊様」

 おっとりとほほ笑む小鳥遊春香さんの後ろに、いつもの常連の姿があった。

「いらっしゃいませ、山田様」

 ぽっちゃりとした餅肌の山田さんは、いつもどおりフェミニンなワンピース姿だ。

 同じカルチャーセンターに通っていたとは知らなかったが。

 山田さんは鷹揚に頷いてルナ子の前を通って行く。

 柑橘系の香りがした。

 珍しいなとルナ子は思う。山田さんは普段、フローラル系のコロンを愛用していたはずだ。

 ランチが始まる時間まで、喫茶室に待機してもらっている。

 ルナ子はお客様の人数を確認する。

 あと一人、足りない。

 ドアベルの軽やかな音と、慌ただしいハイヒールの鳴る音。

「ごめんなさい遅れた」

 そう言って入ってきたのは、少々地味な小鳥遊さんと同年代の女性だ。

「ルナ子さん、その人は、月見里やまなしゆかりさん、小鳥遊さんの同級生なの」

 斉藤さんがそう紹介してくれる。

「いらっしゃいませ、月見里様」

 ルナ子はそう復唱した。

 月見里さんは、バレッタで止めたきり、最低限の化粧しかしていない飾り気のない人だ。

 小鳥遊さんの、ナチュラルに見えて手の込んだメイクと好対照だ。

 いったいどういう友達なんだろう。

 ふとルナ子は疑問に思った。


 オーク材の柱と白い漆喰に塗られた壁、オーバル方のテーブルには簡素な刺繍の施された真っ白なテーブルクロスの上にルナ子の用意した前菜、野菜の素焼き、粗塩とオリーブオイル添えが鎮座していた。

 薄切りにしたフランスパン一枚も添えられている。

 それぞれが、テーブルに着いた。小鳥遊さんは主役ということで一番奥まった席にその左右を斉藤さんと設楽さんが座った。設楽さんの横は田中さんそしてその隣には月見里さん。

 全員で前妻をきれいに平らげる。

 前菜の次が、エビのゼリー寄せ。細かく切ったハーブが、透明なゼリーの中で踊っている。

 エビの赤とハーブの緑が目にも美しい一品だ。

 その次がお肉。オーブンで焼き上げた後、保温して休ませてある。

 焼きたては肉汁が出てしまっている。しばらく休ませて肉の中に肉汁が戻るのを待つのだ。

 肉の焼けた香りと、香味野菜の焦げた香りが広がる。

 お肉を切り分けて、サラダを添えて、再びテーブルに戻る。

「小鳥遊様、どうなさいました?」

 小鳥遊さんは何だか難しい顔をしている。

「いえ、何でも」

 ルナ子がサラダと肉の薄切りを出すと、全員嬉々としてフォークをとる。

 それからしばらくしてのことだった。小鳥遊さんが、手の甲をかきむしっている。

「いかがなさいました」

 ルナ子が小鳥遊さんの手元を見た。その手の甲にはかきむしって血のにじんだみみずばれと、まぎれもないじんましんが浮かんでいた。

 









 



 

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